第14話



 市場で買い物を終えた俺は二人の美女を伴って工房へと帰還した。

 一人で出ていった俺が三人で帰ってきたことに訝しげな表情を浮かべる人もいたが気にせず俺はそのまま工房の給仕室に向かうことにした。



 だが丁度工房の親方が一旦休憩を取るタイミングと重なってしまったようで俺たちの姿を見つけるなり近寄ってくる。

 そして、俺とカエデとアカネに視線をそれぞれ向けると最後に俺へと視線を合わせ言い放った。



「何でい? 買い物に行くと聞いていたが、女でも買ってきたのか?」


「何言ってるんですか、親方?」



 まあニヤニヤ顔で言っているので冗談なのはわかっているつもりだが、できればそういうのは俺だけに聞こえるように言って欲しかった。

 二人とも苦笑いを浮かべ何とも言えない雰囲気が場を支配している。

 俺は親方に買い物が終わり工房に戻ろうとした時に偶然二人に出会った事と工房を見学したいという彼女たちの目的を話した。

 


「そうかい、それなら好きに見学してくれて構わんがあまり火の気には近づかんようにな」


 

 親方に許可をもらったため二人に工房内を見学してくるよう提案したが「ジューゴ君は?」とカエデさんが尋ねてきたので「奥の部屋で料理を作ってくる」とだけ伝え俺はそのまま二人と別れ給仕室へと向かった。

 ちなみにアカネはといえば俺が親方から許可をもらったあとすぐに一人で見学に行ってしまった。

 まったく自分の欲望に正直な奴め、もっと大人の女性らしい慎ましやかな行動を心掛けてもらいたいものだ。



 給仕室へと続く扉を開けるとすらーっと一直線に伸びた廊下が続いていて、その途中で十字に道が分かれていたが突き当りのドアに給仕室と書かれた札が掛けられていたため俺はその扉へと歩を進める。

 途中の十字路の突き当りにもドアがありそれぞれ倉庫と事務室と書かれた札があったので何の部屋かは大体理解できた。

 そのまま真っすぐ進み給仕室へとつながるドアを開け給仕室に入った。



 部屋には大きめの年季の入った木造テーブルと工房で働く職人が全員座れるだけの背もたれのない丸椅子やら何かが入っていた木箱やらが置いてあり、それを椅子として利用しているようだ。

 肝心の料理をするための設備は石のレンガで周りを囲んだ竃(かまど)があって、そこに燃え尽きて真っ黒になった木材が残っていた。

 それが二個続きで設置されている。これなら料理をするのに問題はないだろう。

 


 そのすぐ隣にはやかんや湯呑みが置いてあるのでどうやらその竃でお湯を沸かしてお茶などを淹れているようだ。

 部屋を見回すと隅の方に甕(かめ)が置いてあって、蓋を取ってみると一杯の水が溜まっていた。

 とりあえずこの給仕室の設備ならば問題なく料理ができることを確認した俺は早速行動を開始した。



 言い忘れていたが、俺の料理経験は大学入学から今までずっと同じマンションで一人暮らしを続けてきた六年の経験がある。

 最初は野菜の皮もまともに剥くことができなかったが今では包丁で必要な分だけ剥けるほどだ。

 六年間という年月で少しずつ料理のレパートリーを増やしてきた俺が作れる品数は百を超えている。



「よし、まずは火起こしだな」



 このFAOの世界には現実世界にあるようなガスコンロなどという便利なものは存在しない。

 ファンタジー世界独特のアナログな方法でしか調理はできないのだ。

 俺は部屋の隅にあった乾燥させた藁(わら)と竃に使用するために使われる木材を手に取る。

 近くに片手で振るう事のできる斧があったのでそれを使って木材を一定の太さの薪に仕上げる。

 それを竃の中で小さなテントを作るように組み上げ、空いている中央の空間に藁を入れた。



「火打ち石は……ああ、あった」



 見つけた火打ち石を打ち鳴らすと火花が飛び散る。飛び散った火花は藁へと燃え移り赤く光り出す。

 竃の脇に立て掛けてあった鉄製の筒状のようなものを使って俺はその赤く光っている部分に筒の口を持っていくと反対側の口から息を吹きかける。それは我々日本人が昔使用した火吹き竹と同じ役目を持つ道具だった。

 それが証拠に俺が息を吹きかけると赤々と燃える火種が藁全体に広がり始める。



 そこから吹きかける強さを調節しつつ、ある程度の燃え広がったところでさらに藁を覆いかぶせながらゆっくりと吹いていく。すると徐々に白い煙が立ち込めボッという音と共についに火が燃え始めた。

 その火を消さないように細めの薪に火を燃え移らせながら次第に太めの木を竃に投入していく。

 ある程度の太さの薪に火が燃え移ったところで、火起こしが成功したと判断することにした。



「さてと、何を作りますかね」



 そう、料理を作るにしても最初は何を作るべきか、それが大事だ。

 凝ったものだと時間が掛かるだろうし、料理人のレベルが低いため作ること自体できない可能性が高い。

 かといって簡単すぎても経験にはならないだろうし、どうしたものか。



「そう言えば、あの食材があったからそれを調理してみるか」



 そう言うと俺は収納空間から調理器具セットを取り出しテーブルへと並べていく。

 包丁が収納されたケースの中にあったまな板をテーブルに置くとその上にあの食材を置いた。

 その食材とは、これだ――。



 【オラクタリアピッグの肉】



 始まりの街周辺の草原、通称【オラクタリア大草原】に生息する豚の肉。

 入手難度は高くなく、流通量も多いため食材としてはよく見かけるものである。

 主な調理法はそのまま焼いて食べることが多いが獣独特の臭みがあるため慣れてない人からすれば癖のある肉と言える。



 という詳細情報が記載されていたが、そうかオラクタリアってこの街の外に広がる草原の名前だったのか。

 そこに生息する豚だからオラクタリアピッグ、なるほどね。

 一人で納得した俺は最初の料理としてこの肉を調理することにした。

 だがこれだけでは味気ないのでもう一品作りたいが、もう一品はすぐに思いついた。



「米を炊いて、おにぎりを作るか」



 やっぱり日本人なら米の飯をがっつきたい、それが日本人の心というものだ。

 という事で今回作る料理は二品、【オラクタリアピッグのステーキ】と【おにぎり】に決定した。

 これなら料理人のレベルが低くてもなんとかなるだろう。



 そうと決まれば俺は早速調理を始めることにした。

 手始めに俺はオラクタリアピッグの肉の味を確かめるべく、肉を包丁で薄く切ったあとフライパンを竃で熱した。

 熱せられたフライパンに油を敷くとそこにオラクタリアピッグの肉を投入する。

 肉の焼ける美味しそうな音を出しながら、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 ある程度焼いたらひっくり返し同じように反対面も焼き上げ皿に盛りつけた。

