第13話



 そんなわけで、今からFAO初の料理をやりたいのだが肝心の食材をまだ購入していなかったため今から露店に戻って買いに行く。

 工房を出る前に一言親方に断った後そのまま外に出ようとしたのだが、その時なぜか背筋がゾクゾクする感覚に襲われる。



(なっ、なんだ今の感じは?)



 振り返ってみてもそこにいるのは真面目に仕事をする鍛冶職人たちだけでさっきの感覚の元凶はどこにもいない。

 俺は少し嫌な予感がしたが、だからと言ってここで待っていても時間が勿体ないため不安だが食材を求めて一度露店へと戻った。

 道中何か起こる気がしていつも以上に周りを警戒しながら歩いていたが、特になにも起こらず市場の中間地点まで戻ってきた。



 金物系を扱うエリアと食材を扱うエリアの境目が現在の俺が立っている場所だ。

 ここから市場の入り口に向かって逆走する形で食材を調達していく。

 露店で取り扱われている食材は主にモンスターや動物の肉、果物、野菜がメインで、珍しいところだと調味料や薬に使われる食材なども売られていた。



「日本人ならまずアレからだろ」



 異世界に飛ばされた日本人がまず最初に求める食材第一位と言えばこれ、そう【米】だ。

 こういったファンタジー系の世界というのは主に小麦粉が主流となっている事が多いため大概パン食文化しかない。

 だが幸いここは異世界というジャンルには含まれているが、あくまでも“ゲームの世界”という言葉が前面に押し出されているため当然我々プレイヤーの元の世界の食べ物も存在する。それが証拠に――。



「いらっしゃい、何をお求めで?」


「あのー米っていくらですか?」



 俺はとある露店の店主に話しかけた。

 そこは主に穀物系統の食材を取り扱う店で小麦や大麦などの原物やそれらを挽いて作った小麦粉も販売していた。

 当たり前だがそのラインナップに米があるのは極々自然な事なわけで――。



「米ですかい? それなら一キロ500ウェンでさ」


「そうか、ならとりあえず二十キロほど貰おうかな」


「毎度あり~」



 キロで500ウェンならば二十キロで丁度10000ウェンとなる。

 少々大きな出費だが、俺にとっては必要経費というべきものなのでここは惜しまずに支払う。

 何度も言っているが俺は決してケチではないのだ。金の使いどころを決めているだけなのだよ、ワ〇ソン君。

 俺が大量に注文した米が大きめの麻袋に詰められてゆくのを横目に他にも目ぼしい食材はないか見て回るがどうやらこの手の食材は流通ルートが確立されていないのか全体的にあまり量はないみたいだ。



「なんだか全体的に量が少ないようだが、売れ行きはどうなのかな?」


「へえ、あっしとしてももっと在庫を抱えたいんですが、馬車での輸送に頼りっきりなもんで、この街に持ってこられる量に限りがあるんでさぁ」


「そうなのか、それはままならないものだな」


「おっしゃる通りで。ですけんどこっちもそれでやってくしかねえのが辛いところではあるんですがね」



 というような他愛ない世間話を店主が米を詰め終わるまで続け、その後詰め終わると麻袋を積み重ねていく。

 量にして麻袋三袋分といった所か、我ながら少々買い過ぎたかもしれんが先ほどの店主の言葉が真実なら買えるうちに買っておいた方がいいと俺は判断した。幸い金ならあるしね。



 それから小麦粉も五キロほど注文し合計で二十五キロの大荷物になったが収納空間を持つ俺なら難なく運べるので問題はない。今更だが収納空間ってやっぱ便利だな。

 ちなみに小麦粉は一キロ300ウェンと米よりもリーズナブルだった。

 合計11500ウェンだが大量注文をしてくれたということでさらに米と小麦粉を一キロずつおまけしてもらった。

 これで現在の所持金は73000ウェンほどにまで減った。お金って稼ぐのは大変だけど、無くなるのはすぐだよな。



 次に俺は調味料を扱う店を訪れ、塩、胡椒、砂糖、油、醤油の5つの調味料をGETした。

 あとはお酢とみりんと味噌があれば基本的な調味料が揃うが、今回の買い物で見つからなかったので他の街に行って手に入れたいところだ。調味料の金額は全部で2500ウェンだった。

