第16話



「頼む、兄ちゃん! 後生だから!!」


「お願いします。もっとください!!」


「私からもお願いするよジューゴ君!!」


「お願いジューゴ、お願いよ!!」



 ――どうしてこうなった?

 現在の俺の置かれた状況は何とも異様だ。

 目の前には工房の親方とその部下六名とカエデさんとアカネの合計九名が一列に整列して俺に対し上半身を九十度近く曲げてする、俗に言う【最敬礼】なるものをやっていた。



 順を追って説明しよう。

 まず料理を完成させた俺は給仕室から工房へと戻った。

 丁度親方が俺の鍛冶道具を完成させたようで、椅子に座りながら腰に下げていた手ぬぐいで額の汗を拭っていた。

 俺の姿を見つけると右手を上げて俺を呼んだ。



「おう兄ちゃんこっちだこっち。ちょうど今しがたお前さんの鍛冶道具が出来上がったところだ」



 そう言って出してきたのが、鍛冶をするための基本的な道具一式だった。

 鉄を叩いて加工する槌とも呼ばれるハンマー、板金を挟むために使われるハサミに鉱石類などを細かく加工するために使う鏨(たがね)と呼ばれるもの、最後は火かき棒にスコップと鍛冶に必要な道具は一通り揃っていた。ちなみに詳細情報はこちら。




 【名匠の鍛冶道具セット】



 熟練の職人が丹精込めて作り上げた鍛冶道具一式。

 初心者が扱うには些か似つかわしくないが、初心者用の鍛冶道具としては申し分ない一品。

 ハンマー、ハサミ、鏨、火かき棒、スコップの五点セット。定価25000ウェン。




 なんだか調理器具と似たような説明が記載されていた。

 いやだから、俺は“初心者用”の鍛冶道具が欲しいって言いましたよね?

 こんないいものを初心者用として提供するのはいかがなものかと思いますよ親方さん?



 定価25000ウェンとかどうしてこうも高額商品が俺の手元に来るのだろうか、まったく。

 調理器具同様に素人の目から見ても確かにいい品質の道具であることはわかるのだが、俺にふさわしい道具かと言われれば全くもって分不相応な代物なのは間違いなかった。



「親方、気持ちは嬉しいんすけど俺には不釣り合いな代物だと思うんだけど」


「なあに言ってやがる。アイツがあの調理道具を託した男だ。これくらいの道具じゃなきゃ釣り合わん。それにもうお前さん用に作っちまったんだから今更受け取れねえとか言われても断れんぞ?」


「でも定価25000ウェンは流石に……」



 俺のために作ってくれたのは素直に嬉しいが、やはり俺には相応しくない。

 まあせっかく作ってくれたものを要らないの一言で片づけてしまうのも忍びないし相応しくないのであるならこの道具に見合う技術を身に付ければいいと思いありがたく受け取ることにした。

 そう思い鍛冶道具を受け取ろうとしたその時――。



「ほお、それがジューゴ君専用の鍛冶道具かい?なかなかいい品じゃないか」


「確かに匠の技って感じの道具ね、いいんじゃない」



 どうやら工房の見学を終えたカエデさんとアカネが戻ってきたようだ。

 丁度いい。今この場に全員揃っているのでさっき作った料理を振舞うことにするか。

 そう思い俺は収納空間から先ほど作ったハーブステーキとおにぎりを親方とその部下の人たち、あとはカエデさんとアカネに振舞った。



 FAOで初めて作った料理だったが俺が味見したときは問題なかったので大丈夫な……はず。

 九人とも最初は躊躇っていたが、親方とアカネが料理に手を付けたのを皮切りに食べ始めた。

 最初はゆっくりと食べ始めたが、時間が経過するにつれて食べる速度が速くなり、いつの間にか全員の料理が無くなっていた。



「何だこの料理は!? 美味すぎて味わう余裕がなかったわい」


「このステーキの柔らかさ、ほっぺたが落ちそうです」


「いやー驚いたよ、まさかジューゴ君がこんなに料理上手だとはね」


「なかなかやるじゃない」



 どうやら気に入ってもらえたようだが、ここで一つ問題が発生する。

 美味い料理というのは現実世界でもそうだが、たくさん食べたいというのが心理であって俺が用意した料理の量は日々工房で働く男たちの胃袋を満たすにはあまりにも心もとないわけであって。

