双子星と、そよ風 下
「…ゾエ、カノン。そんなに記憶が戻ってない俺が言うのもなんだけど、今回の双子座、えらく強力だな…」
リオの口元は笑ってはいるもののひきつり、目は大きく開いている。
それはそうだろう、孤児院を囲むように風の壁が出来ている。こんなに豪快に力を使っている双子座を、俺達は見た事がない。
「石を投げてみたけど、あれ触れないねぇ。風に触れた石が粉々に砕け散っていたよ。」
カノンは呑気な口調で言う。
「近隣住民の避難は完了しているらしいけど…孤児院からはまだ誰も出てきていない。この風は時間経過と共に範囲を縮小していってるみたいだ。」
リオは削れた地面を見る。
「推測だと、およそ1時間で孤児院内の人たちに危険が及ぶ…かなぁ。どうしようねