第27話


「さて、鉄を掘りに行きますかね」



 そう独り言ちりながら俺は街の出入り口がある方向へと歩を進めていた。

 周りにはNPCやプレイヤーなどが大通りを行き交い賑わっている。

 俺の進行方向からやって来た胸の大きなNPCの女性がご自慢の二つの果実を揺らしながら歩いて来る。

 彼女の持つそれはゲームでしか表現できないほどに躍動感あふれる動きだった。



(あんなデカくても現実世界じゃああは揺れないけどな、ははっ)



 胸の大きい女性で思い出したが、そう言えばあいつはどうしているのだろうか?

 ログイン初日に俺と鬼ごっこをしたあの憎きおっぱい星人ことアカネという女だ。

 あの時は辛酸を舐めさせられたが、触らぬ神に祟りなしとも言うしできれば二度と会いたくはないな。



 俺がそんなことを考えているとどこからか「ああああああ」という叫び声が聞こえる。

 その叫びがだんだんと近づいて来るのがわかり辺りを見回すとその声の発生源である一人の人物を視界に捉えた。



「ジューゴ、貴様ぁーそこを動くなあー!!」



(なんかヤバそうだな、逃げたいが逃げると俺の正体が白い装備を付けたプレイヤーってバレそうだし、ここは大人しく待つとするか……)



 噂をすればなんとやらとはよく言うがまさか本当に現れるとは思っていなかった。

 距離にして約二十メートルほど先にアカネがこちらに走ってくるのを確認していたが、彼女の構えが明らかに俺にラリアットを食らわせる構えを取りながら走り込んできていた。



 その体勢から繰り出される一撃は当たれば俺の身体をいとも簡単に吹き飛ばすことだろう。

 だからこそ当たってあげるわけにはいかなかった。

 俺は彼女が走ってくるのを待ち、俺の首元に彼女の二の腕部分が直撃する寸前に体勢を横にずらすことで彼女のラリアット攻撃を躱す。



「見える!」


「なっ!」



 どうやらアカネは避けられるとは思っていなかったようで勢い余ってそのまま前のめりに転がっていき、おあつらえ向きに用意された何かが入っていた空の木箱が積まれた場所に吸い込まれて行きその後――。



 ――ドンガラガッシャン。



 まるでどこかのコメディドラマやアニメなどで見たそのままの光景が広がっていた。

 バラバラになった木箱は破片が飛び散り、土煙が辺りの視界を覆い尽くす。

 アカネ自身はと言えば木箱に埋もれた形になっているため姿は見えないがそこに埋もれているのは間違いない。



「はあー全く毎度毎度騒がしい。もう少し落ち着いた行動ができないのか?」



 俺が木箱に埋もれている人物に投げかけて見るも本人はそれどころじゃないため返事は返ってこない。

 その言葉に代わりに答えてくれたのは俺が想定していた人物だった。



「まああれが彼女の持ち味でもあるしね。まあ親友としてはもう少し大人しくしてほしいところだがな」


「久しぶりですねカエデさん」



 薄い青色のショートヘアーが風にたなびくその姿はまさにどこかの国のイケメン王子様然としているが、実際は女性という一部の腐った女子からモテそうなカエデさんが現れた。

 手に頭を置きながら参ったという顔を張り付けてはいるもののその姿でさえ憂いを帯びた姿と見まがうほどに秀麗だ。

 俺がもし女だったら間違いなく頬を赤く染めた事だろう。 女だったらの話だがな……。



 そんなどうでもいいことを考えていると木の瓦礫から飛び出てきたアカネが肩を左右に突き出しながらこちらを睨みつけてやってくる。

 そして俺とカエデさんのところまでやってくると開口一番俺に食ってかかった。



「なんで避けるんだ! ちゃんと食らいなさいよ!!」


「いやいや、当たったら痛いと分かってるものを避けないほど俺にそんな特殊な趣味はない、君と違ってな」


「あたしにもそんな趣味はないわよ!!」


「アカネいい加減にしないか、今回はいきなり殴りかかっていったアカネが悪い」



 示し合わせたわけではないが、結果として二対一の構図が出来上がってしまった。

 それを不利と感じたアカネがあからさまに話題を変えた。



「そっそんなことより、さあ話してもらうわよ」


「ん? 何のことだ?」


「アンタが白い装備を着たプレイヤーだったんでしょ?」


「何を言ってるかさっぱりわからないな」



 俺はお得意のポーカーフェイスを駆使して、当事者であるにも関わらずあたかも部外者然とした態度を取る。

 だが今回はネタが上がっているためアカネも一歩も引かない。



「とぼけたって無駄よ、あたしが見た白い装備のプレイヤーの顔がアンタの顔だったってことを思い出したんだから」


「……」



 ちっ、やはり顔を覚えていたか。

 どうやらおっぱいにばかり行ってると思っていた栄養が多少は頭にも供給されていたようだな。

 


