第4話 なんだかよくわからないけど、コウモリの顔は案外かわいい。

「都子さん?」


 そこでまた気を失ったように見えたので、駆け寄ろうとすると、


「来ちゃ駄目」


 相手が弱った吸血鬼で、そこに無防備に近づくということは、ホラー作品ではなにかのフラグだと、私も思ったんだけれど、都子さん、またまたいつものように、なにか面白いこと言ってるだけでしょ、と、混ぜ返したくなるのも人の情というものではないだろうか。


 つまり、まだ状況を受け入れられていない。


「これの、左下のアイコン触れてもらえるかしら? ちょっと私、目がかすんでて手元も」


 だから、都子さんが自分のスマホを手渡して来たのを落とさずに受け取るのがせいぜいだった。


「左下」


 救急車のアイコンの下に、《非常用》と書かれている。


「それだけで、全部完了するから」

「はい」


 とにかくその通りにした。


《受付完了しました。ご登録された配達場所に配達します。》


「……配達?」


 受付完了画面が出たと伝えると、都子さんは安心して、


「あとはベランダに届くのを、拾ってもらえるかしら。ごめんなさいね」

「そんなこと言わないで」


 その言い方があまりにも普段通りの都子さんなので、私もだんだん落ち着いて来た。


「なにか届くんですね」

「血液製剤」

「届くんですか!」

「だから大丈夫。今どきはそういうシステムができてるの。斎藤さんに咬みついたりしないから」

「なのに、退魔組織って」


 しかも、さらりと言っていたけれど、死にかけた、って。


「いろいろいるのよ。自分の立場を変えたがらない人が。自分の立場からの景色だけが事実だと思いたがる人が」


 どこかでよく知っている気がする話だなあ、と思いながらうなずいて、


「ベランダですね」


 何を使ってどうやって届くんだろうか。見落さないように、ベランダに出た。


 小さい町なので、夜景というほどでもないけれど、辺りが暗くなれば家々の明かりがつつましく広がっている。

 その暗がりの向こうで、なにかひらり、とひらめいた。

 それがだんだん近づいてきて、姿がはっきりとしてきた。


(コウモリだ)


 なにか包みを持って、よろよろ飛んでいる。


「こっちです」


 救急車を待っていた人のように、コウモリを誘導して、抱きとめることに成功した。


「都子さん」

「ありがとう」


 黒い包みを開封して渡して、あとは都子さんに任せた。


「ご苦労様でした」


 コウモリを抱きかかえたまま、なにを言えばいいのかわからずに、とりあえずねぎらった。

 普通のコウモリより、少し大きい気がする。

 そして、初めて間近にコウモリの顔を見るんだけれど、目が丸くてネズミみたいで、なんだか可愛らしい。


「可愛いですね」


 するとコウモリ、顔をそらしはじめたり、落ち着かなくなった。

 慌てていたので、抱き止めてしまったけど、よく考えたらそんな必要もなかった。悪いことしたかも、と、抱いていた腕をほどくと、コウモリ、ふわりと床に着地して、


「……はい?」

「……」


 目の前に、見慣れた顔が立っていた。


「サハラさん?」


 顔をなぜか赤くしたサハラさんが私を見ている。


「こんな配達までしてたんですか?」

「言う事そこですか」


 あ、でも、コウモリ?


「お察しの通り、都子さんと僕は同類です」


 相変わらず愛想のない言い方なので、間違いなくサハラさんだった。

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