第8話 ラーメンとお魚の先生

 前回、予備校講師のお話をしたので、今回は小学生の時に通っていた塾の先生についてお話しようかと思います。

 タイトルを見て、塾の先生と思った方は果たして1人もいないのでは?笑


 なぜ「ラーメンとお魚の先生」なのか。

 それは、後述する先生の言動が理由です。

 彼は私の苦手な算数の先生でした。……あれ、この書き方は紛らわしいですね。日本語難しいな。

 私は、先生が苦手だったんじゃありません。算数が苦手だったんです。

 基本的な問題は何とかできるけど、応用になるとさっぱり。どの公式に当てはめれば良いのか、文章題になった途端に分からなくなる子どもでした。

 でも国語でカバーできていたからなのか、少しずつ算数も理解力が上がってきてできるようになったからなのか。

 塾に通い始めて1年経った頃、私は1番上の特進クラスへの進級を許されたのです。そこで算数の担当になったのが、本日の主役、「ラーメンとお魚の先生」というわけです。


 この先生、めっちゃ変わってました。

 塾や予備校の先生という生き物は大抵変わっているものですが(失礼ですね。でも私が出会った人々は9割方変わってました)、この先生は前回お話した英語の講師と同等に変わっていましたね。

 彼はとっても評判のある先生でした。特に子ども達からの評判は上々。とにかく面白いと。ここで大事なのは、彼はあくまで“面白い”のであって、“分かりやすい”と言われていたわけではないことです。笑

 でも特進クラスを受け持つ先生ですから、当然子ども達だって優秀。だから先生の教え方に少々クセがあっても、彼らは対応できたのでしょう。


 この先生は、まず自分のことをあだ名で呼ばせていました。

 ——そうです、逆なのです。

 私をあだ名で呼ぶのではなく、彼は私にあだ名で呼ばせていたのです。笑

 あだ名じゃなくて名字+先生で呼ぶと、ちょっと不貞腐れた顔をしました。私はバカ真面目なので、なるべく先生のことは先生と呼びたい。でもあまり許してくれませんでしたね。


 彼が最も変わっていたのは、私達に問題を解かせている時間です。

 特進クラスだと解説の時間は自ずと減り、演習の時間が代わりに激増しました。とりあえず何ページか解かせて、特に難しい問題だけ取り上げて解説。分かんない部分は後で付録の解説読むか、僕に聞くかしてね〜、って感じでした。

 さっきも申し上げたように、私は算数が苦手でした。だから特進クラスなんて行った日には、他の子達より解くのが遅い上にバツが多い。負けず嫌いの私は劣等感に耐えながら食いついていたのです。だから、授業中の演習の時間は誰よりも集中して解く必要がありました。


 でも、でも、です。


「♪み〜そ、み〜そ、しょ〜ゆ、しょ〜ゆ、とんとんとんとととんととんとん、とんこつしっおラーメン!」


 演習中、これがリピート再生です。先生のアカペラで。

 みんなのペンの動きが遅いと、煽るようにこの歌を歌っていました。しかもどんどん速度上げてくっていう。笑

 まぁね、分かりますよ。演習って、先生ド暇ですもんね。

 でも暇だからって、歌って良いことにはなりませんよねぇ?!

 どうしても暇なら、文庫本の1冊や2冊持ってくればいいのに。あ、これは勤務規定でダメか。

 でも教室中に響き渡るほど歌うのだって、勤務規定に抵触すると思うんですが。笑


 さらにひどいことに、先生のプレイリストはこれ1曲ではないのです。

 なんか即興で作ったり、よく分かんない鼻歌歌ったり、常にBGMが流れている教室でした。


「♪山は生〜き〜て〜い、生〜き〜て〜い、生〜き〜て〜い〜るぅ〜、ジャジャンジャジャンっ、はいっ!」


 何だこの歌。笑


 こんなの永遠に聞かされていたら、解けるものも解けなくなります。これでも解き切るのが特進クラスの子だとしたら、私には特進クラスの素質がなかったのかもしれない。

 おかげで私は集中のしゅの字もなく、結構心にさざなみが立った状態で演習を行っていました。あとは家である程度予習しておく予防線も張っていたな。我ながら、結構頑張ってあの先生の対策してたんだなって思いますね。涙ぐましい努力……。笑

 まだ小学生だった私には、予備校の時みたいに「自分に合わなそうな先生は早めに見切りをつけて、どんどん違う講座に出入りする」なんて技術は持ってなかったので、食らいつくのに必死でした。


 ある時、先生が歌うのをパタっとやめた日がありました。

 子どもがついにやめてと言ったのか、子どもから話を聞いた親がクレームを入れたのか、防犯カメラ越しに教室をチェックしている管理職に目をつけられたのかは分かりません。でもしばしの静寂が訪れて、その日はいつもより集中できた記憶があります。


 しかし、彼は大人しくなったわけではありませんでした。


「はい、そこまで〜。答え合わせするよ〜ん」


 みんな一斉にペンを置いて、前を見据えました。もちろん、私もです。

 前にあるのは、そう。黒板。


「???」


 何と、黒板がめっちゃデコレーションされていたのです。

 大小それぞれのお魚がいっぱい。海や水族館でもイメージしたんでしょうか。


「みてみて〜。お魚!」


 いや、うん、見れば分かるよ。

 私そこまでバカじゃないもん。一応この校舎で最も上のクラスいるもん。


 いつもは「面白い!」となる子ども達も、この時ばかりはしばしの間絶句していたっけ。笑

 てかさ、黒板アートして、解説どこでやるの?笑


 結局、解説をどうやったかはあまり覚えていません。お魚の、上手くも下手でもない絵が衝撃的すぎて、その後の記憶がないのかもしれない。

 多分、すこーしずつ黒板を消しながら、解説を書いていってたような気がします。「消えちゃうの寂しい〜」とか何とか言って。笑


 彼の指導を受け続けた私はどうなったかというと、

 多分これは他の科目が振るわなかったせいも多分にあると思います。

 でも算数も成績が降下しまして。


 ……はい、クラス1つ落ちました。笑

 あばよ特進クラス。


 まぁ特進はみんな優秀で、私が背伸びしていた部分もあったので、1つ落ちたくらいがちょうど良かった、というのが結論です。そこでは何とかついていくことができましたから。

 しかし、算数の担当はやっぱり、でした。笑

 ただ、彼も特進とそれ以外のクラスで接し方は変えていたようです。彼なりに配慮はしていたのでしょう。特進ではふざけてましたからね、本当に。笑 このクラスではもう少しマシになっていて、演習も取り組みやすくなっていました。


 私に教育してくれた人々は一風変わった方が多いのですが、特に前回の英語講師と今回の算数の先生はレベチでした。レベル違いすぎ。

 でも彼は人当たりが良かったですし、合格発表した時には飴ちゃんをくれました。受験で算数が最もできたのは、一周回って彼のおかげだったのかな?笑


 ちなみに、この飴ちゃんをくれたエピソードは、私の小説に関連しています。『Shake, Build, Blend, Stir』のConchitaというタイトルのお話です。もし良ければ、読んでみてくださいね。

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