 購入した調味料を収納し、俺は店を後にする。



「うし、あとは野菜と果物かな」



 工房から市場の入り口まで逆走する形で巡ってきたがいよいよ市場の入り口が近くなってくる。

 あと買い忘れている食材は野菜や果物の植物性食材だ。ちょっと難しい言い方をしてしまったな、はは。

 ともかく市場入り口周辺はその植物性食材である野菜や果物を取り扱う店が多く並んでおり色彩豊かな野菜や果物が陳列されている。



 俺はそこら一帯の店を巡り、一通りの野菜を手に入れた。

 キャベツやレタス、トマトやキュウリといった代表的な野菜や果物を重点的に購入した。

 使った金額は5000ウェンと野菜にしては大金だったが大量注文のお陰もあって殆どの店がおまけをしてくれるので実質的には金額以上に得をしていた。



「これで一先ずはオッケーかな」



 俺はそう呟くと踵を返して工房に戻ろうとしたのだが、それは俺の肩に置かれた手によって阻止された。

 白くて細い手と白魚のような指はその手の持ち主が女性の手だと物語っている。

 そう俺が思っていると、俺を止めた手の持ち主が話し掛けてきた。



「やあ、あの時ぶりだね。こう言うのは何だが元気だったかい?」



 振り返るとそこにいたのはカエデさんだった。

 俺が初めてこのFAOの世界で宿に泊まった際になかなか空いている宿が見つからず宿を転々としていると二人部屋を一人で借りようとしていた見た目イケメンの女性がいた。

 宿の店主と揉めていたところに俺がやって来たことでカエデさんと店主の争いは収まったが成り行きでカエデさんと二人で宿に泊まることになってしまったのだ。



 あのあと俺はログアウトしてしまったためカエデさんのその後は店主の伝言を聞いて知っていたがあれ以来彼女と会うことはできていなかったのだった。

 まあ別段彼女に用があるわけではないのだが、カエデさんには宿代を奢ってもらったという一宿の恩がある。

 あの時は宿代が無くて無銭宿泊で捕まりそうだったところを彼女の厚意によって救われたのだ。

 強いて言えばそのことに対するお礼を言いたかったという事くらいだ。



「カエデさん、あの時はありがとうございました。宿代奢ってもらちゃって」


「なんのなんの、こちらこそあの時は一緒に泊まってくれて助かったよ」



 そうカエデさんが受け答えしたとき不意に俺たちの会話に割り込んできた人物がいた。

 その人物は俺ができれば会いたくなかった人物だった。



「ふーん、そいつがカエデが言ってた宿に一緒に泊まった男か、へえー」


「こらアカネ、その言い方はこの人に失礼だよ……と、そう言えば君の名前を聞いてなかったね。できれば自己紹介してもらえると嬉しいのだが」



 そう言われればあの時は宿に泊まることに必死になってたのもあって名乗ってなかったな、これは社会人にあるまじき失態だ。

 俺は過去の自分の失態を払拭すべく、名乗らなかった不備を謝罪した後に簡単に自己紹介をする事にした。



「俺の名前はジューゴ、ジューゴ・フォレストだ。まだ駆け出しで職業レベルも低いがこの世界にちょっとずつ慣れていけるように頑張っている初心者だ。改めてよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。それと彼女はアカネ、一緒にこのゲームを始めた私の親友だ」



 ええ、ええよくよく存じ上げておりますとも。

 この世界に来て初めて声を掛けてきたプレイヤーで、しかもあろうことか始まってすぐに全力鬼ごっこをやる羽目になった元凶なのですからねえ~。くそー今思い出してもムカつくぜ、このおっぱい星人め。

 俺は出来る限り彼女に対する敵愾心をひた隠しにしながらあくまでも、そう初対面を装った。



「アカネだ。これからよろしくな」


、アカネさん。こちらこそよろしくお願いします」



 日本語と言うのは時にこういった詭弁が通用することがあるので便利だ。

 彼女とは初対面ではないがこうして面通しするのは初めてなのだ。だからこその“初めまして”が通用するのだ。

 俺の正体があの時追いかけていた白い装備を身に着けたプレイヤーだと知ったらあの時聞けなかったことを追及してくるのは火を見るよりも明らかだ。四文字熟語でいうなら明明白白だったかな?



 兎にも角にも俺が例の“白い奴”だと悟られてはいけない。

 幸いなことに俺の顔を見ても気付かないという事は顔は覚えられていなかったようだ。

 どうやら見た目通り頭に行く栄養がおっぱ……コホン、そんなわけでこれから気を付けなければ。 



「ところでジューゴ君はこれから露店を見て回るのかな?」


「いえ、もう必要なものは大体揃ったのでこれから工房に行こうと思ってます」


「なあジューゴ、アンタが嫌じゃなければあたしらも一緒に付いて行っていいかい? 一度工房を見ておきたかった所だしさ」



 ……それ断っていいですかね、アカネさん?

 俺は苦虫を噛みつぶしたような顔を心の奥底で浮かべながら取り繕った笑顔を顔に張り付けて彼女の提案を了承した。

 そして俺はこの時になってようやく気付いたのだった。工房を出るときに感じた背筋がゾクゾクする感覚、それが彼女たちとの邂逅を予期していたものだったということを――。

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