第七章 冒険者たちの武闘会
第57話
まるでそれは夢を見ているかのような、デジャヴを体感しているような感覚だった。
はっきりとしていく意識の中で、最初に目に映ったのは、ただただ真っ白な天井。
それはいつもの慣れ親しんだ宿屋の古ぼけた木造の天井でなければ、設営されたテントの天井でもない。
そこは俺が一人暮らしを始めてから五年以上間借りしているマンションの寝室の天井だった。
俺が寝ているベッドの空白スペースを見ても、Kカップの女魔法使いもいなければ、褐色の肌をしたダークエルフの少女もいない。
それは至極当然の当たり前のことだったが、それが何となくではあるもののいつもと違うような感覚に襲われる。
「違う、こっ、これが普通なんだっ!」
意識が覚醒し、今まで頭の中で考えていたことがくだらない事だとわかった途端、口を突いて出た言葉だった。
そうだ、独り身の人間ならば隣で誰かが寝息を立てていることが異常と言っても過言ではないのだ。
ベッドのすぐ隣に設置されたベッドと同じくらいの高さの丸テーブルに明り取り用の電気スタンドと目覚まし時計が置かれている。
目覚まし時計で確認すると、現在の時刻は午前九時を回ったところだ。
今日は日曜日なので、もう少し寝ていても問題はないが、今日は待ちに待ったあれがやってくる日なので起きることにする。
顔を洗い、用を足し、朝飯を食べ、歯を磨き、普段着に着替え、諸々の準備が整ったところで、いざ行かん。
いつものようにカプセル型のVRコンソールに体を預けて、起動スイッチをオンにし、FAOの世界へとログインする。
今日は長い一日になりそうだ……。
再びFAOの世界に戻ると、そこはいつもの古ぼけた木造の天井があった。
この世界に戻ってきたことを実感するとともに、ちらりと隣に視線を向けるとそこには当然誰もいな――。
「すぅ、すぅ……」
「……」
……もはや何も言うまい。
俺はそのまま静かにベッドから降りると、殺意が沸くほどに気持ちよさそうに寝ている彼女を羽織っていた布団で簀巻きにし、持っていたロープできつく縛り上げた。
そんな状態になってもすやすやと寝息を立てていることに呆れつつ、装備から外していたフード付きの外套を装着し、そのまま宿を後にした。
ちなみに眠っていた彼女というのは、爆乳女魔法使いのアキラだったのは言うまでもない事だろう。
余談だが、彼女が目覚めたのは俺が宿を後にしてから1時間ほど経過した後で簀巻き状態から脱出するのに苦労したと後で本人から聞かされた。
さて、馬鹿は放っておいて本題に移るとしよう。
今日は待ちに待ったFAOでの初イベント【冒険者たちの武闘会】が開催される。
この二週間、俺はこのイベントのために装備を新調し、職業レベルを上げ、戦術の練度の向上にも努めてきた。
今の俺がどれくらいの強さかは分からないが、恥ずかしい結果にならないようやってきたつもりなので、何とかなると信じたい。
定期的にイベントの詳細が記載されている、公式サイトのページをチェックしていたのだが、それによるとイベントの開始は今日の正午に行われる予定だ。
そこの情報によると、インターネットの動画投稿サイト【ヨウチューブ】で名を馳せた、とある有名な人物がゲストとして呼ばれ、なんと今回のイベントの実況中継を行ってくれるという大々的な告知があり、連日掲示板ではお祭り状態になっていた。
具体的な名前の記載はなかったが、シルエットが公開されており、その姿から誰もが知っているあの人で間違いないと掲示板で情報が飛び交っている。
俺自身その人の動画を見たことはなかったが、最近ではテレビにも出演しており、若年層を中心に絶大な人気を誇っていた。
始まりの街をゆっくりとした足並みで歩きながら公式サイトや掲示板の情報をチェックしていると、突然俺の肩に手が置かれた。
振り返って確認するとそこには見知った人物たちがいた。
「み、見つけたぞ、ひ、久しぶりだなジューゴ」
「全然見つからなかったですけど、本当にログインしてたんですか?」
「まあまあ二人とも、こうして会えたのだからいいではないか」
