第39話 2000m爆走事件(受験その1)

 今回は、私が小学生だった時の事件についてお話しましょう。このエッセイを書いている日付がちょうど受験シーズンだったので、ふっとこの事件を思い出したのです。

 本当はもっとすごい事件もあるのですが、それを話すと1500%の確率で身バレするので、そちらは伏せます。代わりにこの爆走事件で笑っていただければと思います。笑



 さて、この2000m爆走事件は小学4年生の頃のお話です、多分。4年か5年のどっちかでした。

 当時私は、中学受験を見据えて塾に通い始めていました。最初から受験に必要な4教科を習うのは負担が大きいだろうし、当時はバレエを習っていて時間が取れないということもあって、まずは国語と算数の2教科だけ通うことになりました。


 初めに言っておきますが、私は勉強が好きなわけじゃないです。まぁ大学院行くって選択をしたので、勉強がまるっきり苦手なわけではないのですが……。好きではないですね。


 まぁそんな私なので、塾の勉強は40%くらい嫌々で取り組んでいました。残りの60%は中学受験しなきゃいけないから仕方ないという気持ちと、学校ではやらない単元に多少ワクワクした気持ちが入り混じっていました。

 塾の送迎は母親です。電車でも良かったのですが、なぜかうちは車で通塾していました。塾のある駅はそれなりに大きく、色々なスーパーなどが揃っていたので、母はそこで買い物をしていたのかもしれません。あるいは、小学4年生にもなるのに、身長が低すぎてつり革に全く届かない私を心配したか。母に聞いたことこそありませんが、車での送迎になった理由はこのどちらかだと思っています。

 小学校からまっすぐ帰ってきて、塾のバッグを用意して、お弁当をもらって母の車に乗り込む。これが、塾に行く日の私のルーティンだったのです。



 しかし、事件当日は様相が異なりました。

 母の車に乗り込む前、些細なことで言い合いになったのです。

 言い合いの理由はよく覚えていません。ただ私は極めて大雑把、母はめっちゃ細かい人なので、「もっとランドセルを綺麗に整理しなさい」とかそんなことだったと思います。私はそんな母にブチ切れ。そして母もそんな私にブチ切れ。理性を失った怪獣同士の、醜い争いへと発展したわけです。笑


「もう送ってかないよ!」

「いいし!」


 ですがお金を持っていない私。車での送迎なので、電車賃になるような小銭さえも、本当に一銭も持たせてもらっていなかったのです。

 自転車で塾まで行くにしたって、駐輪場ではお金が必要。そうこうして悩んでいる間に刻一刻と時間は過ぎ、塾の授業開始時間が迫ってくる。


 ここで思考回路がフリーズした私、塾のバッグだけひっつかんで玄関を思いっきり開けました。


「ちょっとやぎ、あんたどこ行くの!」

「もう知らん!!」


 無一文の私が取った選択は、走ることでした。まさに走れメロス状態です。

 ただ当時はスマホもなく、買い与えられていた連絡用ガラケーもネットを使えないように設定されていたので(多分使えたのかもしれませんが、親にしつこく「ダメよ」と言われていたので、バカ真面目な私はガラケーのメールと電話しか本当に開いたことがなかった)、家から塾まで歩く(走る)場合の最短ルートを知らなかったのです。

 私が塾までのルートで思い描いていた道は、いつも母が車で通る道でした。何度も往復して見て覚えた景色を、必死に辿ったのです。



 ——その距離、約2000m。



 授業が始まるまであと20分もないようなタイミングで家を出たと思います。

 今の地図アプリで経路検索すると、大人の足で歩いて約30分かかるようです。

 私はチビで歩幅が狭かったし、走るのもすごく遅い方でした。授業に間に合うはずがありません。

 でもそんなこと考えずに、とにかく塾を目掛けて爆走しました。当時、持久力だけは多少あったので、その持久力だけで駆け抜けました。



 そしてペースをほぼ落とすことなく、多分25分くらいで塾に到着。

 出席もう取り終わっちゃったかな、演習始まってるかな、と不安を抱えながら教室への階段を再び駆け上がろうとしたその時。


「水無月さん?」

「へ?」


 私を呼び止めたのは、教室長でした。そのまま授業に出ようとした私を止めたのです。


「水無月さん。親御さんから、事情を聞きました。どこへ行ってしまったか分からない、と電話があったので、今塾に着いたと連絡を入れますね」

「は、はぁ……」

「……今連絡を入れました。親御さんがこちらへ向かっているようです。到着されるまで、ここにいてください」


 なんでわざわざ親が来るの?

 授業はもうとっくに始まって、進んでるんだけど?


 そう思っていると、本当に母親がやってきました。なんと父親もやってきました。心配にも程があります。


「やぎ! あんた教室長にも迷惑かけて、何やってんの!!」

「塾に来ただけじゃん」

「あのねぇ……!」


 その後、数分間にわたってこんこんと親に諭されました。

 勝手に家を出て行くな。心配をかけるな。


「塾の時間だから塾に行っただけじゃん。言い合いになったから走っただけじゃん」



 まぁ結論から言うと、「言い合いになった時にバカ真面目に塾に行く奴がいるか」ということだそうです。逆に言えば、そんな時でもちゃんと勉学に励もうとする子どもを褒めないのか? と疑問に思いますが。笑 私が120%被害者になるような怪我をした時にも、まず私を厳しく叱りつけた親ですから、多分そういう教育方針なんだと思います。

 諭された後は授業に行きました。友達には、「どうしたの?」って言われたけど、なんかスルーした気がします。笑



 あれ以来でしょうか、私が親から事あるごとに「バカ真面目」と呼ばれるようになったのは。

 私の親はその親、つまり私の祖父母の目を掻い潜って校則違反してみたり、親に黙って出かけたり、バイトしたり、テレビに出たり(!)していたそうです。自分の子どももきっとそうなると思って厳しくしつけたのでしょうが、私は掻い潜るどころか、その厳しさに耐えかねて従順になることを選びました。

 だって、ご近所で噂になるくらい怒鳴り散らされるんだもの。「タオルの畳み方が違う」とかそういうことで怒声と平手飛ぶし。今のご時世なら児相通報案件です。笑



 今となっては、2000m爆走事件は良い思い出です。何かあれば走ればどうにかなるだろう、と学びました。あと、2kmくらいなら全然走れるってことも学びました。



 まぁそんなバカ真面目な私も、成長、そして多少の恐怖心や好奇心と共に、ほんのすこーしだけ親の目を掻い潜る冒険をすることになるのですが……それはまたいつかの機会にお話することといたしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る