第四章 鉱山とフリーマーケットと鬼ごっこ再び

第26話



「ふぅ……これでようやく半分か……」



 俺はそう呟くと、出来上がった鉄の剣を完成品として置いてある鉄の剣の束の中に入れる。

 あの200人以上のプレイヤーが俺の剣目当てに工房に詰め寄ってきた【プレイヤー剣作ってくれ事件】から二日が経過していた。

 現在の曜日は日曜日で俺はこの二日間ひたすら鉄の剣ばかりを作成する労働に準じていた。



 結局あの後、7000ウェンという高額の請求にもかかわらず鉄の剣作成を依頼してくるプレイヤーが後を絶たず、最終的に作らなければならない鉄の剣の本数は50本となった。

 ちなみに追加注文は受け付けず、今回限りの注文という形でなんとか決着した。

 どうしてこうなった? 俺はこうならないように努めてきたはずなのに……。



 すべての依頼を突っぱねて逃げようかとも思ったが、それでは親方たちがプレイヤー達のやり玉に上げられそうだったので、仕方なく高額請求という形で注文数を絞るしかなかった。

 だが俺がなにより剣を作成する事を渋っていた理由は俺の作る剣が高性能だったという事だ。



 良いものを作る人間というのはどんな分野においても注目されるものだし、客が要求する内容もシビアになりがちだ。

 「アンタならこれくらい楽勝で作れるだろ? 天才さん?」とか言われた日にゃ、俺はそいつに間違いなく顔面パンチをお見舞いするところだ。

 加えて物を生み出す創造者クリエイターというのは自分が作ったものに対して責任を負う義務が発生する。



 これは俺が学生時代に異世界転生物のライトノベルに嵌っていた友人が言っていたことなのだが、「あの手の主人公はなぜああも簡単に物を作り出してしまうのか?」とよく俺に熱く語っていた。

 友人曰く、物を作るという行為は無から有を作り出すという事で不便だったものを便利にするという面を持ち合わせている。



 だが同時に何もなかった所から新たなものが生み出される事でそれは新たな争いの種になる。

 異世界転生の知識がない主人公なら仕方ないかもしれないが作品によっては異世界転生の知識があるのにも関わらず、不便だからという安直な理由でその世界になかった物をなんの考えもなしに作り出してしまった事でトラブルに巻き込まれるケースが多々あるらしい。



 それは何もフィクションの中の話だけではないと俺は付け加えておく。

 例えばアルフレッド・ノーベルという発明家を知っているだろうか?

 彼の残した功績の中で最も有名なものと言えば【ダイナマイト】の発明だろう。

 だがダイナマイトは本来、土木工事の安全性向上を目的として発明されたが、いつしか戦争で用いられるようになった。

 


 人々の生活を豊かにするために生み出されたものが軍事的に利用されるというケースは珍しくはない。

 以上の点から見て、俺が鉄の剣を生み出してそれが悪用されないという保証があるだろうか? 答えは“否”だ。

 だからこそ物を作る人間というのは自分が作り出したものが悪用された時のことを想定しておかなければならない。

 実際ダイナマイトを作ったノーベルもダイナマイトが軍事的に使われることを想定していたらしい。



 たかがゲームとタカを括っていたらその後とんでもないしっぺ返しを食らうことになりかねないのだ。

 おっと、今のは洒落じゃないからな?



 だが生産職を持っている俺が俺だけのためにその技術を使うというのもどこか贅沢なものだという気がしてならない。

 「結局どうしたいんだ?」と言われそうだが、ゲームバランスが変わってしまうようなものを作る気はないが、ゲームに影響が出ない程度で、尚且つあくまでも“試作品”という名目で販売したりするのはやぶさかではないということだ。



