第50話


 さて、突然だが今日は金曜日だ。

 今ほとんどの人が「それがどうした?」と頭の中で思っただろう。

 まあそれを今から説明していくとしよう。



 今日を入れて三日後、つまり日曜日に俺が現在奮闘中のVRMMO【フリーダムアドベンチャー・オンライン】ことFAOで初めてのイベントが開催される。

 その名も【冒険者たちの武闘会】という円形闘技場コロシアムでのイベントモンスターとの模擬戦闘だ。

 このイベントの告知があったのが今から二週間前、そして現時点で十一日ほどが経過している。



 というのも、どういう経緯かは分かり兼ねるが、このイベントのデモンストレーションとして、運営が独断で選出した三人のプレイヤーのうちの一人に選ばれてしまったのだ。



「まったりのほほんプレイを信条にやってきた俺がなぜ?」という疑問が浮かんだが、この申し出を断れば、最悪アカウント抹消という理不尽極まりないペナルティを被ることになるため、仕方なく来たるイベントに向け、今まで準備を進めてきたのだった。



 以前にも説明したことだが、やるべきことは大まかに分けて三つあり、それを箇条書きするなら以下の通りだ。




 1、職業レベルの向上



 2、新たな武具の作製



 3、実践的な戦闘スタイルの確立




 この十一日という期間で着手したのは1と2で3に関しては全くの手つかずだ。

 ようやく武具の作製が完了し、残りは職業レベルをさらに上げる事と戦闘スタイルまたは戦術の確立のみとなった。

 とまあ、誰に聞かせるでもなく今の俺の状況を確認したところで、そろそろ行くとしますかね……。



 いつものようにログインすると、今回はどうやらいつも通りの古ぼけた木造の天井が飛び込んでくる……だがそれと同時に――。



「すぅ、すぅ」


「……」



 そこには俺以外の寝息を立てる音がBGMとして聞こえてきた。

 俺は音の発生源――といっても実際は俺が寝ているすぐ横なのだが――に顔を向けるとそこには幸せそうな顔をして寝ている見知った顔があった。

 メニュー画面で時間帯を確認すると、今はどうやら朝になったばかりのようで、宿の外からは朝の喧騒が聞こえてくる。



(こいつ、なんで俺の隣で寝てやがるんだ……)



 そこにいたのは前回のログアウトする際に同じ部屋に泊まろうとした不届き者のアキラだった。

 表面積の少ない、よく魔女が好んで着るようなドレスに身を包むその姿は、女性としての色香を漂わせたテロリストならぬエロリスト甚だしい。

 辛うじて大事な部分を隠している拙い布地部分は、寝返りを打てばたちまち見えてはいけない部分を露出させてしまうほど何とも頼りなさげだ。

 もはや双丘という言葉で表現するには稚拙なほど大きく隆起した彼女の二つの山が俺の登頂を今か今かと待ち望んでいる。



 俺とて男だ。そんな状況下で何とも思わないと言えば嘘になるのは明白だが、今はそんな邪な考えよりも勝る感情が俺を支配していた。

 何かというならそれは【憤り】だ。



 俺が許可していないのにもかかわらず、俺の泊まる部屋に不法侵入を企て、あまつさえ俺と同じベッドですやすやと気持ちよさそうな寝息を立てていらっしゃるこの現状、誠に以って遺憾である。



 口の端をヒクつかせながら彼女を睨みつけていると、その気配を感じ取ったのか彼女の瞼が揺れ色っぽい呻きと共に目を開けた。



「あら起きていたのね。おはよう」


「おはよう。ところで質問なのだが、なぜおまえがここで寝ているのかね?」


「決まってるじゃない、同じ部屋に泊まると言ったからよ」


「そうか、じゃあ最後に言い残したことはないかね?」



 俺のいつもと違う口調に戸惑いながらも、視線を巡らししばし考えたのち、答えを見つけたらしく口端を吊り上げながら答える。



「わたしと同衾できてよかったわ――」


「しねえええええええええい!!」



 その瞬間俺の怒りメーターは限界値をいとも簡単に振り切り、今目の前にいるターゲットを粛正する。

 具体的に彼女に何をしたのかはここで表記すると何かに引っかかりそうだったのでここでは割愛するが、その粛正があまりに凄惨だったために彼女が次に目が覚めた時には夜になっていたとだけ伝えておこう。