 当然のことながら今回出した量の料理を食べただけでは満腹になるには至らないため次に取る行動は一つしかない。



「兄ちゃん、すまないがもっと食わせてもらえんかね?」


「そうだな、少し量が足りなかった。私もお代わりが欲しい」


「ジューゴ、お代わりあるんでしょ?」



 残念ながら今出した料理しかないのだよ諸君。

 それに先ほどの食いっぷりを鑑みるに生半可な量では満足しないだろう。

 俺としても料理人の修練になるので作ってやるのはやぶさかではないが、もうそろそろログアウトの時間が迫っている。ここは諦めてもらうしかないだろう。



「いや、今出した料理が全部だ」


「兄ちゃん頼むよ、追加で食わしてくれんなら鍛冶道具の料金はタダでいいからさ。なんなら金だって払うから頼む、食わしてくれ」


「私も金は出す。だから作ってくれないか?」


「あたしもまだ食べ足りないから作ってよ。金ならあたしも払うからさ」


 

 難色を示した俺の態度を見るなり全員が一列に整列し、最敬礼で頼み込んできた。これが事のあらましだ。

 まったく仕方のない奴らめこうなったらやるしかない。

 幸いなことにまだ食材のストックはあるので作ることはできるが、調理に時間が掛かる。

 手順は覚えたので最初よりは早く作れるだろうがそれでも四十分から一時間ほどは掛かるだろう。

 「作るのに一時間くらい掛かるがいいか?」と尋ねると全員が頷き了承してくれたので、俺は肩を竦めると給仕室に戻っていった。



 まさか二度目の料理の機会がこんなに早く訪れるとは思っていなかったが、まあそれもいいだろう。

 とりあえず、火起こしからやり直しますかね。

 俺はすでに火の気が無くなった竃に火を入れるため藁と小さな薪をまた準備する。

 今回は二回目とあってすんなり火を起こすことができた。

 再び調理器具を取り出し、料理を開始しようとしたその時だった。



 ――“テッテレー”。



 聞き覚えのあるなんとも珍妙な効果音が鳴り響きメッセージが表示される。




『ジューゴ・フォレストの【料理人】がレベル5に上がりました。スキル【時間短縮】を獲得しました』 




(ん、時間短縮? なんだそれは、新しいスキルか?)



 絶妙なタイミングでのレベルアップだったが気にせず今は新たに獲得したスキルを確認することにした。

 まあ名前的には何となく察しはつくが違っていたら恥ずかしいので詳細を調べることにする。その詳細がこちら。



 【時間短縮】



 料理の工程において時間のかかるものを短縮する。または、調理時にかかる時間を短縮してくれる。


 例:米の浸水に三十分かかる場合それをすぐに完了する。  使用時の短縮最大時間 30分   消費MP 5



 マジか、これは今の状況に打ってつけのスキルを手に入れてしまったようだ。

 ともかく今後このスキルにはかなりお世話になりそうなのでできるだけ早く慣れるために早速使ってみることにした。



「まずはハーブステーキからだな」



 俺はステーキを作るために残りのオラクタリアピッグの肉を取り出す。

 残っている肉はハーブステーキ換算で十六枚ほどだったが、これを一つ一つ焼くのは大変だ。

 ここは先ほど手に入れたスキルを使うとしよう。

 そう考え俺はスキルを使おうとしたが、ここで一つ疑問に思ったことがあった。



(待てよ、このスキルは料理の工程と調理時間を短縮するんだよな、だったら)



 俺は思いついた疑問の真偽を確認するため、料理を開始する。

 まず初めに通常通りオラクタリアピッグの肉をステーキ用の厚みに切って、下ごしらえをした後、熱したフライパンで加熱しハーブステーキを完成させる。



 次に完成させたステーキをテーブルに置くと残った肉を全てステーキ用の厚さに切り並べる。

 さらに収納空間からハーブステーキに使う調味料を取り出し並べた後、時間短縮のスキルを使う。



「上手くいってくれよ、【時間短縮】発動!」



 もうお分かりだろう。料理の工程と調理時間を短縮できるという事は

 一度通常通り料理を作った後、完成した料理に使った材料を並べそこに時間短縮のスキルを使えば料理をすることなく完成された料理ができるのではないかと俺は考えたのだ。

 ゲーム的感覚で言えば、調合アイテムを作成するとき一覧から選択して実行すれば調合の素材を消費してすぐに目的のアイテムが手に入るという感じだ。


 