 味付けはシンプルに塩だけにしておく。さてFAO初めての料理の実食といこうじゃないか。



「では、いただきます」



 収納空間からフォークを取り出した後そのまま肉に突き刺し口へと運んだのだが――。



「んんー!? にゃ、にゃんだこれ?」



 正直な感想としては、ゴムでも食べているのかというくらいに固い。

 しかも独特の獣臭さが口に広がってなんとも言えない不味さだ。

 それでもなんとか噛み切ろうとするのだが、一向に噛み切れる気配がしなかったため早々に食べるのを諦めた。

 それから俺はこの料理の詳細を確認することにした。



 【オラクタリアピッグのステーキ】



 オラクタリアピッグの肉を使用して調理されたステーキ。

 味付けをシンプルに塩にする事で素材そのものの味を楽しむことができる。

 ただし肉は固くて噛み切ることができず味も獣臭さが残っているためとてもではないが食えたものではない。



 製作者:ジューゴ・フォレスト



 失敗だ。完全な失敗作だ。

 だが最初から上手くできるとは思っていないので思ったほどは落胆していない。

 それよりも今回の調理で分かったのだが、料理を作ると製作者の欄に名前が表示されてしまう。

 しかも非表示にできない仕様になっているようで少しだけ不愉快だ。

 こういった細かい部分に関しては次のアップデートを待つしかないのかな。うん、運営に報告しとくか。



 若干話が逸れたので、閑話休題といこう。

 ただ単純にオラクタリアピッグの肉を焼くだけではゴムのように固くなってしまう。

 そして、獣臭さも取れないため味も悪いというダブルパンチだ。

 これを何とかして解消する必要があるが、そこは俺のリアル世界での料理の知識が役に立つ。



 まずは同じようにオラクタリアピッグの肉を薄く切りまな板の上に置く。

 ちなみにオラクタリアピッグの肉は一個で十枚ほどのステーキ肉が取れるので、まだまだ余分に作ることはできる。

 まな板の上に置いた肉を収納空間から取り出し使っていない空き瓶で程よく叩く。

 こうすることで肉の筋繊維をほぐし食感を柔らかくすることができる。



 次に叩いた肉の赤身部分と脂肪部分の境目に包丁を使って三センチほどの切り込みを数か所入れていく。

 こうすることで加熱したときに起こるタンパク質の変化による繊維の萎縮を抑えることができるのだ。

 このひと手間で肉の柔らかさが劇的に変わってくる。いつかの料理番組で有名なシェフが言っていた言葉がある。

「料理というのは、下ごしらえで味がすべて決まる」と――。



 とりあえずこれで肉の固さについては問題は無いはずなので次に獣臭さを取るための下ごしらえに移る。

 これは簡単で薬草採取に行ったときに手に入れた【香草ハーブ】が役に立ってくれるだろう。

 ハーブを使う前に塩と胡椒を振りかけた後でハーブを使用する。

 俺は香草ハーブを収納空間から取り出し、細かく刻むと指で揉みながらまんべんなく振りかける。

 これで焼く前の下ごしらえは大丈夫なはずだ。



 さて、さっきは単純に焼くだけだったが今回はどうだろうか、いざ調理開始だ。

 先ほどとは打って変わり慎重に加熱していく。最初は竃の火にフライパンを近づけて強火で焼き。

 時間をかけて加熱するためにその後は少し火から離してじっくりと加熱する。

 十分に火が通ったら肉を皿に移して完成である。

 俺は食べる前に詳細情報で確認してみることにした。それがこちら。



 【オラクタリアピッグのハーブステーキ】

 


 十分に下ごしらえが加えられ、肉を柔らかくすることに成功している。

 【香草ハーブ】使うことで纏わりついていた獣臭さも消え、肉本来の旨味も引き出された一品。

 噛むと柔らかな食感と共に肉汁が滴り、ハーブの香りがなんとも清々しい。美味である。



 製作者:ジューゴ・フォレスト



 やったぞ、調理成功だ。じゃあ改めて実食といきますかね。

 俺は先ほど完成したばかりのステーキ肉に勢いよくかぶりつく。すると旨味たっぷりの肉汁が口いっぱいに広がる。

 そして何よりも驚いたのが先ほどのゴムのように固かった食感がまるでマシュマロのように柔らかく噛み切れたことだ。



(何これ? めっちゃ美味いんですけど?)



 グルメ番組で食レポをする人の気持ちが今の俺ならわかる。

 美味いものを表現する時の言い方なんて一つしかない。



「美味しい……」



 人は美味なるものを口にしたとき出てくる言葉はシンプルなものなんだなと俺は思った。

 その後余すことなく肉を平らげた俺は満足感に満たされていた。

 そして、このFAOというゲームをプレイできていることに運営に感謝すらしたのだった。



 ステーキの満足感の余韻に浸りたいところだが、まだやるべきことはあるのだ。

 俺は次に調理する料理のために準備をするのだった。

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