第23話 姉が1000円カットにやって来る

休日。

鈴(りん)は1000円札を握りしめて小さな建物に入る。

「いらっしゃいませー」

ここは『カット 一枚切り』。いわゆる1000円カットだ。

店内には40~60代の男性客数名とカットスタッフ3名。そこにいた皆が店の入り口を二度見した。

「?」

この空間に中学3年生の女の子(美少女)は、あまりにも場違いだからだ。


「ここに名前・・・りんっ」

店内入ってすぐ左にあるボードに名前を書いて、右側の待合所へ向かう。

そこには大きい椅子、床スレスレの低い椅子、幅が無駄に広い椅子など、統一感のかけらもない順番待ち用の椅子たちが並んでいる。

これも1000円カットの醍醐味だ(?)。

「よいしょっ」

鈴は風呂用の椅子に腰かけた。

「・・・」

その隣には気まずそうに新聞を縮める50代男性。

この年代の男性がこの世で最も恐れていることは、セクハラと痴漢の冤罪だ!!!!!!!!


「お待たせしましたー。えーと、『りん』さまー?」

座って間もなく、鈴はスタッフに呼ばれた。

「はい!」

「あ…ああ!はいはい…ええ!」

返事の主を見るなり、謎の相槌を繰り返す若手女性スタッフ。

他のスタッフや客は誰もその挙動を不審に思わない。

なぜなら、1000円カットに美少女が(略)


「1000円お預かりします!こちらへどうぞ~」

前払いをして示された座席へ向かう。

スタッフは引き出しだらけのドレッサーから厚手のクッション(座高調整)を取り出して設置する。

鈴は準備が整ったスタイリングチェアへちょこんと座った。

「か、確認ですけど、当店ヘアカラーやパーマなどは対応しておらず…」

「?」

「あと、カット後の洗髪なんかもしませんので…」

「??」

他の客には決してされない説明を受ける。

そんな鈴は、本当に髪を切ってもらいに来ただけだ!!!!!


「さて、本日はどのように?」

やっと本題に入り、さりげなくタメ口で距離を詰めてくるスタッフ。久しぶりに女の子の髪を切るためテンションが上がっているようだ。

そのテンションのまま鈴の肩に手を置くと、

「あれ…何かスポーツしてる??」

そのキュートな見た目からは想像できなかった肩の筋肉に驚き、肩を揉みながら質問してくる。

「バスケしてます!」

「ぐっ…!!」

元気のいい返事と天使的スマイル。それをもろに食らったスタッフのセクハラの手が止まる。

しかし、同時にこのような判断をしてしまう。

「なるほど!髪を短くしたくてこんなところに来たんだ!」

「え?」

「部活のために髪を切りに来たんだ、そうに違いない。

そうじゃなきゃおっさんの聖地:1000円カットに女子中学生が来るわけないもん!」

「違います!髪を薄くしてもらいたくて!」

「ここにはすでに薄くなった人しか来ないよ!!」

先ほどから失言が多いスタッフは、客・スタッフすべてを敵に回してハサミをチョキリと鳴らした。


そう、鳴らしたのだ。


「はい前向いて~」

鈴にエプロンをかけて、引き出しだらけのドレッサーに顔を向けさせる。

「店員さん!私、髪を伸ばしてて…!」

必死に止める鈴の声はスタッフに届いていない!

「それじゃ、まずは首が見えるくらいまで…」

姉を追いかけるように伸ばした栗色の柳にハサミが触れた。

その時、



ッスーーーー

「いもうとおおおおおおおおぉおおおおぉぉおぉぉ!!!!!!!!」

ガゴン!!!!!


2人の真正面にあったドレッサーの2段目が勢いよく開いたかと思えば、

その引き出しの体積と全然精算が合わない人体がぬるりと出てきた。

鈴の姉:涼(りょう)だ。

「おねえちゃん!」

「きゃああああああ!!!!」「うわあああああああ!!!?」

店内は阿鼻叫喚。当たり前である。


「さて…鈴はちゃんと主張した。私は見ていた」

その引き出しの中から見えるはずないだろうが、引き出しを戻してスタッフに語りかける涼。

「しかし、あなたは無意識に短髪にしようとした…危うくこの美髪がこの世から失われるところだった…くっ…」

奥歯を強く噛みしめ、怒りをあらわにする。

「でも…ショートも絶対似合う!!!!!!!!」

さらに、誰も聞いていない意見まで訴える。

「あとセクハラが多いぞ!有罪!!!」

どんどん本題から逸れて言いたい放題である。

「つまり、1000円カットといえど、見た目やイメージだけで判断せずに客の声をきちんと聴くべきだ。

大体、この鈴の可憐な姿を見た上ですぐさまバッサリいこうとするな!!!!!」

爆裂のカスタマーハラスメントかつ一瞬で発言を矛盾させるシスコンの図。

「ごごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!」

まるで怖い夢を見たように謝罪を連呼するスタッフ。この現実こそ夢であってほしかったであろう。


「仕方ない。鈴、帰ろう」

仕方あるはずの自分が招いた混乱を回収せず帰宅しようとする美悪女。

「でも、髪まだ切ってもらってないよ??」

「ん"ん"んっ!!!!」

少し伸びた前髪からのぞくキラキラな瞳で上目づかい。

涼は脈の乱れを感じた。

「ふぅ…大丈夫、私が切ってあげる」

「ほんと?!」

涼の提案をきいて、鈴は心底嬉しそうに席を立つ。

「よしよし、そうしよう。よしよし…切った髪は私が大切に、適切に、責任をもって、アレするからね?」

「うん?…うん!」

重ねて恐怖をばらまき散らかしながら、2人で出口に向かう。


「あ、そうだ」

「ひぃい!」

店を出る寸前、涼は何かを思い出して立ち止まる。

店内にいるすべての人間を畏怖させて、これ以上何をしようというのか。

その答えは…




「1000円、キャッシュバックで」

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