第二章 初めての料理

第9話



 さあ、始まった。フリーダムアドベンチャー・オンライン略してFAOの時間だ。

 前回は最初に降り立った街でいきなりトラブルに巻き込まれ数年ぶりの本気の鬼ごっこをさせられた。

 思い出しただけでも腹立たしいので詳しくは言わないが、これだけは言っておく。あのおっぱい星人め。



 閑話休題、話を進めていこうと思う。

 まず前回ログアウトした後のことを説明するが、ログアウト後の体に異常は見られなかった。

 これはかなり重要な事だったのでそれが確認できただけでも収穫だっただけ前回の災難が報われるというものだ。



 それから体の異常がないことを確認した後、気分転換も兼ねて家のソファーに腰かけしばらくぼーっとした後、体をほぐすため三十分ほど散歩に出かけた。

 そして、部屋の掃除やそのままになっていた【VRコンソール】が梱包されていた段ボールなどを片付けていたらあっという間に時間が過ぎてしまい気付けば昼の三時を回っていた。



 その後少し遅めの昼食を食べた後休憩し、気を取り直して再びFAOの世界に舞い戻って来たのだ。

 前回の初ログインからせいぜい六時間弱ほどしか経過していないが俺の中で前回の内容が濃かったせいで感覚的には三日ぶりくらいにログインする気分だ。そして目覚めたのは前回泊まった宿のベッドだった。

 一緒に泊まったカエデさんはログアウトしたかそれとも先に宿を出たのかわからんが姿がなかった。



「今回は平穏無事にプレイしたいな……」



 そういう思いが頭に中にあったためそれが口をついて出てしまった。

 いかんいかん、いくら俺がトラブルに巻き込まれやすい体質とはいえそうそう何度も災難が降りかかってくるものか。

 そんなのはアニメとか漫画とかに出てくるギャグ気質の主人公に任せておけばいいんだ。

 俺みたいな背景の一コマに出てくる台詞も一言しかないような脇役男Aみたいなやつのすることじゃない。

 ネガティブな感情に嵌りそうになるのを頭を振って払拭した後、俺は前回泊まった宿の部屋を後にした。



 宿の受付には相変わらずガタイのいい体のデカい男が宿の番をしており、俺はその男に宿を出る旨を伝える、すると。



「おう、アンタか。アンタも災難だったな無理矢理一緒に泊まらされてよ」


「いえ、こちらとしても宿を探していたのは事実ですし、それに俺一人だったら同じように二人部屋には泊まれませんでしたから」


「そうかい、そう言ってもらえるとこちらもありがてえが……おうそうだあの嬢ちゃんから伝言だ。『ログアウトしているようなので、先に宿を出る』だとよ」



 ああ、やっぱ先に宿を出ていたか、まあそれは問題ないので伝言を伝えてくれたデカ男に礼を言うと俺は宿代を支払うために現在の所持金を確認するためメニューを開いたのだが――。



「えっ」



 そこに表示された数字は二と一と零が並んだ桁、つまり210ウェンだった。

 しまった、前回思いもよらない出費と携帯食料などの雑貨を購入したせいで金が無い。

 これでここの宿代が今の俺の所持金を上回っていたら完全に詰みだ。



「あのーすいません。ここの宿代って幾らっスかね?」


「うん? ああ、一晩250ウェンだ」



 はい、終了ーーーーー。終わった、何もかもが完全に終わった。

 足りない額は40ウェン、そのたった40ウェン足りないだけなのに宿代を支払うことができない。

 宿代を払えないとどうなるのだろうか? 何かペナルティーとかあるのか?