そこにはアカネとカエデとミーコの例の三人組が立っていた。
だがここで一つ疑問が浮かぶ。それはどうやって俺を見つけたのかということだ。
今の俺はフードを被り、見た目が完全に俺だとわからないよう変装している状態だ。
にもかかわらず、どうやってピンポイントで俺だと見抜いたのだろうか
「なぜ俺だとわかった?」
考えていても仕方がないのでここは一つ本人たちの口から聞き出そうと率直に尋ねた。
するとアカネがいたずらっぽい笑顔を浮かべると。
「それは秘密だ。乙女には秘密が多いのだよ」
彼女の態度に一瞬イラっときたが、考えてみれば自分の個人情報をいくら顔見知りとはいえ、そう簡単に教えてくれないかと自分を納得させたが、しばらく考えた結果、答えを導き出した。
「盗賊スキルの【気配感知】か」
「ぐっ」
どうやら図星だったようで、彼女の顔から笑顔が消えた。
さらに次に俺が放った言葉で彼女がムキになる。
「乙女じゃなくて漢の女で漢女だろ?」
「むきぃー」
そのやりとりを見たカエデさんとミーコちゃんが腹を抱えて笑う中、俺に対してアカネが抗議の声を上げる。
アカネとじゃれ合いつつ程よきところでカエデさんに問いかける。
「ところで、カエデさんその人は?」
「あ、ああそう言えばそうだったね。親友のユウだ」
そう言って紹介された人物は金髪にサファイアのように綺麗な瞳を持つ少女だった。
だが何となくではあるのだが、妙な違和感を感じてしまい怪訝な表情を浮かべていると。
「初めまして、ユウっていいます。ジューゴくんのことはアカネとカエデから聞いてます。僕はあんまりログインできる時間が少ないんですけど、仲良くしてくださいね?」
「こちらこそよろしく……」
ユウがそう言いながら右手を差し出してきたので、それに応えて握手を交わす。
俺がどことなく釈然としない態度を取っていることに気付いたカエデさんが俺の疑問に答えてくれた。
「ジューゴ君、ちなみにだけど、ユウは男だから」
「は? 男って、このなりでか?」
「ぶーぶー、このなりってひどくない? ちゃんと下は付いてるんだよ、触ってみる?」
「やめい!」
そう言うと俺の手を取ってその手を股間に持っていこうとするのを全力で拒否する。
別にナニが付いてようと付いていまいと、男だろうと女だろうと他人の股間に手を入れる特殊な性癖は持ってないんだ。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか、触るくらい別に減るもんじゃないんだよ、ジューゴくん?」
「減るわ! 俺の精神が擦り減るわ!!」
顔を赤らめながらくねくねと身体をよじり出すユウを見て俺は確信する。こいつは間違いなく雄であると。
理由は簡単だ。ユウが身体をよじらせた時に感じたのは可愛いという感情ではなく、気持ち悪いという感情だったからだ。
通常ユウほどの見た目であれば女の子に間違われるのは仕方のないことにしても、尽く言動が男くさいところがある。
それ故に俺の中の雄としての本能が、生物学的に雄であるユウを女と認識することを拒んだのではないかと、結論付けた。
ともかく新たなメンバーを加えて、三人組は四人組へと昇華したようだ。
うるさいのが加わってもっとうるさくなったというのがこの四人組のぱっと見た感想だ。
その後、四人は街を散歩して時間が来たら円形闘技場コロシアムに向かうと言っていたので、アイツらに付いて行きたくなかったためそこで別れた。
去り際に「またな、おっぱいオバケ」と言ってやったら、顔を赤くして「それはもうやめてくれ!」と叫ぶアカネと「なになに、おっぱいオバケってなに? 150文字以内で説明して?」と聞いているユウが印象的だった。
俺が歩き出して数歩の間に「おっぱいオバケとは――」というカエデさんの説明口調が始まり、アカネが「説明しなくていいから!」という叫びが聞こえてきたが、俺には早々に興味を失うと彼女たちとは反対の方角に歩き出した。
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