 では見せてもらおうか、FAOの料理人スキル【時間短縮】の性能とやらを。

 スキルが発動すると並べた食材が光り輝く。光が消えると目の前には調理されたハーブステーキがずらりと並んでいた。つまり俺の予想通りの結果になったのだった。

 調味料を見ると少し量が減っていたので、やはり使った材料も並べて正解だったようだ。



「うっし、というかこれは料理してる気分にならんな」



 この感じはまるで必要な書類のコピーをしているという感覚だ。

 リアルで料理経験がある俺としてはなんだか妙な感じだが、とりあえず料理を始めて数分でステーキの調理が終わったのは幸いなので良しとしておこう。

 このやり方は俺が思いついたものなので【俺式時間短縮】とでも名付けよう、うん。



 となればあとはおにぎりだ。これも時間短縮で調理するのだがステーキのような使い方ではなく本来の使い方をやってみる。

 まず前回同様三合半の米を鍋に入れ、水を注ぐと一回分研いだ後で時間短縮を使って三回分研いだ米を作成する。

 そのあと米を均(なら)して水を張り浸水の工程を時間短縮で省略すると火にかける直前の米が出来上がる。



 中火になるよう高さを調節した米を火にかけ時間短縮で沸騰した状態にし、その後すぐ鍋の高さを弱火になるよう調節した後、これまた時間短縮で十分後の状態まで省略する。

 その後蓋を開け中の水分がなくなっていることを確認するとすぐに火から降ろし、蒸らしの工程も時間短縮で省略。

 出来上がった米を確認するとそれは最初に俺が作った米と何も変わらない状態のものだった。



「おいおい、最初の俺の苦労はなんだったのだろうか?」



 あれだけ手間をかけてできたものが今じゃせいぜい七、八分で完成してしまった。

 ちょっとだけ自信がなくなったが、早くできるに越したことはないと自分を奮い立たせ次の工程に移る。

 収納空間から麻袋に入った米と空の瓶を数本取り出す。瓶に水を入れて並べると俺式時間短縮を使って三合半分の炊けた米を鍋七つ分量産する。これでおにぎり換算で七十個分の炊けた米ができた。



 ちなみに皿などの食器類は料理が完成すると料理の一部とみなされるらしく、今回は鍋だがこれも料理としてカウントされているようで鍋が七つ並ぶ結果になった。

 この時収納空間を確認すると調理器具セットの鍋が収納空間に自動で戻っていた。

 これなら食器を揃える必要がないため便利な機能ではあるが、どこか釈然としなかった。



 次に通常手順でおにぎりを一つ作ると、炊けた米を量産した時の要領で今度はおにぎりを量産する。

 するとどうだろう、鍋七つ分合数にして二十四合半の米が一瞬にして七十個のおにぎりへと変貌したのだ。

 料理経験六年という俺から見てもこれだけ一度におにぎりを量産したのは初体験だったが実際握ったおにぎりは1個なので頑張った感が全然なくこれでいいのだろうかと狼狽えてしまった。

 それだけあっという間に大量の料理が生産されてしまったのだ。



「ホントにできてんのかこれ?」



 不安になりハーブステーキとおにぎりをそれぞれ味見してみたが、最初に作ったものと何も変わらなかったので問題ないと判断し火の始末などの後片付けをして先ほどと同じように給仕室を後にした。

 この時の俺は知らなかった。俺が使った俺式時間短縮というものがどれだけ異質だったか。

 そのことを知るのはもうしばらく先の話になるが、今はまだ語らないでおこう。





 

 ※今回の活動によるステータスの変化



 【プレイヤー名】ジューゴ・フォレスト



 【取得職業】


 【剣士レベル2 パラメーター上昇率 体力+10、力+3、物理防御+4、俊敏性+2、命中+2】


        【鍛冶職人レベル1 パラメーター上昇率 なし】


        【料理人レベル5 パラメーター上昇率 体力+30、魔力+15、力+9、命中+9、精神力+7】


        


 【各パラメーター】

 HP (体力)   123 → 128

 MP (魔力)    81 → 85

 STR (力)     20 → 22(+7)

 VIT (物理防御)  16(+21)

 AGI (俊敏性)   11(+9)

 DEX (命中)    16 → 19(+9) 

 INT (賢さ)    10 

 MND (精神力)  15 → 17

 LUK (運)     20


 

 スキル:時間短縮

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