第五章 イベントに向けての準備開始

第35話



「はあー、こんなもんかな?」



 やあ、ごきげんよう、俺だ。ジューゴ・フォレストだ。

 今ようやく作業が終わり一段落ついたところなのだが、何をしていたのか分かるかな?

 まあ別に隠すようなことではないので答えを言ってしまうが、答えは……料理だ。



 フリーマーケット場での惨劇というか一騒動があった後、追加のおにぎりとハーブステーキをひたすら爆産していたのだ。

 もはや爆産というよりもそのさらに上の鬼産という表現がしっくりくるかもしれない。

 この作業で米を三分の二ほどとオラクタリアピッグの肉を全て使い切ってしまったためまた乱獲しなければなるまい。豚ちゃん、覚悟しておけ。

 その結果おにぎり1000個とハーブステーキ500枚が大量に生産されることになってしまったがかかった時間は1時間もかからなかった。

 


 理由としては料理人のスキルである【時間短縮】のお陰でもあるのだが、どうやらこのスキルは料理人のレベルが上昇する度に料理工程を効率よく行ってくれるようで、今では素材と調味料さえあれば完成された料理が出来上がるまでになっている。



 ただし条件として一度ちゃんとした工程を踏んでから料理を作らなければならないのは前にも説明した通りだ。

 それでも数百数千単位での調理がこうも簡単にできてしまうのは現実世界で炊事をする身としては何とも複雑な気持ちになってしまう。

 ちなみに現在の料理人のレベルはスキルを連続で使用したためか一気に上昇し22にまで上がっていた。



「これをこうして、これで出品完了と」



 出来上がったおにぎりとステーキをメニュー画面のフリーマーケット管理の項目から出品する。

 実際出品されている店舗の客の人数を目の当たりにして見たところかなりの人数がいたためデフォルトで実装されている一度に購入できる数量に制限をかける設定をオンにして、お一人様につきおにぎり5個、ステーキ3枚という制限をかけた。

 できるだけ多くの人に行き渡るようにとの心積もりではあるが、あまり大事にしたくない俺としてはできる限り少人数に購入してもらった方が情報が広まるのを防げるので制限をかけない方が俺の心情に沿う形にはなる。



 制限をかけなければ大手の人間が大量購入していくだろうから一般プレイヤーから苦情が殺到する。

 かと言って制限をかければもっと大量に買わせろという苦情が寄せられるだろう。

 どっちにしても苦情がくるのならできるだけ少数の方を取るべきだ。

 ちなみにできるだけ出品されている時間を長くするために販売額を最初の二倍に設定した。

 おにぎりは200ウェン、ステーキは500ウェンだ。全て売れれば45万ウェンという大金になる。



 値上げ自体も苦情が寄せられる原因となり得るだろうが、料理ばかりに気を取られていては他の事ができないのだ。それは分かって欲しい。

 早く他の料理人プレイヤーが出てくることを祈りながら俺はいつもの給仕室を後にした。



「さて、次は何をしようか」



 それが問題だ。この先一体何をすればいいのか?

 このFAOが配信されて二週間ほどが経過した。その間にアップデートが一回ありサーバーの負荷軽減とバグ修正が行われている。

 公式掲示板やゲーム内チャットの情報ではもうそろそろ次のアップデートがあると噂されており、それに備えるプレイヤーも少なくない。



「とりあえず、剣士のレベルでも上げるかな」



 今現在の俺の職業レベルは剣士レベル9、鍛冶職人レベル24、料理人レベル22という構成となっており圧倒的に剣士のレベルが低い。

 このFAOでは職業のレベルを上げるためにその職業に準ずる行動を取らなければならないのだ。

 例えば料理人なら料理をしたり自分が作った料理を人に振舞う事でもレベルが上昇する。

 鍛冶職人なら鍛冶関係の行動を取ればレベルが上がっていく。



 戦闘職系統の職業の場合はモンスターと戦って戦いの経験を積んでいくのが最も効率的だと掲示板で議論されていたが、自分の職業で使用する武器を素振りすることでも経験値が獲得できるらしい。

