第5話 私をあだ名で呼ぶ先生達(その1)

 予告通り、今日は肩の力を抜いてお話しようかな、と。

 本日のテーマは「私をあだ名で呼ぶ先生達」です。水無月やぎはペンネームですが、ここでは私のあだ名を「メーちゃん」とでもしておきましょうか。


 バレエ教室の先生、部活の顧問、予備校の講師。

 この3人は、私をあだ名で呼ぶ先生達でした。他の先生のように名字+さん付けで呼ぶ人々ではない分、思い出は少し色濃い状態で残っています。

 ぶっちゃけますが、多分私は彼らに好かれていたわけではないと思います。笑 好きとかお気に入りっていうよりは、子どもとして見られていたと思うんです。

 扱いやすいっていうのは、まぁ「バカ正直に先生の言うことを聞く子ども」ってことですね、はい。笑

 長くなりそうなので、3回にわたって、この3名の先生とのあれこれをお話したいなと思います。



 まずはバレエ教室の先生。

 ちょっと事情があって、私は2つのバレエ教室にお世話になったのですが、どちらの教室の先生もクセが強かったです。笑 今回は2つ目の教室の先生についてお話します。

 彼女はさすがバレエの先生だけあって、とてもしなやかな身体で、綺麗な人でした。地元でも評判は良く、ビルの1室という小さな空間でしたが、多くの生徒で賑わっていました。レッスン時は「普通のバレエの先生」です。

 しかし彼女、私がミスをすると、決まって「めぇぇちゃぁぁん(超低音ボイス)」と言う人でした。まぁ元々低音の女性なのですが、あの声はもう、喉潰れてたと思います。リノリウムの床が振動してた。笑


 私は小さい頃からなぜか踊りに魅了され、バレエを含めダンスはまぁまぁ長い期間やっていました。バレエ教室に通っていた時も、日々の柔軟ストレッチやバーレッスンは辛く、足の爪が死ぬことはしょっちゅうだったのですが、それでもお化粧して舞台に立ち、舞った時の高揚感は特別。だからバレエは本気で好きでした。今も見るのは大好きです。

 ただ、私は負けず嫌いの泣き虫。笑 ちょっとでも人より下手だと言われたり、それを自覚したりすると、ぶわぁと涙が量産される特質を持っていたのです。なので、先生に「めぇぇちゃぁぁん」と言われる度に目に涙が溜まっていました。でも人前で泣くのも癪なので笑、バーにかけておいたタオルで顔の汗を拭うフリして涙拭いてたこともよくありました。きっと先生は気づいていたはずです。でも彼女は、私がミスした時の「めぇぇちゃぁぁん」呼びを一向にやめない。もしかしてこの先生は、私が嫌いなんじゃないか、私をいじめてるんじゃないかってとんでもない被害妄想を抱いたこともしばしば。でも辞めてやる! ってならなかったのは多分、負けず嫌いの性格が出ていたんでしょうね。


 彼女に習っている間、何回か発表会にも出ました。他の子がミスしても先生の態度はそう変わらないのに、私がミスすると「めぇぇちゃぁぁん」と豹変する先生。なぜだろう? と思いつつも、辞めてやるほど嫌いではなかったので、とにかく「めぇぇちゃぁぁん」を回避するために一生懸命練習を積み重ねました。笑

 先生が抱いていた、私のイメージは不思議です。

 皆さんは、『くるみ割り人形』というバレエ作品をご存知でしょうか。バレエ音楽の巨匠・チャイコフスキーによる3大バレエの1つなので、あらすじや曲くらいは知ってる! って人も多いのでは。『あし笛の踊り』とか有名ですよね。

 あの中に『中国の踊り』ってのがあるんですが、チャイナドレスで踊ることになりまして。確か水色・黄色・ピンクがありました。でも色は自分ではなく、先生の独断で決定。私は有無を言わさず「やぎちゃんはピンク」と言われました。

 そしてコンクールも後に経験することになるのですが、その時には青い鳥の役。笑 そして後述する最後のクリスマス会で頂いたのは、何とトイプードルの役。なかなか人間になれませんでしたね。最も人間ぽかったのは、雪の妖精役だったと思います……。笑


 さて、当時小学生のクラスとしては初めて、コンクールに出場する人間に私を選んでくれたのはこの先生です。普段のレッスン終了後、中高生に混じって特訓時間を設けてくれました。これだけ熱を注いでくれるのはありがたいのに、その分先生も厳しくなって、「めぇぇちゃぁぁん」呼びが急増したんです。もう怖いし、特訓クラスで普通に最年少だから緊張やばいし、色々死ぬかと思いました。

 コンクールの結果はというと、それはもうボロボロの惨敗でした。でもその時にはバレエをそろそろ辞めざるを得ないことが分かっていましたし、良い意味で未練なく区切りがついたような、そんな気がしました。そして何より、毎日のように聞いていた怒涛の「めぇぇちゃぁぁん」呼びが減ることに、ちょっぴり安堵もしていました。笑 様々な緊張から解放された私は、家族の運転する帰り道の車の中で、隣に乗っている先生の肩に身を預けて熟睡していました。子どもですね。笑


 そしていよいよバレエを辞める前最後の発表の場が、毎年開催されるクリスマス会となりました。発表会は先生と同じバレエ団の、普段違う教室の人も参加して大所帯ですが、クリスマス会は教室単体のイベント。その分演目の自由度や独自性も高かったです。

 そこで私が頂いた役が、トイプードル役。「やぎちゃん、あなたトイプードルね」って言われた時の衝撃はそこそこ大きかったですよ。バレエ人生のラストが犬って。笑

 でもこの配役には、ちゃんと意味がありました。

 この演目のテーマはサーカス。そこでトイプードルがソロで技を披露するという、見せ場を作ってくれたわけです。どんな技かというと、「ピルエット×10回」。片足の爪先を他方の膝につけた状態のまま、その場で回る動作を10回です。回転と回転の間に足の入れ替えがありましたが、その技の名前はど忘れしました。調べ方も分からない。笑

 これね、気をつけないとめっちゃ目が回るんです。三半規管やられます。しかも普通のピルエットでは、回転の補助として手を使えるのですが、私はトイプードル役。「わんわん」って感じで、両手を握り拳の形にして、胸の前で固定しないといけなかったのです。だから尚更バランスが取りづらい。初めのうちは5回しかできなかったり、10回できても回転不足だったりで、とうとう先生のが再稼働する羽目になりました。


 ——そうです。

 「めぇぇちゃぁぁん(超低音ボイス)」です。笑


 私は(またアレが出た……)と思いながらも、最後の機会だったので頑張りました。この頃にはメンタルも鍛えられてきて、「めぇぇちゃぁぁん」連発でも涙は出なくなってきていました。

 そして本番。何とか回り切りました。小規模のイベントだったし、発表会ほど大きな舞台じゃなかったので、緊張はあまりせず。お客さんも、教室のお友達のママばかり。笑

 でもすごく、楽しかったです。もう「めぇぇちゃぁぁん」が聞けないと思うと、ちょっぴり寂しくなりました。


 先生には、バレエ技術のみならず、叱られ経験を糧に成長する大切さを教わりました。私ばっかりあだ名で呼んで何よ! って思ったけれど、今じゃ良い思い出です。


 

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