 俺は以前に「労働に対してそれ相応の対価を出すべきだ」と言ったがそれは前提として“他人のために労働する”場合だ。

 このFAOで例えるなら俺が初めて料理を作った時に俺は作った料理をタダで親方たちNPCやカエデさんたちに振舞った。

 だがその時俺が料理を作った主な理由は自分が作りたかったからという自分のために行った行為だったからだ。

 自分のために働くというのは労働ではなくどちらかと言えば趣味に近い、だからこそ俺は初めて作った料理を無償で振舞ったのだ。



 この理論で言えば自分のために作ったものを他人に売る場合と他人の依頼で労働して作ったものとでは当然値段が大きく異なる。

 仮に同じものを作ったとしても前者の方が値段が安く後者の方は値段が高くなる。

 なぜなら自分が趣味で作ったものと労働して作ったものは例え全く同じ物であっても付加価値が付いているからだ。



 ……はぁー、長々と講釈を垂れたが結局何が言いたいのかと言えばだ。

 「このFAOでは他の人のために生産職もやるが、その労働に対する報酬はいただきますよ。ただし、超高性能なものを要求されても作りません」だ。



 俺はこのFAOに癒しを求めに来ているのだ。他人のためにゲームをやりに来ているわけではない。

 だが他人が困っているのにも関わらず自分が困っていないという理由から見て見ぬふりをするほど俺は薄情な人間ではないという事だ。

 つまり程度の問題ということになる。


 

「兄ちゃん、すまねえがもうこれ以上鉄を出してやれねえ」



 といろいろ考えを巡らせていると親方が話し掛けてきた。

 俺がプレイヤーから注文を受けた後、まず俺は親方に相談し、鉄の剣の材料となる鉄インゴットの在庫を聞いた。

 最近いろいろと装備を生産しているらしく在庫状況はあまり芳しくないとの事だったが、工房に支障が出ない程度の材料は出してくれるとのことだったので、親方には「在庫がヤバくなったら言ってください」とだけ伝え俺はひたすら剣を生産し続けていたのだ。



「いえ寧ろここまで出してもらってなんか申し訳ないです。ちなみに他の工房から材料を調達とかできませんか?」


「残念だが他の工房も俺らに出すほどの鉄の在庫がないらしい。なんでもここ数日急に鍛冶を教えてくれと頼みこんでくるプレイヤーが増えたらしくてな、それもあってうちに出す材料がねえんだとよ」



 いよいよ俺以外にも生産職を主体に活動するプレイヤーが出て来たか。

 それはこのゲーム全体にとっては喜ばしい事なのだろうが、その原因を作ったのが他でもない俺だというところは素直に喜べずにいた。

 あの事件の後、何人か鍛冶職人を持ったプレイヤーが俺に教えを請いにやって来たので、レベルを上げる方法とちょっとしたコツを教えてやった。

 だが、どうもその方法はとんでもないほど根気がいるものらしく、ほとんどのプレイヤーが根を上げていた。

 どうやらめげずに他の工房でも頑張っているようだな、感心感心。



「じゃあ他の工房から材料を調達することはできないですね。親方、鉄って当たり前ですけど鉱山から掘って来てるんですよね?」


「うん? まあな。この街の北に山が見えるだろ? 今使ってる鉄はそこから採掘されて来てるんだ」


「その採掘って俺がやってもいいんですかね?」


「まさかお前、自分で掘りに行く気か?」



 俺は早くこの依頼を片付けてまったりのほほんプレイに戻りたいのだ。

 そのためならばどんな手を使っても構わない。鉄がないなら自分で取りに行くまでだ。

 というか、早くベルデの森に再挑戦して卵をゲットしたいのだ。

 実は作ってみたい料理があるのだが、それにはどうしても卵が必要なんだ。



「何か問題でもあるんですか?」


「問題はねえが、道が険しいし強くはないがモンスターも出るしな、あまりおすすめはできねえぜ?」


「構いません。早くこの鉄の剣地獄から抜け出したいので」


「はははっそうか、なら行ってこい、道中気を付けてな」



 俺は親方に挨拶を交わすと、街の北にある鉱山に鉄を採掘しに行くため工房を後にするのだった。

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