第48話
ユウトさんと別れた後、俺は工房へと戻り親方に結果を報告した。
そしてその足で作業場に向かい、さっそく教わった事を試すべく作業を開始する。
今日は平日なので時間的に残り一時間半ほどしか作業できないが、その時間で進められるだけ進めておこうと思う。
剣作製に割ける時間は今日と明日の計四時間ほどといったところだろうか。
できれば早めにケリを付けたいが、こればっかりは焦って作業するわけにもいかないので慎重にやっていこう。
まずは鋼合金を加熱し、ハンマーで叩いて剣の形に作り変えていく。そして、ある程度形が整ってきたらガッツさんに教わった製法を試していく。
確か千度から千百度まで加熱した後で水を掛けて冷却するんだったな……よしやってみよう。
失敗しないように丁寧に確実に手順をこなしていく、あまりに集中しすぎているせいかなぜか周囲の音が聞こえず、自分が加工している音が妙に大きく聞こえてくる。
人は何か一つのことに意識を集中するとそれに関連した情報のみ反応し、それ以外の要らないものは入ってこないという事があるらしいが、今の俺がその状態なのだろう。
次に【サブゼロ処理】という零度以下で冷却する工程なのだが、これに関しては水に浸し続けることで出来るだけ零度に近い温度まで冷却するという方法を取ることにした。
ガッツさんに教わった時は彼が手から冷気を発しその冷気で冷却していたので、鍛冶職人で修得できるスキル、または魔法の類だと推測できる。
今の鍛冶職人のレベルでそれに関係するスキルは修得できていないし、魔導師や魔剣士など魔法を行使することができる職業にも就いていない。
となれば今できるのは可能な限り低い温度で処理をすることなので、水に浸すという方法で冷却し続けた。
しばらくしてこれ以上温度が下がらないことを確認したあとで水から鋼を引き上げ次に【焼き戻し】という工程に移る。
焼き入れの工程を踏んだ後、二百度前後で再び加熱し、そして再び冷却する。
こうすることで靭性が生まれ使い勝手がよくなるという事だったかな。
これでガッツさんに教わった工程は全て終了したが、次に剣を作る上で重要な【刃を付ける】工程を行っていく。
工程の手順としては【研削】、【研磨】、【刃付け】、【刃先研磨】というのが大まかな流れだ。
まず研磨機を使ってで研削作業を行い剣の凹凸を無くし表面を平らにする。
次に平らになった剣の表面を滑らかにしていく。
そしていよいよ剣に切れ味を持たせるため刃先を鋭い形に研磨する刃付けを行う。
最後にさらに切れ味を持たせるため刃先研磨で刃の先を丁寧に研磨する。
実質的に全て研磨する工程だが、研磨する意図がそれぞれの工程によって違うため大まかに分けるとこの四つの工程を踏むこととなるのだ。
そしてようやく完成したのがこれだ。
【鋼の剣】
鋼合金を使い作られた一振り。
正しい製法で作られてはいるものの、まだまだ粗さがあり珠玉の逸品とまではいかないが剣としては破格の性能を誇る。
攻撃+44 俊敏性+7 命中率+7 耐久値:700 / 700
製作者:非公開 レア度:3.5等級(星三つ半)
“キタコレぇー!”と思わず叫びそうになったが、他にも人がいるのを思い出し寸でのところで押し堪える。
そして改めて出来上がった剣の性能を確認すると再び歓喜の叫びを上げそうになったので、再び堪える。
攻撃力が文句なしなのは当然として、俊敏性と命中率もなかなかの数値が出せている。
何よりも素晴らしいのが耐久値がかなり高く、この剣でしばらくは戦えるということをこの瞬間に確信した。
さらに嬉しいことに詳細の説明文の感じだとこの剣ですらまだまだ改良の余地があるというニュアンスが含まれているため、今後さらに鍛冶職人のレベルが上がればさらに高性能の剣を作成することができる可能性を示唆していた。
俺が握りこぶしを作ってそれをぶんぶんと前後に振っていると突如後ろから声が聞こえてきた。
「それって何かのおまじないかしら?」
「ふぇっ、わああああああ!!」
「ぶべらっ」
いきなり後ろから声を掛けられて振り返ると、俺の目と鼻のすぐそこに顔があったためびっくりして思わず握っていた拳を相手の顔面にぶち込んでしまった。
相手の左頬に俺の拳がジャストミートしそのまま半回転ほど捻りながら地面にうつ伏せに倒れ込んだ。
突然だが、タキサイキア現象という現象を御存じだろうか?
人は生命の危機などの何か危ない瞬間に直面した時、その危機を回避しようと脳がフル回転する。
その結果本来眼から脳へ伝わるはずの信号も鈍足化され、世界がスローモーションに見えるというのがタキサイキア現象だ。
つまり何が言いたいのかというと、俺が後ろから声を掛けられ振り返ると目の前に顔がありそれに驚いて殴った瞬間、タキサイキア現象が発生し俺が感じる全ての時間がスローモーションになっていた。
殴られた人が半回転捻りをした後ゆっくりと床に吸い込まれていく一部始終がスローに見えていたのだ。
そして気が付けば殴られた人がうつ伏せで倒れていた。
俺は自分がやってしまったことを悔いながらその人に駆け寄った。
「だっ大丈夫ですか!?」
殴られた人に反応はないが、どうやら気を失っているわけではなく自分に身に一体何が起こったのか理解できないといった状況らしい。
しばらくしてむくりと起き上がったその人が俺に抗議の声を上げてきた。
「ちょっと、いきなり人のこと殴るなんて酷いじゃない!」
「って、お前は……」
そこで初めて殴った相手が誰なのか理解する。
そいつは先日俺の元に現れ、急にPvPを申し込んできた……何て名前だったっけ?
