第7話 私をあだ名で呼ぶ先生達(その3)

 自分で言うのもアレですが、このシリーズは割とノリノリで書いている自分がいます。でもこれで一旦、最終回かな。


 今回は、予備校講師のお話です。バレエの先生も部活の顧問も女性でしたが、今回は男性です。



 彼は英語の先生でした。私は学校で英語のスパルタ教育を受けていたので(そういう学校だった)、英語は得意な方でしたが、受験英語はまた別の対策が必要なので、予備校に通い始めました。学校で習ったのはライティングや英会話、プレゼンの仕方などがメインでしたから。


 私は自分に合った講師を見つけるのに苦労していました。先生の声質で眠くなったり、方法が私のやり方と合わなかったり、先生の態度にムカついたり笑、色々あるもんです。国語も世界史も英語も全て、1回以上は講師を変更しています。今回お話するのは、最後に巡り合った英語講師についてです。


 彼は普通に変わった人でした。大学のロゴが入ったフーディーに、ケーキや宇宙の柄が入ったステテコの姿。夏は浴衣や甚平に麦わら帽子でやってくることもありました。水色のネイルもしてくる、私よりセンスに優れた可愛い人です。

 外見こそふざけてますが笑、教え方は私にぴったりでした。同義語を全てまとめて教えてくれて、生徒を指名しては同義語を全て答えさせて、最難関校の過去問をたくさん解いて丁寧に解説してくれました。たまに政治の話もあって、すごく興味深かったんです。


 さすがに最初のうちは名字+さん(あるいは君)づけでしたが、私が彼の講座に定期的に通うことに決めたと察した途端、なぜか彼の態度は激変。

 私は「予備校は自分が勉強する所」と割り切っていたので、誰とも話さず、でも黒板は見えるように一番前の角っこの席を確保していました。すると、目の前のドアからステテコ姿の先生がやってきます。そして、サッと私の机から何かを取るのです。


「?!」

「出席取るね〜。○○く〜ん」

「はい」


 おい待てよ。私のカラーペン使って出席取ってんじゃんか。

 突然の事態に硬直していると。


「水無月くん。……水無月くん? メーちゃーん」

「は、はい」

「うん、いるよね。メーちゃんのペン使ってんだもん僕」


 彼は悪びれることもなく、出席が終わると私の机にカラーペンを戻しました。

 てか待って。私のあだ名で呼んだよね。

 まぁ本名を聞けば、あだ名も想像つくような名前はしてますよ。でもあなたにあだ名で呼ばれる筋合いは(以下略)。


 そこから、彼と私の関係性は妙なモノになっていきます。

 まず、私の出席は取らない。だって私のペン使ってるから、いるの当然だよね。笑

 そして、私を常にあだ名で呼び続ける。私だけ、名字で呼んでくれない。笑


 先生がこんなですから、私もちょっと悪戯してみることにしました。

 机の上に、筆記用具を出すのをやめてみたのです。

 いつも通り、先生はもはやノールックで私の机からペンをかっさらっていく技術を身に付けていたのですが、ペンの感覚がないと分かるや否や、


「メーちゃん、ペン」

「…………は?」


 私あなたの秘書ではないのですが。笑

 あの人教科書以外は手ぶらですからね。シャーペンしかなければ「カラーペンがいいの!」と駄々こねるし、カラーペンのインクを切らしておけば「なんでピンク出ないのよ」とクレーム。他に色あるからそれ使いなさい。嫌なら自分で持ってきなさい。笑


 こんなんでも私が辞めなかったのは、やっぱり彼の授業は魅力的だったからです。

 私の成長を喜んでくれたし、ミスした時には厳しく指導してくれました。なぁなぁの関係に見えても、講師と生徒の関係性はちゃんと守ってくれましたからね。

 だから私達はだんだん、阿吽の呼吸で授業を進めていくことになったわけです。


「メーちゃん。『調査する』の同義語。言ってちょーだい」

「examine, survey, inquire」

「もっと」

「investigate」

「そう。じゃあ『正確な』言ってちょーだい」

「correctly, exactly」

「もっと」

「えっと、accurately」

「もっと」

「precisely!」

「そう」


 もはや「同義語」と言われなくても、「メーちゃん、『明らかな』」とか言われれば口が勝手に「clear, obvious, evident, apparent」って動くようになっていました。

 彼と半年くらいでこの関係性を築いて新学期になり、私と同じ学校の子達も数名、このクラスに入ってきました。彼女達とは学校のクラスが違ったので話したことがなかったのですが、互いの名前くらいは「聞いたことある」って関係でした。そして、彼女達にとっての初回授業で私と先生の掛け合いを見て、驚いたそうです。


「なんか、やぎちゃんと先生がめっちゃ慣れた感じになっとる」


 って、思ったらしいです。笑

 この頃になると他の生徒のことも名字+さん(君)づけではなく、下の名前+君づけで呼ぶようになっていました。でもあだ名だったのは私だけ。

 後で先生本人に聞いた話ですが、私が初めて彼の授業を受けた時に、私の本気度を感じ取ったようなんです。「あ、この子は勉強しに来てる」って感じて、目をかけてくれていたとか。


 受験生になって、夏期講習にも行きました。でも夏期講習の教室はいつもの場所ではなく、電車で1時間かかる教室でしか、彼のクラスは開講されていませんでした。時間や他の教科の兼ね合いもあって、確か文法重視のクラスだけ申し込んだんです。長文は学校でも散々やっていて、自信もついてきていたから。

 文法クラスには普段会わない生徒もいたのですが、私と先生の掛け合いが最もリズミカルでした。他の生徒が答えられないと、すぐ「メーちゃん」と呼んでくる。私も復習になるのでバンバン答える。他の生徒は口ポカンと開けてました。マジです。

 そして文法クラスが終わり、帰宅しようとする私を見ると、先生は破顔してこう言ったのです。


「メーちゃん、次の長文クラスも受けなさい」

「いや、申し込んでないので……」

「いいからいいからそんなの」←いや良くない笑


 私は頑固な彼に言われるがまま、長文クラスも続けて受けることになりました。送迎してくれた母に『2時間遅くなる』と連絡を入れると驚いていましたが、彼女は普段来ない場所での買い物を楽しんでいたようです。笑


 そうこうして、私は無事に志望校に合格しました。

 先生に伝えると、まさかの出来事が起きました。まさかです。


 まさかの、です。笑


 まぁ軽めだったので良いのですが、私と同時に合格報告した友達には「おめでとう!」で終わりなのに、なぜ私は抱擁を……。笑 まぁ、良い意味で衝撃的な思い出です。



 私をあだ名で呼ぶ先生達は、みんなクセ強めでした。

 私を超低音ボイスで叱ったり、理不尽に追い込んだり、秘書代わりにしたり。笑

 でもみんな、何だかんだで私を見ててくれたんだなって思います。予備校講師の彼のおかげで、今も英語の苦手意識はほぼないです。


 色々あったけれど、この3人の先生方は、私の成長に不可欠な人々だったと思っています。皆さんには、こういう出会いはありましたか?

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