 俺としては一つの職業レベルが特化して強いというよりもそれぞれの職業レベルがバランスよく上がっていた方が俺のプレイスタイルに沿っていると感じたのでここはモンスター討伐をしながらのレベル上げをすることにした。



「そんなわけで親方、俺出かけてくるから」


「おい兄ちゃんよぉ、鉄の剣を売った金はどうすんだ?」


「まだ取りに来てない人もいるんでしょ? その件については鉄の剣が全部売れてから話そう」


「兄ちゃんがそれでいいならいいけどな」



 ここまでの付き合いで多少砕けた言葉遣いで話せるようになった親方に挨拶すると俺はとある場所へと向かった。



 ハーブステーキの材料となるオラクタリアピッグを出会い頭に蹂躙して行きながら俺はとある場所へと舞い戻ってきた。

 そう、その場所とはかつて俺がFAOで初めてのデスペナを食らった場所【ベルデの森】だ。

 ここに来た理由としてはこの森での目標だったクエックの卵自体はフリーマーケット場で出会ったユウトさんの店舗で購入して手に入れてはいるが、もう少し量を確保したいということと剣士のレベル上げの場所としてここが丁度よかったためだ。

 相変わらず鬱蒼と茂る木々は森にはいる者を拒むかのように陰影な雰囲気を醸し出している。



「あの時とは違うという事を教えてやるよ、ベルデの森」



 俺はそう意気込むと確かな自信を持って森へと侵入していった。

 


「ていっ、たあっ、やー!」



 なんということでしょう。あれ程苦戦を強いられていたベルデウルフの群れがこうも簡単に倒されていくじゃないですか。

 お次はグリズリーベアーが二頭同時に現れるも鍛え上げられた鍛冶職人と料理人のステータス補正により相手を圧倒しこれを退ける。

 そして今度はベルデウルフの群れとグリズリーベアーの混合群が出現するも難なく撃破していく。

 強くなりすぎてしまった自分に驚きながらも確実に剣士のレベルは上昇し現在のレベルは13となっていた。



「ここまで成長していたのか俺は、だがここで油断はしないぞ」



 そうだ。俺は絶対に油断はしない。

 かつて学生時代にライトノベル好きの友人が語っていた。

 “ファンタジー系のラノベの主人公はさ、強くなって油断している時によくトラブルに巻き込まれんだよな”と。

 だからこそある程度の強さを手に入れたからこそいかなる事態にも対処できるように備えておかなければならないのだ。

 だがしかし、トラブルというものはいつも突然やってくるものなわけで――。



「たぁぁぁーーすけてぇぇぇぇーーー!!」



 突然森の奥から助けを求める声が響き渡ると森の奥の方から一人のプレイヤーが疾走してくるのが見える。

 よく見るとそれは俺の見知った人物だった。



「ユウトさん、一体何があったんですか?」


「あ、ジューゴ君、君でしたか。モンスターの群れに追われているんです助けてください!」


「うわ、どんだけ引き連れてきてんですかーー!!」



 彼の後ろには数十匹というおびただしい数のベルデの森に生息するモンスターたちが列をなして迫って来ていた。

 いくら俺が強くなったからといって一人であれだけの量などとてもじゃないが捌ききれない。

 残された選択肢はたった一つだが一歩間違えればモンスタートレインにより他のプレイヤーにも被害が出てしまう。



「ユウトさんとにかく今は逃げることを優先しましょう。俺に付いてきてください」


「え? このまま街に逃げ込んだ方がいいんじゃないですか?」


「それだと他のプレイヤーの迷惑になりますし、場合によっては悪質行為でペナルティを受けることになるかもしれません。ですからこの森の中で決着をつけなきゃいけないんです。」


「わ、わかりました。とにかく逃げましょう」


「奴らを森の外に出してはいけません。こっちです俺に付いてきてください」



 まさか今度はモンスターと全力鬼ごっこをする羽目になるとは、このゲームは俺に優しくない気がする。

 兎にも角にもいきなり舞い込んできたトラブルにどう対処するか考えるとしますかね。 

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