「そうだ、思い出しだ。Kカップだ」
「それ名前違う! アキラよアキラ、人の名前くらい覚えなさいよ」
「そうだった。アキラ(Kカップ)」
「Kカップから離れなさいよ!」
「元はお前が言い出したことだろうが!」
アキラが殴られた直後は何事かと工房にいた人たちの視線が集中したが、俺と彼女が漫才を始め出すと何事もなかったかのように作業を再開しだした。
ここの連中もいろいろと騒動に巻き込まれてきた口なので、こういった騒ぎは最早慣れっこになっているらしい。
それがいい事なのか悪い事なのかは微妙な所ではあるがな……。
ともかくこいつに構っている時間など俺にはないが、彼女がここに現れたという事は俺に用があるとみて間違いないので先に答えておくことにした。
「言っておくが、PvPならやらないからな」
「それはもういいのよ、今回来たのはまた別件よ。あなたに料理を作って欲しいの。とりあえずこの間わたしの口に突っ込んだおにぎりを100個ちょうだい。もちろんお金は払うわよ」
「断る。俺は今忙しい、そんなことをしている暇などはない」
「それって、あなたが闘技場で戦う最初の三人の内の一人……だからかしら?」
そう言いながら大きな胸の下で腕を組みながら挑発的な笑みを浮かべ問いかけてくる。
俺はその横っ面をもう一度殴りたい衝動に駆られたが、次やったら事故では済まされないので何とか平常心を保って返答した。
「そう言えば、そんなことが公式サイトで書かれてたな。デモンストレーションとして独断で選出したプレイヤー三人に最初に戦ってもらうって」
「そうよ」
「残念だが、俺はその最初に戦うプレイヤーじゃない。もし俺が最初に戦うプレイヤーに選ばれてるなら、こんなところで剣なんて作ってる場合じゃないだろ?」
「ふむ、それもそうね」
やってやったぜ。以前も話したが、俺には子供の頃から得意としている事がある。
それは自分が当事者なのにもかかわらず、さも「俺は関係ないですよ」という雰囲気を作ってごまかす事だ。
その特技のような技で何度かいたずらのお仕置きを免れたこともある。
そういった腹の探り合いにおいて、人よりも優れている方だったので、それを活かし今の会社で営業サラリーマンとしてそれなりの業績を上げているほどだ。
俺はさりげなく迷惑そうな表情を顔に張り付けると、嫌そうに言い放った。
「だからKカップと遊んでる暇はないんだ。悪いがお引き取り願ってもいいだろうか?」
「そう言われて“はいそうですか”って答えるとでも思ってるのかしら? こうなったらわたしの注文を受けてくれるまであなたに付きまとってやるんだから」
「運営さーん、ここにストーカーがいますよー」
「そんなのと一緒にしないでちょうだい!」
いやストーカーもあんたもターゲットに付きまとうという意味では一緒だろというツッコミを俺は言おうとしたが、言ったら面倒臭いことになりそうだったので、敢えて流すことにした。
そんなやりとりをしていて気づかなかったが、時間を確認するともうログアウトする時間が来てしまっていたので、作業場を片付けるとそのまま工房を後にした。
さっきの宣言通りアキラも俺の数メートル後ろを歩く形で付いてきていたが、もうやることはログアウトするだけなので無視を決め込みいつもの宿屋に向かう。
宿に入ると相変わらず無駄にいい体をしている店主に迎い入れられ、いつものように部屋を一つ借りようとしたのだが……。
「お客さん、今回は二人部屋でいいんですかい?」
「はあ? 何を言ってるん――」
俺がそう言いかけて後ろを振り返ると何食わぬ顔でアキラがそこにいた。
できるだけ生温かい目を作って俺はアキラに問いかけた。
「お前は一体何をやっているんだ?」
「わたしも同じ部屋に泊まるわ。文句ないっでしょ?」
「あるわ! 別々に決まってんだろ」
「どうして? わたしと一緒は嫌かしら?」
そう言ってしなを作りながら女性独特の妖艶な雰囲気を纏って俺に詰め寄ってきた。
宿の店主は店主で「お客さんも隅に置けねえな」というどこぞのモブキャラのようなテンプレ台詞を宣ってやがるし、仕方ない……こうなったら三十六計逃げるに如かずだ。
俺は立て掛けてあった鍵を置いておくための板に掛かった一人部屋の鍵をそこから奪うと受付カウンターに250ウェンを叩きつけそのまま部屋へと猛ダッシュする。
その動きに気付いたアキラが追っかけてきたが、突然の動きに自分の胸が邪魔をしてそのまますっころんでしまう。
それを好機と判断しそのまま階段を駆け上がると部屋に飛び込みそのままログアウトすることでなんとかその場を凌いだのだった。
俺はこのFAOに恋人を作りに来たわけではないので、こういった色事は別に必要ないのだ。
とにかく、なんとか鋼の剣を作ることには成功したもののまだ改良の余地は残されているので、次回のログインも剣を作っていこうと思う。
まさかゲームの世界でストーカー被害に会うことになるとは思わなかったが、他の男なら“あんな美女に言い寄られてラッキー”って思うんだろうな。
次何か言ってきたら口におにぎりを突っ込んで黙らせてやることにすると決め、俺は現実の世界へと帰って行くのだった。
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