第28話 姉が藤棚にやって来る

休日。

鈴(りん)は大きな公園にやって来た。なんでも、この時期にしか咲かない綺麗な花があるらしい。

「あっちかなぁ?」

目当ての花がどこにあるかわからないが、鈴は人の波に乗ってみることにした。

休日の公園にはたくさんの人がいて、さらに今日はその花のためにより多くの人が来ているようだ。


************


「わぁあ…!」

周りの人についてきてみると大正解。

公園の遊具や交流施設があるエリアを抜けると、傾斜地にツツジやアヤメが段々と咲き誇っていた。

ツツジは白、薄ピンク、濃ピンク、赤の順に、

アヤメは白、黄、薄青、青の順に、

階段を下りるにつれて色づいていくようにグラデーションを織りなしている。

そして、その最下段の赤と青の先には…

「す、すごい…!」

それらの色が空で混ざり合ったような花が広がっていた。

藤棚だ。

頭の上いっぱいの薄紫は、まるで鈴に手を振るように そよ風に揺られている。さらに、心を落ち着かせる藤の香りが独特な空間を作り出す。

「ぶどうみたい…」

この神秘的な藤の下に迷い込んだ天使は率直な想いをつぶやく。

鈴は正直者だ!!!!


「あれ?誰もいない??」

しばらく上ばかり向いていたため、周囲に人が一人もいなことに今気づいた鈴。

「あっちにはあんなにいるのに」

あちらのツツジやアヤメにはやはり多くの人がいる。一方、こちらの藤には人がいない。しかし手前の方には藤を見物する人やカメラを向ける人がたくさんいるため、藤に人気がないわけではないようだ。

「うーん…」

そのように鈴が周りをよく見ていると…

ブーーーン

「っ!」

虫の羽音が聞こえてきた。


そう、聞こえてしまったのだ。


ブーーン ブーーーーン

「な、なにコレ~!?」

なんと、クマバチが大量発生していた!

藤をよく見ると、花びらに紛れていくつもの黒い丸がある。

他の人々はクマバチに気づいて藤棚に入るのを避けていたのだ。

「どどど、どうしよ~!」

なぜ藤にはこのようにクマバチが大量発生するのだろうか。

頭上には藤とハチ、周りにも低い羽音を響かせて飛び交うハチ。鈴は四面楚歌で動けない。


ブゥーブーーン

「ひゃっ?!」

鈴の背後でひときわ大きな羽音。振り向くと大きな黒い人影。

ブブーブーー

それは文字通り、"黒い人"なのである。全身黒い姿の人型が2足歩行で鈴に迫ってくる。

ブィブォーブォーー

「や…いや…!」

その巨大な黒におびえて涙目になる鈴。しかしクマバチに囲まれているため後ずさることもできない…・!

ブィボーボーー

「…っ!」

近づけば鮮明になるその人影。怖がっていた鈴も目を丸くさせてハッとする。黒の正体はクマバチだ!

つまりこの人影は、全身をクマバチに覆われた…


「いもうとおおおおおおおおぉおおおおぉぉおぉぉ!!!!!!!!」


鈴の姉・涼(りょう)だ!!!

「お、おねえ、ちゃん…?おねえちゃんなの?!」

いつもは涼が登場すると歓喜を全身で表現する鈴だが、さすがに今回は目の前の現実を疑ってしまう。

実の姉が全身クマバチだらけなのだから!!!


「おねえちゃ…それ…痛くないの…??」

集合体恐怖症ならば絶叫・卒倒 必至の存在に向かって、半泣きで心配する鈴。

さながら、心を失った悲しき化け物に手を差し伸べる少女の図である。

「大丈夫だよ、鈴。あったかいよ」

「あ、あったかいの??」

「うん、それにモフモフだ」

「も、モフモフ?!」

絶望的心境から一転、目を輝かせる鈴。

「ああ。それに、クマバチはとても温厚なんだよ」

「そうなの?クマバチさん、怖がっちゃってごめんなさいっ」

律儀にクマバチへ頭を下げる鈴。

するとそれに応えるかのように、クマバチは次々と涼から離れていった。

「ふー…モフモフだった」

すべてのクマバチが飛び去って、本来の姿を現した涼。

「おねえちゃん…!」

実物を確認できて安心した鈴は姉に抱き着く。

「も、モフモフ…/// ではないが、心がモフモフ…///」

涼は脳みそがモフモフになったようだ。

「さ、さて!ハチとも和解したことだし、この藤棚を"2人じめ"しちゃおうか」

「うん!」

そうして2人は手をつないで、紫と黒の下を歩いて行った。




「鈴を呼ぼうと叫んだときにね?」

「うん」

「……2, 3匹、食べちゃったかも」

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姉がいつでもやって来る 鳳雛 @hosu-hinadori

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