「な、なんですって!!」


「うん? どうした急に、何も言ってないぞ?」


「今言ったじゃない、おっぱいに行ってたと思った栄養が頭にも行ってたって!」


「……ああ」



 どうやら心で思っていたことが自然と口に出ていたようだ。

 これはおそらくソロプレイで独り言や考え事が多いためによる弊害だな。

 まあ別に隠すことではないので知られたところでどうという事はないがな。



「そんなことはどうでもいいからあたしの質問に答えなさいよ! あの白い装備は一体なんなの?」


「答える義務はないな、人には知られたくない事の一つや二つくらいあるだろ? だからあれについてはもう忘れろ」


「答える義務はあるわよ! あれだけ街中を走り回らされたんですから、あたしには知る権利がある」


「お前が勝手に追いかけて来ただけだろ! いいからあれのことは忘れるんだおっぱい星人」


「おっぱい星人言うなぁー!!」



 まさに売り言葉に買い言葉の応酬が続きまるで子供の喧嘩のように収拾がつかなくなったその時、その場にいたもう一人が俺たちの喧嘩に割って入った。



「あーそのなんだ、ジューゴ君ちょっと気になったのだがいいかな?」


「ん? なんですかカエデさん?」


「さっきジューゴ君がアカネに対して使った【おっぱい星人】についてなんだが……」


「そうだカエデ、言ってやれ言ってやれ!」



 自分の味方になってくれると思ったアカネが得意気に合いの手を入れるが、その期待は違った形で裏切られる。



「おっぱい星人とは“女性の胸に対して興味、関心が一般の人より高い人”を指す俗語で、決して大きな胸を持つ女性を指し示す呼び方としてはあまり適切ではないと思うのだが……」


「え、ちょちょっとカエデ? あたしの味方をしてくれるんじゃ……」


「ふむ、ならば【おっぱい魔人】はどうだ?」


「ふぇっ!? ま、ままま魔人!?」


「うーん、それも胸の大きな女性を指す言葉として適切ではないな」


「そうか、では……」



 その後俺とカエデさんとの間でおっぱいの大きな女性を指し示す適切な呼び方について討論が行われた。

 俺も持てる知識を総動員し、いくつかの名前を列挙していくもしっくりくるものがなかなか出ず、その後議論を重ねた結果、とある名前が浮上する。



「じゃあ【おっぱいオバケ】はどうだ?」


「おっぱいオバケか、確かにそれならば問題ない」


「……決まりだな」



 そう言うと俺はアカネのもとまで歩み寄り高らかに宣言する。



「というわけで厳正な討論の結果、お前はおっぱい星人改めおっぱいオバケとなることが決まった。ありがたく頂戴するように。どうだ嬉しいか?」


「嬉しくねえぇー!!」


「あははははははっ」



 俺とアカネのやり取りがカエデさんの笑いのツボを捉えたらしく、腹を抱えて笑っている。

 それを見たアカネはいたたまれなくなり吐き捨てるように叫んだ。



「くそー、カエデまで笑うなんてひどい、こうなったら……こうなったらグレてやるからなああああああ!!」



 そう叫びながらどこかに走り去って行った。

 これで俺が最初に出鼻を挫かれた事も多少は溜飲が下がった。

 だが冗談にしては少しばかりやり過ぎたかと思い、俺はカエデさんに問いかけてみた。



「ちょっとやり過ぎだったかな?」


「問題ない、寧ろたまにはお灸を据えてやらんと反省しないからなアカネの場合」


「そうか、それならばいいのだが……」



 その後アカネが戻ってくるまで他愛ない世間話が続き、話題はまだ戻ってきていないアカネの話題になった。



「ところでジューゴ君、君はアカネの事が嫌いかな?」


「ん? いやそんなことはないぞ。確かに最初の第一印象は最悪だったし、こっちとしても腹立たしいと思ったけど、別の形で会っていれば出会えてラッキーだったと思うだろうな。基本的にアイツは見た目はかわいいし、性格も多少サバサバしてそうだけど明るくて退屈しなさそうだし、俺はからかってたが、なによりもスタイルがいい。アイツと付き合いたいって思う男は多いんじゃないか?」



 これは俺の正直な感想だった。

 最初の出会いが悪かっただけで、もっといい形で出会えていたら彼女とは仲良くなりたいと思っただろう。

 もちろんそれは恋愛感情的な意味合いではなく、一人の人間としてだがな。

 俺がアカネの事について答えた後、カエデさんはニヤリと笑い俺の後ろに向けて言い放った。



 「だ、そうだぞ? アカネ」


 「え?」



 カエデさんがそう言った後俺は後ろを振り返る。

 するとそこにいたのは……。



 「うっ……うぅ~~~~」



 顔をリンゴのように真っ赤にしたアカネがもじもじと身体をくねらせながら俯いていた。

 その仕草は年相応の女の子のそれで不覚にも可愛らしいと思ってしまった。



「なっなんだよ、いたのかおっぱいオバケ」


「おっ、おっぱい、オバケ、いう……な……」



 照れているため俺のからかいにいつものキレがない。

 くそー、カエデさんめやってくれたな。

 まあ別に知られて困ることではないし、嘘は言ってないから構わんがしてやられたことに少しムッとしてしまう。



「おっとそうだ、忘れていたがこれから用事があったんだ。じゃあ二人とも俺はこれで……」



 その場の甘酸っぱい雰囲気から逃げるため二人と別れようとしたが、カエデさんの一言で逃げられなかった。



「用事ってなんだい?」


「ああ、実は……」



 俺は鉄を手に入れるため街の北にあるという鉱山に向かう事を二人に話した。

 それを聞いた二人は俺にこう切り出してきた。



「ジューゴ君、もしよかったら君に同行させてもらえないかい?」

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