第54話 偶像と表現者の狭間で

 また久々に、アイドルのお話でもしましょうか。

 めっちゃ今更感あるのですが、BTSの活動休止宣言を題材にお話してみようと思います!



『Dynamite』や『Butter』でお馴染みの韓国発男性アイドルグループ、BTS(防弾少年団バンタンソニョンダン)が、デビュー9周年のタイミングで活動休止を発表したのは、2022年6月14日のことです。『Butter』からおよそ一年後に新曲『Yet To Come』をリリースしたタイミングともほぼ一致するため、ファンからすれば「なんで今?!」という思いが強かったと思います。無論、私もそう思った端くれではあるのです。


 この活動休止は、BTSの公式YouTubeチャンネルである『BANGTANTV』にて、メンバーによる会食動画の形で発表されました。兵役の問題など様々な背景があるとは思うのですが、メンバー、特にリーダーのRMが強調していたのは「新たに伝えたいことを考え、歌詞として生み出すための十分な休息が取れなくなったこと」「急にエンタメ世界の中心に躍り出て、自分達の方向性を見失ったこと」「一旦各自が休息を取り、成長する時間が必要なこと」の三点だったと思います。

 特に「伝えたいことがなくなってしまった、何を伝えたら良いのか迷うようになった」という部分に関しては、ラップや作曲を担当するSUGAシュガも強く訴えていました。



 私達は、テレビの前の芸能人の姿しか知りません。というか、知り得ません。

 だから少しでもテレビで見なくなれば、「あの人は消えた」とか「干された」というニュースが飛び交います。

 しかし当然ですが、テレビに出るにはそれなりの準備が必要で、テレビに出ない期間は曲作りやレコーディング、MV撮影、ライブの計画など、非常に多くの仕事に追われているのです。

 日本よりも厳しいとされる、韓国のアイドル事情。新曲リリースともなれば、その宣伝のため、激務 of 激務が始まります。これが落ち着いても、今度は上記の仕事に加えて、SNSの更新や、スリムな体型キープのための食事療法、筋トレ……。一つの仕事が終わっても、「じゃあ次、その次、その次の次」と、ひっきりなしに仕事が続いていくのです。


 これだけひっきりなしに続けてどうするんだ、アイドルが可哀想じゃないか、って思う優しい心の人もいると思います。でも彼らが所属する事務所にだって、彼らを馬車馬の如く働かせなきゃいけない理由があるのです。

 アイドルは良くも悪くも、非常に流動的な世界。デビュー時の年齢が小学生や中学生レベルなんてことはザラにあって、20代に入ればもう中堅扱いです。言葉を選ばず言うのなら、非常に短期間で元を取らないといけない。しかもBTSほどの成功はほぼ奇跡に近くて、彼らが一瞬でも人々から忘れ去られないように、次々と新しいことを仕掛けていかなければならなかったのです。


 実際、BTSは音楽活動だけでなく、『Run! BTSタリョラバンタン』という冠番組的なバラエティーの収録や、一部メンバーのドラマ撮影、国内外の雑誌の取材、また国連スピーチのような国際活動など、本当に様々な活動を行ってきました。音楽に関しても他アーティストとのコラボなど、彼らの細かな仕事をあげればキリがありません。

 2013年のデビュー、2015年の韓国における『花様年華』大ヒットから徐々にアジアや欧米でも認知され始め、2020年の『Dynamite』で爆発的ブレイク。

 この9年間も山あり谷ありでしたが、2020年以降の山で山頂にい続けるのは、かなり困難なことだったはずです。たとえ莫大な数のARMYアーミーが支えていたとしても、です。



 元々彼らの原点はヒップホップで、歌詞のメッセージも偏見や抑圧といった「弾丸」から、若者を、そして音楽を守り抜くといったコンセプトが根底にあります。だからいわゆるデビュー初期は今より曲調が過激だし、MVも暗め。ですが事務所の意向等もあって途中からアイドル路線に変更され、『防弾少年団』は『BTS』へと生まれ変わるのです。

 このBTSには二つの意味があって、一つは防弾少年団の韓国語読み『Bang Tan Sonyeondan』の頭文字表記として、もう一つは『Beyond The Scenes』の意味が込められています。後者は「今に安住せず、絶えず夢へと成長していこう」というようなコンセプトだと公式が言ってます。


 そう、「夢に向かって成長し続ける」のです。その成長が想像を絶するほどの多忙により阻まれたことは、メッセージの根幹、つまりBTSの存在意義が揺らいだことを意味します。確かにコンセプトと矛盾しちゃったら、活動続けるの難しいですよね。

 皮肉なものです。このメッセージを、エンタメを通して波及させるべく、そしてBTS自身が夢を追うため活動を始めたというのに、実際に世界に広がれば、今度は自分達の成長が妨げられてしまったのです。



 新曲『Yet To Come』は活動休止、BTSが言うには「BTSとしてのChapter 1の終わり」として、集大成的な立ち位置で作られています。MVは今までリリースしてきた楽曲のMVで使われたモチーフが全体に散りばめられており、特に長く応援してきたファンほど感涙必至の作品です。

 歌詞も「Yet To Come(まだこれからだ)」という前向きなサビですが、よく見てみると……どうでしょう。


 一部抜粋というか、かなり意訳すると、こんな感じ。



***************


 みんな僕達のこと、いつからか「最高」って言ってくれるけど

 それって知り得ない肩書きだらけで、実は重いんだ


 僕達には修飾語がいつからかついちゃって

「最高」って言葉は今でも照れ臭くて


 ただ音楽が好きってだけなんだ

 他の人と違うとこってあんまなくてさ


 この世界の期待とか、「最高」って基準のステップとか、

 王冠とか花とかトロフィーとか、

 僕達には関係ないんだ


 今までの道のりは最高だったよ

 でも僕のベストな瞬間はまだこれからで


 朝まで歌い続けるんだ


***************



 何だか、これまでのことを鑑みた上で見てみると、希望よりも苦悩が色濃く見える歌詞ではないでしょうか。

 メンバー的には、「僕が僕じゃなくなった感覚」なのでしょうね。事務所やARMYが連れてきてくれた世界、見せてくれた景色への感謝はあるんだけど、風船のようにフワフワと浮いてしまって、「これから僕達はどんな景色を作り上げたいのか」が分からなくなっていった、そんな心情がぼんやりと見えてきます。


 まぁある意味、BTS自身が「僕達のやりたいこと、夢」が明確だからこそ、こういう結論になったんだと思います。ARMYの多くは彼らのそうした強さに惹かれたんだろうし、だからこそ、活動休止に対する一定以上の理解もあるのかもしれません。



 アイドルとアーティスト、この共存は不可能なのでしょうか。

 偶像と表現者、その二つを同時に存在させることは困難なのでしょうか。



 そんなことを考えさせられる、BTSの大きな決断でした。

 これからは全員が揃わなくても、ソロや一部メンバーでの活動が続きそうです。ひとときの休息を得た彼らが、これからどんな夢を持って、どんな成長を描くのか。いちアイドルとしてではなくて、一人の人間としての彼らをそっと見守っていきたいなぁと思う、今日この頃です。

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