第35話 私は超人だったようだ

 今回は、小学生の頃の思い出についてお話しようと思います。

 ……はい、超人の思い出です。笑



 あれは9歳の頃でした。

 まだクラシックバレエを習っていた時です。家とバレエ教室は少し離れていたので、母親が車で送迎をしてくれていました。あの日もいつも通り、母の運転する車に乗って帰途についていたのです。


「今日のレッスンどうだった?」

「……楽しかった」

「返事遅くない?」

「んー?……そんなことないよー」


 間延びした返事を続ける私を怪訝けげんに思った母は、赤信号になったタイミングで、運転席の真後ろに座る私を振り返りました。


「もう! 何携帯いじってんのよ」

「だってBちゃんに返信したくて」

「下ばっか見ない! 何かあったらどうするのよ」

「安全運転を頼みます。……青だよ」

「……ったく」


 Bちゃんというのは、同じバレエ教室に通う1歳年上のお姉さん。母親同士仲が良く、その縁で私も彼女を「ちゃん」づけで呼ぶことが許されていました。たった1つ年上なだけなのに、とても大人びてスタイルが良く、コンクール常連のBちゃんは私の憧れ。メールのやりとりができることが本当に嬉しくて、すぐさま返信しようとしていたのです。

 あ、「9歳で携帯って早くない?」って思った方もいるでしょうが、母親の迎えが遅い時、ずっとバレエ教室に残って待っていた私を見かねて、「やぎちゃん携帯くらい持ちなさい。終わったらすぐお母さんに連絡できるでしょう」と先生に言われたのがきっかけで、小学生の時から買い与えられていました。無論、親(と親公認の友達)との電話・メール専用です。笑


 話を戻しましょう。

 そんなわけで私はBちゃんへの返信内容をせっせと考えていて、気づけば自宅が見えるあたりまで帰ってきていました。

 と、その時。


 ——キキーーーーッッ!!!


 普段から多少運転の荒い母ですが笑、この時はとんでもない急ブレーキをぶちかましました。

 メールを打つために下を向きっぱなしだった私は、前方の異変に気づかず、そのまま目の前の運転席のクッションに思いっきり頭をぶつけました。シートベルトはもちろんしていましたが、やはりそれなりの衝撃はあったのです。


「いっ……」


 何が起こったのだろう。

 ちらりと母を見ると、血相を変えていました。

 何と私達の目の前の車が、左側のガードレールに思いっきり突っ込んでいたのです。ひしゃげたガードレールが、その衝撃の強さを物語っていました。


「あんた大丈夫?……ってまだ携帯やってたわけ?!」

「ごめんなさい……(まさかなんて思わないじゃん)」

「下向きっぱなしで頭ぶつけたんでしょ。……ったく。あんた、携帯は置いて頭を座席に預けて。……そう。そのまま動かないこと!」


 表情こそ強張っていたものの、母はなぜか、自動車事故があっても落ち着いていました。後に聞けば、どうやら昔、凄惨せいさんな自動車事故を近くで見たことがあったようです。

 程なくして、パトカーと救急車のサイレンが近づいてきました。前方の事故った車の運転手は、幸いあまり大きな怪我ではなかったようでした。そして、しばらくすると救急隊員が私の車のドアをノック。


「大丈夫ですかー?」

「やぎ、あんた大丈夫なの?!」

「だ、大丈夫です……」

「うん。一応、こっち乗ってもらうね」


 そして私はいつの間にか担架に乗せられ、救急車に運び込まれました。少しして搬送先も決まり、救急車で15〜20分ほどかけて病院へ。9歳で救急車デビューしてしまいました。

 結論から言うと、軽い脳震盪しんとうの疑いがあったものの、頭部検査で異常はなし。父も駆けつけたものの、即日帰宅が許可されました。



 これにて一件落着、と思われましたが、のです。

 事故の晩、自宅に着いた頃には普通にケロっとしていたので、問題なく翌朝登校したのですが……。


「おはよう」

「……はっ?!」

「……ん?!」


 教室に入った途端、1人の男子、Cくんが私の登場にびっくりしていたのです。


「おま、お前普通にランドセル背負って……」

「へ?」

「きっ、昨日救急搬送されてただろ?! あの事故で無傷?!」

「何で知ってるの?!」


 思い返せば、事故現場はCくんの家の真ん前。そりゃ、急ブレーキ音と衝突音、サイレンまで立て続けに聞こえたら、表に出て様子うかがいますよね。そこで私の家の車、私の母、そして担架に乗せられた私を見てしまったのだとか。

 Cくんからすれば、昨晩事故現場で救急搬送されたはずの人間が、翌朝ケロっとして登校してきたわけです。軽いホラーですよね。笑

 昨晩水無月が救急搬送されていた、という話はCくんによって周囲の人間に広められていたらしく、他のクラスメイトも固まっていました。そして。


「水無月……お前超人かよ……」


 と、なったわけです。

 なんかいちいち状況説明するのも面倒だったので、否定せずに受け流しておきました。笑

 そうしたら、その日を境にが起こったのです。


 ちょっかいを出してくる男子を少しでも睨みつければ、「ヤバいヤバい殺される! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」となぜか秒で謝られ。

 体力測定の日になれば、「水無月は握力45kgらしい(本当は7kg)」と噂が飛び交い。


 文字通り、超人扱いが始まったのでした。いや、超人ならそもそも救急搬送されないと思うよ。ってCくんに突っ込みたい。笑


 兎にも角にも、事故った運転手の方も自分も自分の母親も、大きな怪我はなくて良かったです。この事故以来、車内では携帯をあまり見過ぎない(見る時も前方に注意しておく)ように心がけています。人生には「まさか」がつきものですからね。



 皆様も、交通事故には十分ご注意を。6歳の時、「学校遅刻する!」と慌てた結果、走行中のトラックに接触して軽く飛ばされるも、無傷だった人間からの本気の忠告です。


 ……あれ、私本当に超人なのかしら?(調子に乗るな)

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