 まさか、捕まってそのまま処刑っていうパターンもあるなこりゃ、どうしよう。



(やばい、ヤバい、ヤバイ、YABAI、洒落になってねえぞ)



 俺が心の中で軽くパニック状態に陥っていたその時、デカ男から救いの一言が発せられた。



「代金はもう兄ちゃんが一緒に泊まった嬢ちゃんから貰ってるから支払いはいいぜ。ラッキーだったな兄ちゃん!」



 そう言って無駄に白い歯を剥き出しにしながら、笑いかけてくるデカ男に一瞬戸惑うも今の俺はその笑顔が天使の笑顔に――は見えないが仏の笑顔くらいには見えた。

 ともかく助かったという感情を抱きながらも、女性に宿代を出させてしまったことに少々男としてそれでいいのか的な感情を抱くも無銭宿泊にならずに済んでよかったという感情に軍配が上がったため今はそれでよしと自分を納得させた。カエデさん、アンタまじでイケメンっす。



 ともかく次カエデさんにあったらお礼を言わないといけないと思いつつデカ男に一言礼を言い宿を出た。

 そして現在FAOの中の時間帯は昼を半分過ぎたぐらいだろうか、太陽の位置が真上よりも少し傾いた頃合いだ。

 今回は何をするのかはもう決まっている。それは【モンスター討伐】だ。

 そうと決まればまずは冒険者ギルドを目指すべく、俺は両腕を天高く突き上げ体を伸ばすストレッチをした後、目的地のギルドに向かって歩き出した。



 冒険者ギルドに入って、クエストが貼られたボードを一つ一つ確認していき目的のクエストを見つけるとそれを剥がしてクエスト受注をやっているカウンターに持っていく。

 今回対応してくれたのは穏やかな表情が印象的な優しそうな青年だった。



「冒険者ギルドへようこそ、何か御用でしょうか?」


「このクエストを受けたいのですが?」



 そう言いながら先ほどボードから剥がしたクエストが掲載された紙を渡す。

 クエストの内容は以下の通りだ。




 【モンスターを討伐せよ】



 クエスト内容:種類問わずモンスターを3匹討伐すること。(ただし、倒したモンスターによっては別途討伐報酬が支払われることがあります)



 報酬金:300ウェン



 受注制限:制限なし(何人でも受注可能)




 俺から渡されたクエストの紙を数秒眺めた後、俺に視線を向けながら職員が注意事項を説明する。



「モンスター討伐のクエストですね。了解しました。一応確認のためにお聞きしますが、ソロでの討伐ということでよろしいでしょうか?」


「はい、ソロで受けます。あと一つ質問なのですが、倒したモンスターの集計の仕方はどうすればいいのですか? モンスターの体の一部を取ってくるのでしょうか?」


「モンスターの集計はこちらのカードをお持ちください。このカードが自動的にあなたが討伐したモンスターの集計を行ってくれます」



 そう言って俺に定期券くらいの大きさのカードを渡してきた。そこに書かれていたのはクエスト名と受注した人の名前と受注日時それに最後に討伐したモンスター数の項目が記載されていた。

 なるほど、これを使えばいつ誰がどんなクエストを受けて、そのクエストの最中にどれだけモンスターを討伐したのかがわかるという事か。



「ではこれでこのクエストの受注は完了です。お気を付けて行ってらっしゃいませ」



 そうギルド職員の青年に送り出され、俺はお礼を言ってギルドを後にした。

 さあこれから初めてのクエスト攻略だ。頑張っていこうじゃないか。

 と、思っていた自分が過去にいました。



「あはは、ですよね。考えることは皆同じか……」



 意気揚々と初クエスト&初モンスターとの戦闘に意気込んでいたのはいいものの初めてこの草原を見た時に思い知らされていたのにそれを失念するとは俺って案外楽天家なのだろうか?

 ギルドでクエスト受注後その足で街の外の草原に来たのはいいのだが、俺にとってログインするのはこれで二回目となるが現実世界の今日はこのFAOが初めて配信された日なわけであって――。



「なんなんだこの人の多さは、渋谷のスクランブルな交差点じゃねんだぞ……」



 いやむしろそれ以上のに人が密集しすぎている。これではモンスターと戦うどころではない。

 あまりに人が多いためプレイヤー同士がぶつかり、そのたびに怒号が飛び交っている。

 それ以外にもモンスターの出現数に対してプレイヤーの数が多すぎるため出現した瞬間にモンスターの取り合いが発生し、まるでバーゲンセール会場を思わせた。



 現状を把握した俺は早々にモンスター討伐を諦めることにし、他にできることはないか探したがその選択肢も数少ないわけで次に俺が取れる行動は【採集】しかなかった。

 まあこれも初めてこの草原に来た時に思いついた内容であるからしてその結果も当然――。



「まあ、ここもたくさんいらっしゃるということで」



 街を背にして西側にある小高い丘には薬草などの野草が群生する場所があるようで今回も草原ほどではないが結構な数のプレイヤーが中腰で地面に視線を落としながら何かを探している。

