廻り廻ってまた廻る

古宮半月

第1回 別れと出会い

「神様のばぁーーーーーーーーーか!!!」

 永道廻ながみち めぐるは山の斜面から喉ごと飛ぶ勢いで叫んだ。夏の青い空に向かって。

 彼女の髪の毛先は水色に染まった。

 

*** 

 

 めぐるは神社の赤い鳥居にもたれながら、ある人を待っていた。

「ふんはんは〜ん ふはふんふ〜ん」

 鼻歌を歌いながら。

「おーーーい。廻ぅ」

 石段を登ってくるのは、さらさらの金髪を後ろで一本に束ねた女性だった。

 それを見るなり、廻はその女性の元に飛びつくように駆けつけた。

「来た来た!ひさしぶり、マリィちゃん!また大きくなったね!」

「うふふ、親戚のおばあちゃんみたい。廻は変わらないな」

「うれしいなぁ、今日はマリィちゃんの誕生日だよ6歳になるんだよね!」

「覚えていてくれたんだね。ありがとう」

 そんなマリィの見た目は明らかに六歳児のそれではなかった。誰もが20代後半くらいと答えるだろう。

「ん?廻、どうしたの?」

「マリィちゃん、髪の毛が」

「あぁ、身体の成長スピードがさらに早くなってるみたいなんだ。それで髪の毛がどんどん抜け落ちちゃうの」

 そんなことをあっけらかんと言うマリィの黄金色の髪の毛は稲穂のようにサラサラと舞い落ちている。

「今日はね、お別れを」

「ダメだよ!まだ遊び足りないよ!」 

「廻。私達が初めて会った日のこと覚えてる?」

「うぅ、うん。」

廻は涙ぐみながらも頷いた。


***


「えぇ!!!マリーランプちゃん、3歳なの!ほんと!?」

 初めてマリィちゃんと会ったのは中学生の時。

 こんな田舎の学校に真っ金金の髪の毛の女の子が転校してきたときはびっくりしたよ。


「み、みんなには言わないで!」

「……うん、わかった!秘密!じゃあ私の秘密も教えてあげる!」


 私の髪の毛のこともその時に話したんだっけ。

 この時やっとお互いを「マリィちゃん」「廻」って呼ぶようになったね。


「えっ?廻は髪の毛の先っぽの色が変わっちゃうの?」

「そうだよー。なんと、超楽しいと金色になることもあるよ」

「あはははっ、お揃いね」

「うん!」


 でも、半年くらい経つとマリィちゃんの身体はみんなよりも早く成長するからどんどん大人になっちゃって、居づらくなって、そのまま学校辞めちゃった。

 

 それでも私とマリィちゃんは1ヶ月に一度会って、楽しくおしゃべりしたり、お出かけしたりもした。


 あはははっ、あの時のことも覚えてるよ。

 動物園に行ったときにマリィちゃんがロバに唾かけられて、私がそれを笑ってたら、私も唾かけられて2人で大笑いしたよね。


 高校に入ってからは、会う機会がなかなか無くて一昨年に一回会っただけだね。


 私は一通り思い出を振り返ってから、もう一度目の前のマリィちゃんに目を向けてみると、心なしかさっきよりも歳をとっているように見えた。

「でも、今日こうしてまたマリィちゃんとお話しできてとっても嬉しいよ」

「うふふ、廻。髪の毛の先っぽがオレンジ色になってる。そんなに喜んでくれて私も嬉しい」

「あっ!マリィちゃん、じっとしてて…見て!クワガタ!」

 私は見つけたクワガタをマリィちゃんに持たせてあげた。

「く、わがた、だね…裏側はちょっと気持ちわるいかも…気持ち…悪く…なってきた…」

「マリィちゃん?」 


***


 マリィの黄金色の髪の毛がサラサラと抜け落ちている。

 砂金が舞い落ちるように空中でキラキラと光っている。

 

「ごめんね、廻。もう身体がついていかないみたい」

「マリィちゃん?ねぇ、どうしてマリィちゃん?今日はマリィちゃんの誕生日だよ?どうして今日なの?」

「大丈夫だよ。廻、今までのこと絶対に私は忘れない。廻と友達になれてよかった」


 マリィの声色はどんどん低くなる。

 目の色は濁り、皮膚のシワが増えている。

「マリィちゃん!マリィちゃん!そんな悲しいこと言わないで!」

 廻の目の前でマリィはどんどん年老いて、とうとうおばあちゃんになってしまった。

 廻がいくら泣き叫ぼうと、それでも老化は進み、時の流れが止まることはない。

 

 「廻……った…がと…」


 マリィは最後の力で掠れた声を呟いた。

 髪の毛が全て落ちきり、骨に皮膚がまとわりついているだけのような状態にまでなった。

 それから身体はぼろぼろと崩れていき、最後は灰になった。


 灰の上に服が残されている。

 そこから、先程のクワガタがもぞもぞと這い出てきたかと思うと、そのままどこかへ飛び去ってしまった。

 

「神様のばぁーーーーーーーーーか!!!」

 廻は山の斜面から喉ごと飛ぶ勢いで叫んだ。

 夏の青い空に向かって。

 彼女の髪の毛先は悲しみの水色に染まった。

 

「見つけた。貴女が永道廻ですね」


 廻がハスキーな声の方を見るとマリィが登ってきた石段に黒い制服を着た少女が立っていた。


「ひぐっ、だ、誰ですか?」

「私はK。単刀直入に聞きます。イデアの手を知っていますね?」

「知りませんよぉ!何ですか泣きっ面に蜂ですか!?神様は間髪入れずに私をいじめる気ですか!?」

「何を言って…ん?なぜ地面に散らばった灰屑にすがりつきながら泣いているのですか?」

 Kと名乗る彼女は、斜めに切り揃えた前髪で左目が隠れていた。

 前髪がかかっていない右目の黒い瞳がまじまじと廻を観察している。

「うぅ…今は1人にして下さい」

「状況がよく飲み込めないのですが、」

「こっちの台詞ですよぁああああ」

「かなり錯乱していますね…。ともかく、ここを離れます。立てますか、永道?」

「う、うしろ…」

 

 廻が指差した先にはコウモリのような羽を広げた人型の巨大な蛾が飛んでいた。

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廻り廻ってまた廻る 古宮半月 @underwaterstar

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