 盛大な閑話休題を経て話を進めていこう。

 宿を後にしようと俺は受付に行き、アキラが同じ部屋にいたことに抗議の声を上げる前に店主の口から――。



「お客さん、昨夜はお楽しみでした――」


「それ以上言ったら、分かってるよな……」



 俺は有無を言わせぬ爽やかな笑顔を浮かべながら右手の指をワキワキとさせアイアンクローの構えを取る。

 こちらがやろうとしている意図を汲み取った店主が慌てて両手で自分の口を押さえ込む。

 その行為に「よろしい」とだけ答え、鍵をカウンターに置くと宿を後にした。

 店主に「泊まっていた部屋に大きなゴキブリが出たので、後始末しといてくれ」という伝言と共に……。



 宿の出入り口に差し掛かった時に俺は盗賊のスキルの一つ【隠密】を起動させた状態で街の出入り口へと向かって歩き出す。

 今回は誰にも見つかってはいけない【かくれんぼ】をすることになるだろうからこのスキルが鍵となってくる。



 このスキルも盗賊の職業レベルが低いうちはすぐに見つかってしまっていたが、今ではこちらからアクションを起こさない限り、見つかることはほとんどなくなった。

 盗賊の職業レベルも上げられるのでそういう意味では今の状況には打ってつけだろう。



 さて、今現在俺が置かれている状況はあまりいいとは言えない。

 その理由を探るべく俺はメニュー画面から該当する掲示板を流し読みしていく。

 その内容は「セルバ百貨店の出品者はあのジューゴ・フォレストらしいぜ」だの「だったらあいつに直接料理の注文したらよくね?」といった概ね俺が予想していた展開となっていた。



 今のところ生産プレイヤーの主な職業は木工や鍛冶などの装備を作製することに重きを置いているプレイヤーの事を指し、料理人と呼ばれる存在は今も希少種扱いだ。

 そこに料理を作ることができるプレイヤーが突如出現すればどういう事になるのか想像に難くないだろう。



 増してやそれが、現在唯一といっても過言ではないまともな料理を出品している【セルバ百貨店】の出品者が、俺だという事が出回ってしまっている。

 そんな状況下で俺の事を知るプレイヤーに出くわしでもしたら、間違いなく自分の予定をこなすことなど不可能となるだろう。

 


 そのことを運営に指摘すれば、何かしらの対処はしてもらえなくもないが、元はといえば俺の不注意が招いた結果のことなのでこれ以上運営を私的に利用するのは心苦しい。

 工房の一件でもうすでに対処してもらっている身としては、これ以上望むことは我が儘以外のなにものでもない。



「てめえのケツはてめえで拭け」という言葉もあるように今回は俺一人の力でなんとかしようと思い、できるだけ慎重に素早く街の出入り口へと向かった。



 街を出た俺はそのまま東に向かって歩き出した。

 今回は職業レベルの向上に加え、戦術を身に付けなければならないため、できるだけモンスターの平均レベルの高いフィールドに行く必要があった。

 俺に残された時間は今日と明日の実質二日で、三日後にはイベントが開催されるため明日のログアウトまでにできる限りのことをやらなければならない。



 そのために俺は始まりの街の次の街である【ドゥーエチッタ】にたどり着き、さらにその先にあるフィールドまで足を運ぶ選択を取ることにしたのだ。

 ソロでの行動のためデスペナのリスクが高いが、パーティーで行動するよりも実戦経験と経験値が得られるので、ソロで行く。

 まあ俺は基本的にソロなので元々選択肢は一つなのだがね……。



 気配感知でモンスターの位置を確認し、隠密のスキルを使って奇襲攻撃をしつつ盗賊のレベルを上げていく。

 それと並行して盗賊のスキルに頼らず真っ向勝負で相手を倒すやり方も取り入れ、確実に経験を積んでいった。



 ドゥーエチッタに向かう途中で何組かのパーティーとニアミスしそうになったが、気配感知と隠密を使いかくれんぼプレイで危機を脱した。

 ってかこの二つのスキル、かなり有能すぎるのだが……。



 言い忘れていたが、本番を想定して俺が今装備しているのはガッツさんが作ってくれたベルデボアシリーズの防具に、今まで俺が作った剣の中で最強のものになる【鋼の剣[改]】だ。

 その性能は推して知るべし、いかんなくその性能を発揮しまくっていた。



 そのお陰でサクサクとモンスターを倒していき、あっという間にドゥーエチッタに到着する。

 今のところ剣士のレベルが2、盗賊が3ほど上昇している。

 目標は敢えて設定せずに上げられるだけ上げるといった方針なので、どんどん強くしていくつもりだ。



 始まりの街の次の街【ドゥーエチッタ】、大体の街の様相は概ね同じなのだが、強いて言うならベージュ色を基調とした石畳の通りをしてる始まりの街に対し、ドゥーエチッタの街は黒を基調とした石畳の通りとなっていた。



 これといって見た目上の違いは石畳の色の違いくらいで軒を連ねる建物や住居は同じといっても過言ではない。

 この街には観光に来たわけではないので、俺は一通り風景を一瞥すると次のフィールドに向かうことにした。

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