 だた前回と今回で違うのはそこにいるプレイヤーの絶対数が少なくなっているという事だ。

 今この状況でできることはこれしかないということで俺は野草が群生している丘に足を向けた。



「さて、あるかな」



 薬草採集なんて言葉では聞いたことがあるものの実際にそれをリアルでやったことがある人間はほとんどいないわけで、詳しい知識なんて全くない俺ができるのは、せいぜいがそこに生えている薬草のような草を毟(むし)って後で草の見分けがつく人に鑑定してもらうくらいだろう。

 こういうところで鑑定士の職があれば便利なのだろうが今の俺では新たに職を追加することができないのでただただ無心にそれっぽい草を毟っては|収納空間(インベントリ)にぶち込んでいった。



 ちなみにFAOではプレイヤー一人一人に有限ではあるが、ある一定数のアイテムを収納できる空間が与えられており、プレイヤーがアイテムや素材を獲得すると任意でその収納空間に入れておくことができるのだ。

 出し入れも自由でなにより持ち運ぶ時に手ぶらで運搬ができるためとても便利な機能だったりする。

 そして、ある程度草を毟ったところで手に取ったそれの詳細を確認してみることにした。




 【???草】



 鑑定されていない野草、どんなものかは使ってみるまで分からないためこの状態で使用するのはやめた方がいいだろう。

 鑑定するには鑑定士や薬剤師などのそれに準ずる職業が必要となる。




 だってよ。

 つまり今の俺にはこの草を鑑定するための能力がないということだろうな。

 草の分際で生意気だが、こちらに鑑定の術がないのなら仕方がない。無い袖は振れないのだから。

 料理をしようと思っても調理する食材が無ければ料理ができないのと同じことである。

 それから草を毟っては収納し、毟っては収納しを繰り返していると、この日初めて詳細のわかる草に出会った。




 

 【香草ハーブ】



 臭みを消すためや香り付けなどをする主に料理に使われることが多い野草。

 比較的入手難易度は低いが料理以外の用途で使用することがないためそれほど価値は高くない。





 なんでこれだけ詳細がわかったのか、そう考えを巡らせた俺はある結論に至った。

 それは俺が最初に取った職業の【料理人】だった。

 料理人はその名の通り料理をすることを生業(なりわい)とする職業だ。そして、今回詳細が載っていた草は料理で使われるハーブだった。つまり料理で使われる目的の草だったから料理人の職業で詳しい情報を見ることができたのではという見解だ。たぶん、あってると思う、たぶんね、うん、多分。



 結局未鑑定の野草を二十本と香草ハーブを五本ほど採集した俺は、今日の収穫としては一区切りついたと判断して街に戻って鑑定を依頼するため屈めていた体を起こしたところで事態が急変する。

 なにやら百メートルほど離れたところからプレイヤーの悲鳴と思しき声が響き渡り、その声が近くなって来ていた。

 そして、俺の一番近くにいたプレイヤーが俺に向かって叫ぶように声を張り上げた。



「おーい、そこのアンタ気を付けろモンスターの群れだ!!」



 えっ、モンスターの群れだと、いきなりなんでだ?何がどうしてこうなった?

 ともかくどうやら草原にいたモンスターがプレイヤーから逃れるためこの丘に逃げてきたらしく今その群れが俺のところまで迫ってきていた。



「ふん、モンスターかちょうどいい」



 そう、“ちょうどいい”今の俺の正直な感想だ。

 元々ここにはモンスター討伐でやって来たんだ。向こうさんからお出ましになってくれるのならこちらとしても好都合なのですよ。ということでいきなりの戦闘になってしまうが、やってやるさ。

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