第17話



「ふうー、食った食った。もう食べられんわい」


 

 そう言いながら工房の親方は大きくて丸いお腹をポンポンと叩いたあと撫で回した。

 時間短縮によって大幅に調理時間を省略できた俺は、その後工房に戻り料理を再び振舞った。

 給仕室に行ってから十五分も経たないうちに戻ってきた俺を見てどうしたのかと聞かれたが料理を始める前に新しいスキルを覚えたお陰で調理時間を短縮できたと説明しておいた。



 流石に七十個のおにぎりがあれば残るだろうとタカを括っていた俺だったが俺の考えは見事に打ち砕かれ、殆ど食べられてしまった。

 その食いっぷりは豪快なもので見ていて清々しい気分になった。



「ありがとうございました。とってもおいしかったです」


「お粗末様でした」



 工房の部下の人たちも気に入ってくれたようで今は床に座り込んで食後の休憩を取っている。

 カエデさんとアカネも工房の人たちに負けず劣らずの食いっぷりで一瞬彼女たちが女の子だという事を忘れてしまうほどだった。あの細い身体の何処にあれだけの食べ物が入るのだろうか?



「ジューゴ君、ごちそうさまでした。とっても美味しかったよ」


「ジューゴは料理の天才ね」



 そんな大層な物ではないのだが、自分が作った料理を褒めてくれるのは素直に嬉しかった。

 俺はそんな彼女たちの言葉がむず痒くて、頬を指で掻いて苦笑いを浮かべる。

 それから俺はしばらく雑談した後、親方に鍛冶道具の代金について話し始めた。



「親方、鍛冶道具の代金のことなんですけど――」


「おう、タダでいいぞ」


「幾らか負けてもら――ってそれじゃあ儲けが出ないんじゃないですか?」


「俺は金儲けのために鍛冶職人をやってんじゃねえんだ。男のロマンを追いかけるために鍛冶職人やってんだよ!」



 はい? 男のロマン? アンタ一体何を言ってるんだ? 親方、ロマンで飯は食えませんぜ。

 心の中でそう突っ込むと俺は思考を元に戻し、親方に交渉を持ちかける。



「せめて半分は出させてください」


「うーん、俺は別にタダでいいんだがな?」


「いえ、労働に対して対価を支払うのは当然のことです。えーっと、25000ウェンの半分だから12500ウェンですね。ちょっと待ってください」


「えーい、キリが悪ぃから10000ウェンでいいわい」



 おいおい、それでホントにいいのかよ。儲けが出るのか?

 男のロマンを追っかけるのもいいけど、まず目の前の現実を見つめなさいよ。

 これ以上問答を繰り返しても平行線をたどるだけだと理解した俺は親方の言った通り10000ウェンを支払った。

 客の立場である俺からすればこんないいものをタダでくれるというのだから貰っておいていいのではと思わなくもないが親方にも言った通り労働に対して正当な対価を得るのは当然の事なのだ。

 


 だからこそ俺はその労働に対して正当な対価を支払わなければならない。親方の仕事はボランティアではないのだ。

 一流の鍛冶職人であり、六人の部下を取りまとめる立場でもある。

 それに親方に対価を払わないと部下の人たちの給料が支払えないんじゃないかな?



 とりあえず、これで今回の目的だった調理器具と鍛冶道具が手に入ったのでそろそろログアウトしようと思うのだが、カエデさんたちはこのあとどうするのだろうか。



「カエデさん、俺はそろそろログアウトしようと思ってるけど二人はどうするの?」


「私たちはもうしばらくここで話しているよ……」



 ならば俺はログアウトするために宿を探しに行くとしますか。

 そう思い親方にお礼を言って、工房を後にしようとしたのだが――。



「待ってくれ、ジューゴ君!」


「うん? 何か?」



 どうやら何か頼みごとをしたいのだろう。

 言うかどうか迷っている雰囲気があったがカエデさんは意を決して話し始めた。



「もしジューゴ君がよかったら、うちのパーティーに入らないか? 料理人の君が入ってくれたらこちらとしても助かるのだが」


「うんうん、それはいい考えだよカエデ。あたしは大賛成だ」



 こらこらアカネさんや、目が骨付き肉になってますぞ。

 アカネはただ美味い料理を食いたいだけだろうが、カエデさんは真剣な眼差しを向けてきた。さてどうしようか?

