第49話



 俺はいつものようにVRコンソールに体を預けると起動スイッチをオンにし、FAOの世界にログインする。

 そこにはいつものように古ぼけた宿屋の天井が……広がってないな、ってかどこだここ?

 いつもならばログアウトした宿のはずだが、なぜだか今回は宿ではなかった。



 意識がまだはっきりしていなかった事もあって、一瞬そこが何処なのか分からなかったが、時間が経つにつれて見覚えがある場所だと理解し始める。

 そこは無機質な円形型の部屋になっており、俺がこのゲームにログインして最初に見た光景だった。



(うん? 待てよ。てことはあいつがいるんじゃないか?)



 俺がそう考えを巡らせていたその時、タイミングを計ったかのようにそいつは現れた。

 プラグスーツのような服を着用した美少女がスキップ交じりでやって来たと思ったらそこから通常ではありえないほどの大跳躍を見せるとそのまま土下座の体勢になり、額を床に擦りつけた。



「……なんの真似だ?」


「シルバー装備の一件は誠に申し訳ありませんでしたー!」


 

 そいつは最初に俺がこの世界にやって来た時に対応してくれたいつぞやのナビゲーターだった。

 どうやら彼女なりの“誠意”ということなのだろうが、俺は別にそこまで求めてはいなかった。

 確かに元はといえばあの【白いプレイヤー鬼ごっこ事件】を引き起こした原因はこいつだ。

 俺としては顔面アイアンクローの一つも見舞ってやると思っていたが、彼女が先手を打つ形で日本人の文化の中で最上位の謝罪である土下座をしてきたため、興がそがれてしまった。



「そのことか、それならもう過ぎた事だから気にしなくていい。だがまた同じような失態を起こせば……」



 俺は右手をわきわきと開閉させながら顔を上げた彼女に見えるように見せつけてやる。

 それだけで俺の意志が伝わったのか、顔を青褪めながら首が引きちぎれんばかりに左右に振り続けた。



「わわわわかっております! わかっておりますとも、ですからその手を止めてください!」



 この手の馬鹿は言っても聞かないというのが相場だから、緩めに顔を掴んでやろうかとも思ったが、あまり親しくもない相手にそういう行為をするべきでないと判断し、それ以上何もしないことにした。

 ああ、あと分かっているとは思うが、俺は決して相手に痛みを与えることで性的興奮を覚えるような性癖の持ち主ではないと言っておく。

 とりあえず詳しい話を聞くために彼女から事情を聞くことにした。



「それで、なぜ俺がここに呼び出されたんだ? 何かあったんだろう?」


「はい……口で説明するよりも見てもらった方が早いと思いますので、これをご覧ください」



 そう言うと彼女が何もない空中に向かって手を翳すと、まるで映画館のスクリーンのような巨大なウインドウが出現する。

 そして、そこに映し出されたのは俺がいつも通っている工房の入り口が映し出されたのだが……。



「おい、いつまでも匿ってんじゃねえよ! ここにいることは分かってんだよ!」


「ですから、彼はまだこちらにはいらっしゃっていないと――」


「そんな月並みなテンプレ台詞はいいからさっさとジューゴ・フォレストを出しやがれ!」


「そうだそうだ、こちとらパーティーリーダーからおにぎり200個の注文をしてくるまで帰ってくんなって言われたんだ。さっさと奴を出せよ!」


「待て待て、俺が先だ! ハーブステーキ300枚の注文をしなきゃなんねぇんだ!」


「俺は目玉焼き丼100杯だ」



 ……oh、やはりこうなってしまったか、予想はしていたことだがこれほどとは思っていなかった。

 お察しの通り現在スクリーンに映し出された映像は工房入り口に数百人という規模のプレイヤーが殺到し、俺の名前を叫んだり料理名を連呼したりしていた。



 この状況がどういうことなのか見て分かる通り、俺がセルバ百貨店の出品主あるいはその関係者だという事がバレてしまい、料理を大量購入したいプレイヤーが俺に個別に依頼を出すため俺がよく出没する工房に集まった結果がこれなのだろう。



