第38話 会いに行けないアイドルの価値

 またアイドルネタに戻ってきてしまいましたね。でも安心してください、この次は別ネタを用意する予定です。笑



 突然ですが、「会いに行けるアイドル」が誕生して隆盛を極めたのは、もう今から約10年前の出来事です。この言い方は一部批判が出るかもしれませんが、私が想定しているのは、初代神7(前田敦子・大島優子・高橋みなみ・渡辺麻友・篠田麻里子・板野友美・小嶋陽菜)がAKB48グループ全体をグイグイ引っ張り、総選挙も大きな注目を集めていた2010〜2013年頃のことです。

 国内外に姉妹グループを持つAKB48全体のコンセプトは、「会いに行けるアイドル」。劇場でライブを行い、握手会で実際に握手して少しの時間お話できる。直接応援の言葉を伝えられて、その応援を総選挙への投票という形で反映できる。ある意味そんなシンプルな応援の仕方が、日本中でバズりました。

 というのも、今までのアイドルは遠い雲の上の存在。移動だって厳戒態勢で、とてもファンとの交流なんて現実的ではなかったからです。


 そんな中、既成概念を打破するコンセプトで見事に一時代を築いた48グループですが、最近はその陰りが見え始めています。

 これは何もメンバーのせいではありません。彼女達のダンススキルは、黄金時代と比べても全体的に向上していると思います。陰りの元凶は新型コロナです。

 接触が絶対悪とされるようになってしまったこの世界で、アイドルの熱に直接触れる応援を強みとしてきた48グループは苦境に立たされています。



 こんな形で、ファンとの距離を急接近させようと変革していったのは、何も女性アイドルだけではありません。男性アイドルも然り、です。

 ネットで「会いに行ける男性アイドル」と検索すると、ずらりと出てきたのは「メンズ地下アイドル」の文字。また、メジャーな事務所からデビューしている男性アイドルも、CDリリース等に合わせて複数回握手会を開催しています。直接応援できて、アイドルも目に見えて応援されているのが分かる。まぁそれなりにウィンウィンなシステムです。


 お隣の韓国もそうです。コロナ前までは、BTSだって日本版CDのリリースと同時に日本に来て、個別握手会を開催していました。サイン会もしていましたね。

 それから、BTSはやっていませんが、K-POP界隈だとヨントンも特徴的です。

 ヨントンとはヨンサン映像トンファ通話の略で、映像通話の意味です。数分〜数秒と極めて短い時間ではあるものの、推しとマンツーマンで話せる夢のようなシステムです。AKB48でも、オンラインお話会として、現在このヨントンに似たシステムが導入されています。ただ元々握手会を堪能していた人々にとっては、少々物足りないかもしれませんね。



 このように、時代の趨勢に合わせてファンとアイドルをつなげるシステムが変遷していく中でも、そうした変化がアイドルがいます。



 ——それが、ジャニーズです。



 ジャニーズは2022年1月、ファンクラブ会員を対象としたヨントン的なシステム『Johnny's Family Voice』の運用を開始すると発表しました。

 ヨントン、と言ったのには理由があって、このFamily Voiceではファンの名前や顔は見えません(アイドル側は分かりません)。ただの通話、トンファと言った方が良いかもしれません。

 このJohnny's Family Voice、ジャニーズ事務所は良かれと思って発表したのでしょう。しかし実態は正反対。たちまちSNSが大炎上したのです。


 ——ヨントンのパクリはしないで!

 ——K-POPとジャニーズは違う!

 ——ファン同士の闘いが勃発するからやめて!

 ——距離感間違えないで!

 ——韓流の二番煎じやる前に、チケットのリセールとか他にやることあるでしょ!


 などなど、まぁすごい勢いで炎上しました。私も実は反対派でしたが、ここまで激しく燃えると思ってなかったので、タイムラインに怒涛の勢いで流れてくる# JohnnysFamilyVoice のツイートを半ば呆けながら眺めていました。笑


 ジャニーズファンは、「会いに行けないアイドル」に価値を見出していたのです。実際この新サービスに反対するツイートの中には、「そういうのは妄想の中だけで良い」とか「夢で良い」と書いてあるものもありました。


 簡単に会えないからこそ、ライブで会えた時の大きな感動を、多くのファンと共に味わいたい。そうした気持ちもあるでしょう。ある意味で、アイドルの語源である偶像アイドルとしてのあり方を今もきっちりと守っているのは、ジャニーズなんじゃないかと思います。まぁ、ジャニーズは元々、ジャニー喜多川氏がエンターテイナー養成の場として設けた事務所でもあります。アイドルとエンタータイナーやショーマンは違うのだ、ヨントン映像通話トンファ通話はアイドルがやるもので、エンターテイナーがやるものではないのだ、とジャニーズファンは思っているのかもしれません。そうした意味では、ジャニー喜多川氏の遺志は所属タレントだけでなく、ファンの血にもしっかりと流れているのかもしれませんね。


 ただ一方で、私はこのようにも思います。

 ジャニーズファンから批判されそうだけど。炎上したら怖いな。笑


 長年脈々と受け継がれてきた、この「会いに行けない希少性」の文化を簡単に変えていくのが怖いのか。

 自分が当選しなかった時の嫉妬に荒れ狂う経験を、これ以上増やしたくないのか。

 ただK-POPとの差別化を図り続けることで、ジャニーズの立ち位置を曖昧にしたくないという、ある種の焦燥感の表れなのか。


 Johnny's Family Voiceに対するファンの激しい抵抗の裏に、上記のような感情もあると思います。恐怖や嫉妬、焦り。他事務所や他国のアイドルが力をつけて、台頭してきたからこそ沸き起こる感情です。

 ジャニーズJr.だったタレントが退所して、他のグループとしてデビューしていく事例が増えてきました。JO1ジェーオーワンOWVオウブ7セブンORDER、INIアイエヌアイといったグループのメンバーとして、通称・辞めジャニが流出しているのです。そして辞めジャニが加入していくこうしたグループは、握手会やお話会、ハイタッチ会を行っています。「ちょっと頑張れば会いに行けるアイドル」なのです。

 文春も報じていますが、ジャニーズ一強の時代は確実に終焉しゅうえんを迎えていると言っても、過言ではない気がするのです。ファンもそうした時代の変化を細かく感じ取っているからこそ、今回のような炎上騒動が起きたのではないかと考えられます。



 さて、大炎上を経て、ジャニーズ事務所はどこへ向かっていくのか。

 Johnny's Family Voiceの反対派に応えて、サービスの拡充を見送るのか。それとも、今後もじわりじわりと「会いに行けるアイドル」を踏襲しようと進めていくのか。言葉は悪いかもしれませんが、事務所とファンの睨み合いが続きそうです。



 創設者が世を去った今、その舵取りは奇しくも、活動休止中の嵐を熱心に育て続けた藤島ジュリー氏と、「会いに行けないアイドル」本人だったタッキーに委ねられています。

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