第3話 なんだかよくわからないけど、隣人が人ではなかったらしい。

 ようやく帰りついた。


 私が住んでいるのは築三十年の三階建てマンションで、その二階。いつものようにエレベーターから降りると、


「えっ」


 隣の部屋の都子みやこさんが、自分の部屋にたどりつく少し前でうずくまるように倒れていた。いつものきれいな長い黒髪が乱れてる。


 なんだかもう、穏やかに一日が終わらなそう。


「大丈夫ですか、都子さん」

「……斎藤さん、お帰りなさい」


 律儀にそんなこと言わなくていいのに。

 それより、顔色が真っ白だ。


「救急車呼びます?」


 スマホを出したところ、がっしり手を掴まれた。


「……ごめんなさい、でも救急車はいらない」


 その手が氷のようだったので、私はますます焦った。大丈夫なの、本当に?


「……部屋に……」

「あ、はい、」


 肩を貸すかたちで立ち上がって、ドアを開けて、中に入った。


「ありがとう」

「都子さん」


 玄関でまた崩れ落ちた都子さんの肌は蝋細工のような白さで、力なくあげた顔の目が一瞬赤く光ったように見えた。


「……こんなとこ見せちゃって……」

「そんなこと気にしないで、とにかく落ち着く場所に移ろうよ」


 ソファーかベッドかそのあたりまで。

 なんとかソファーまで連れて行って、そこに寝かせた。


「お水でも」

「お水はだめなの」

「じゃあ、」

「……本当に助かった……でも……こんなことになったら……もう、この町にも……」


 水じゃなかったら、なんだろう。私の頭の中はそればかりだったのだけれど、都子さんはまた別なことでなにか悩ましそうにしはじめた。


「あのね、斎藤さん」


 声が消え入りそうだ。


「はい?」


 私の袖をつかんで、まっすぐこちらを見た。


「こんなことになったから、もう、話してしまうことにする」


 言って、袖から離れた都子さんの手を見て、なにか見違えたのかと思った。

 爪が鉤爪だ。

 そして、少し遠ざかるように目で訴えるので一歩下がる。


「斎藤さん。黙ってたけどわたし、吸血鬼なのね」


 ……はい?


「それで、ここ数日、退魔組織に捕まって死にかけて、ようやく逃げてきたんだけど、」


 ……はいいいい?


「今も追手が近くにいたんだけど、斎藤さんが来てくれたから今日のところはいなくなってくれた。普通の住民を巻き込むことは、あの人たちもしないからね」


 ほんとにありがとう、って言うんですけど、ちょっと状況が飲み込めませんよ?

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