 そして、事態を重く見た運営またはこのナビゲーターが俺がログインする前にこのことを知らせるためにこの空間に呼んだということなのだろう。

 俺は頭を抱えながら膝を折りそのまま地面に伏して考えていた。“どうしてこうなったのか?”という事を……。



 その原因は言うまでもなく俺にあり、あの例の一件がこうなった要因なのだろう。

 だが、そこはもはや過ぎてしまったことなので仕方がないが、次に考えることはこの状況をどう切り抜けるかだ。

 俺がそのことに思考を回そうと思ったその時ナビゲーターの彼女から提案してきた。



「ジューゴ様、ご覧いただいた通りあなたがいつも使ってらっしゃる工房はあのような状況となっております。あのような状態の所にあなた様が赴けばどうなるかは言わなくてもわかりますよね? そこでご提案なのですが、こちらの方で別に工房を準備いたしますのでそこを利用されてはいかがでしょうか? このままですととても四日後に行われます武闘会に間に合いませんでしょう?」



 彼女の申し出は正直言って有難かったが、本当に彼女の厚意に甘えてもいいのだろうかという疑問が浮かんだ。

 俺はどこにでもいるただのいちプレイヤーだ。特別な力は何も持ち合わせてはいない。

 学生時代にライトノベル好きの友人の勧めで読んだ物語の主人公のような神の加護や圧倒的な能力などはないのだ。



「ホントにいいのか? なんだかズルしてるみたいで気が引けるのだが……」


「ではあの工房に行きますか?」



 そう言うと、彼女は今もなお人でごった返す光景を映し続けるスクリーンを指差す。

 こうなったら仕方がない、他にあの状況を短時間で何とかする方法が見つからない以上、今取れる選択肢は彼女の提案を受けることだけだ。

 俺は彼女の申し出を受ける旨を伝えると同時にもし彼女と再会したら聞いてみたい事があったためその質問を投げかけてみた。



「ところで、武闘会をバックレた時に受けるペナルティーってなんなんだ?」


「そうですね、最悪アカウントの抹消もあり得るかと……」


「それって酷くないか? 勝手にそっちがデモンストレーションのプレイヤーに選んでおいて、バックレたらアカBANなんて。仮に武闘会当日にどうしても外せない予定とか入ってたらどうすんだ?」


「その点は問題ありません。このフリーダムアドベンチャー・オンラインをプレイするための【VRコンソール】をご購入いただいだ方全ての予定を把握しております。それに照らし合わせて大会当日に予定が無い方を選んでおりますので」


「それってプライバシーの侵害だろ!」



 今とんでもないことを聞いてしまった気がする。

 このFAOをプレイするための端末機器であるVRコンソールの初回出荷台数は三〇万台だと記憶している。

 現在も新たなプレイヤーを増やすべくVRコンソールを目下生産中という情報がネットニュースでやっていたほどこのゲームの注目度は高い。



 閑話休題。

 本題に戻るが、三〇万台ということは、すなわちプレイヤーの人数も同じ三〇万人ということになるわけだ。

 その三〇万人という膨大な人数の全ての予定を把握しているという事が、どれだけ驚愕すべきことなのかお分かりいただけるだろうか。

 仮に候補に挙がったプレイヤーのみの予定を把握するという事ですら、驚くべきことなのにもかかわらず全てのプレイヤーとなるとその規模など想像もつかない。



「なにを言っているのですか? その点はあらかじめ規約の方にも記載されているはずですが?」


「なんだと?」



 彼女の返答が正しいのかを調べるためメニュー画面からこのFAOの規約を確認する。

 すると、確かに規約には“個人情報の一部をデータとして保有することがある”と記載されていた。

 おそらくこの項目が個人の予定を把握するということなのだろう。そうなってくるとさらに疑問が浮かんでくる。



「なら新たにこのゲームを始めるプレイヤーの予定も把握するということだろ? サーバーとか大丈夫なのか?」



 いかに最新のテクノロジーを駆使して運用されているゲームとはいっても、それだけ膨大なデータを管理できるほど高性能であるはずがない。

 それこそ一国家が使用するレベルのスーパーコンピュータでなければ辻褄が合わなくなってくる。



「把握といっても、必要な時にデータとして見ることができるだけですのでそれほどデータ量は多くありません。仮にプレイヤーの人数が今の十倍になったとしても問題ありません」