 この場合の“どうしようか”というのはどうやって断ろうかという意味だ。

 


 俺は基本的にソロプレイでこのFAOをプレイしていきたいと思っている。

 ゲームにまで人間関係で悩ませられたくないし、なにより一人は気楽でいい。

 場合によっては臨時パーティーに入ってパーティープレイを楽しむというのもひとつの選択肢だろうが決まった固定のパーティーに所属するつもりは毛頭ない。



 申し訳ない気持ちとありがたい気持ちとの狭間を行き来していたが、俺は正直に話すことにした。

 断った理由を話すとカエデさんは残念そうな表情を浮かべたが、俺の言い分ももっともな話だと理解してくれたようで。


 

「そうか、残念だが無理に誘うことはできないからな」


「本当に申し訳ない」


「気にしないでくれ」


「ぶー、ごはんーー」



 純粋に残念がるカエデさんと美味い飯が食べられなくなったことを悔しがるアカネという実に両極端なリアクションを見せられつつ、俺は二人に別れの挨拶をすると再び工房を後にした。

 外はすでに夜になっており市場の露店も今は営業していない。

 俺はログアウトをするために宿を探すべく歩き出した。



 実は工房の先は道がさらに続いておりその先がどうなっているのか見てみたかったのだ。

 どうやらそこは主に道具屋や装備屋などが軒を連ねるエリアらしく、盾や剣などを模した看板が目立つ。

 さっきの工房で生産された武具をこの店で販売しているみたいだな。

 今は夜のため軒並み閉店しているが今度機会があれば見て回るのもいいかもしれない。

 


 そのまま直進してようやく宿を見つけたのでその宿に入ったのだが、そこがなんと最初にカエデさんと一緒に泊まった宿だったのだ。

 相変わらず宿屋の主人とは思えないほどの体をした店主が「なんだ、またお前さんか」と言いながらも俺を迎えてくれた。

 今回はお金があるので気兼ねなく泊まることができる。ああ、お金があるって素晴らしい。

 宿の方も一人部屋に空きがあるとのことなので宿を取り、今日はそのままログアウトした。



 二回目のログインで調理道具と鍛冶道具、そして初めての料理を作った。

 次回は何をするか次のログインが実に楽しみだ。






 ジューゴ君と別れた私とアカネは彼について話し合っていた。

 いきなり宿で一緒に泊まるという現実世界ではありえないシュチュエーションでの出会いだったが今となってはいい思い出だ。と言ってもこのゲームが配信されて現実の時間でまだ一日も経ってはいないのだが……。

 とりあえず夜の街を歩いてみたいと言い出したアカネと一緒に工房を後にすることにした。



「それにしても意外だったな、カエデがジューゴをパーティーに誘うなんてね」


「そうかい?あれ程の料理が作れるのだからいずれ彼もこのゲームで有名になると思ってね。今のうちに唾を付けておこうかと思たのだが」


「カエデってそういうとこ抜け目ないよね、見た目イケメンなのに」


「ほっといてくれ、それに私は女だ」



 そう言いながらお互いに笑い合う。

 そのまま他愛ない話をしながら夜の街を当てもなく歩き続ける。

 等間隔に建てられた街灯が夜の街を照らし出し少しだけ怖い感じもするが、思ったよりもプレイヤーが歩いているため恐怖も多少は和らいでいた。

 冷たい夜風が私の頬を撫で回し吹き抜けていった後すぐにアカネが立ち止まり何やら考え事をし始めた。



「アカネ? どうかしたのか?」


「んー、ジューゴってさどっかで見たことがある顔なんだよね」


「顔なら見たじゃないか?」


「そうじゃなくってさ、今日……というか今回市場で会う以前にどこかで見てる気がするんだ」


「どこかってどこさ?」



 私の問いかけに反応せず、そのまま黙り込んで考え込んでしまったアカネだったがしばらくしてその静寂が破られることとなった。



「ああーーーーーーーー!!!!!」


「うっ、びっくりした。アカネ、今が夜だってこと忘れてないだろうね?」


「あっ、そうだった」



 突然の大音量の叫びに周りのプレイヤーの視線を集めることとなってしまう。

 アカネが叫んだあとすぐに建物内から「うるさいぞ、眠れんじゃないか!」という怒号も飛んでくる。

 彼女は申し訳ない顔を浮かべると身を小さくして少し声の音量を抑えて話し始めた。



「ほらカエデとこのゲームで会う前にさ、白い装備を付けた妙なプレイヤーを追っかけてたって言ったじゃん。今思い出したんだけど、あのときのプレイヤーの顔がジューゴだった。どうりで見覚えがあるわけだよー。ていうかアイツあたしと面識あるのに初対面のフリしやがってーー」



 そう言いながら地団駄を踏み悔しがるアカネをなんとか宥める。

 だが彼女の怒りは収まることがなく、悪態を付き始める。



「まったく今思い出しただけでも腹が立つ、何が初めましてだ二回目のくせにぃーーーー!! てかアイツどこ行った。今からでも探しに行ってやる!!」


「きっと宿を取ってもうログアウトしてるよ。彼と別れて二十分くらい経つし」



 ぶつけどころのない怒りをなんとか抑えたアカネだったが悪態は続いた。

 その後今は夜だという事と今日はもうゲームをプレイする時間がないという事で宿を探すことにした。



「アイツめ、今度会ったらとっちめてやる!」


「なるべく穏便に頼むよ。彼とは仲良くしておきたいしさ」



 そう言っても無駄なのはわかっているがそれでも言わなければならない。

 私はアカネとジューゴ君が再会する時の事を想像して、盛大なため息をつくのだった。

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