「マジかよ……」



“他に何かご質問はありますか?”と問われたが、俺は何も言葉を発せないまま、ただただ首を左右に振ることしかできなかった。

 それを気にした様子もなくただ事務的に彼女は必要な情報を俺に説明し始めた。

 工房はいつも使っている工房と同じ造りのものを用意してくれるらしい。



 そして、突如として現れた扉を開けた先にはいつも俺が通っている工房と全く同じ間取りの作業場が広がっていた。

 ただいつもと違うのは誰もその場にはおらず、俺の貸し切り状態というどこぞのVIPのような扱いを受けている気分になった。

 誰の邪魔も入らず作業に集中できるに越した事は無いためさっそく作業を開始しようとしたが、習慣とは怖いものでいつも俺が使っている作業場の一つに足が向かってしまい思わず苦笑いを浮かべる。



 その後、三時間ほど作業に集中することができ、目的だった【鋼の剣[改]】という前回作った剣よりも性能の良いものが出来上がった。

 ちなみに詳細はこれだ。




 【鋼の剣[改]】



 鋼合金を使い作られた一振り。

 正しい製法で作られており、その性能は破格のものとなっている。



 攻撃+51 俊敏性+12 命中率+12 耐久値:850 / 850



 製作者:非公開  レア度:3.5等級(星三つ半)



 ハイ、きました。とうとう攻撃力50超えというトンデモ武器の完成だ。

 ただこれまでの武器製作の傾向から【秀逸】や【卓越】といった言葉が使われていないので、まだ強くする伸び代は残っていることが窺える。

 てかこれ使って勝てないモンスターってどれくらいの強さなのだろうか……。



 この剣が完成したのは作業を始めて二時間くらい経過した時だったので、残りの一時間は同じ製法を使って、遠距離の火力不足を補うための牽制用の手投げナイフを作製した。

 使い捨て用の柄もない刃があるだけのナイフだったが、使っている素材が鋼のため攻撃力が40というこれまたトンデモないものが出来上がった。

 軽さを重視したため使用する鋼の量も少なく済み、最終的に30本ほどの投げナイフが完成した。



 とりあえず装備に関してはこれで最低条件はクリアしたことにし、全ての作業を終了することにした。

 だが今日が平日であったこともあり、もうそろそろログアウトの時間が迫っていた。

 俺は作業場を片付け、入ってきた扉に向かうと再びその扉から出ていった。



 そこにはまるでタイの大仏のように肘を床に付けた右手を側頭部に当てながら寝転がっているナビゲーターの姿があった。

 俺が戻ってきたことに気付かないようで、自分の尻をぽりぽりと掻きながら女の子らしからぬ行動を取っていた。

 そこの部分まで人間らしくしなくてもいいだろうにと、改めてこのゲームのAIの性能の高さに呆れながらも彼女に声を掛けた。



「なにやってるんだ?」


「ひぃー」



 これまた女の子らしくない素っ頓狂な叫び声を上げながらこちらに向き直る彼女だったが、今更取り繕ったところで後の祭りだ。

 俺は彼女の行動にため息を漏らしつつも用件が終わったことを伝えログアウトをしたい旨を伝えた。

 そして、ログアウトする前に注意事項として真面目な顔を作って説明し始める。



「ジューゴ様、今回は特別にこのような対処を致しましたが、今回だけだということをご了承ください。いつもこのようなことができるわけではございませんのでその点はご理解ください」


「ああ、もちろん分かっている。世話になったな」


「いえ、それではまたお会いできることを心待ちにしております」


「次会う時までにはもう少し女の子らしい行動を取ってくれることを期待している。ではまたな」


「うぅ……」



 最後に彼女の心に大きな穴を開けて俺はログアウトをした。

 しばらく彼女がその場で呆然と立ち尽くしていたのは言うまでもない事だろう。

 いろいろあったが、とりあえず俺の納得のいく装備を揃えることができたので良しとしよう。

 武闘会開催まであと三日残りはステータスの底上げと戦闘技術の向上この二つだ。どこまでできるか分らんが、やれることはやっておかなければならない、頑張ろう。

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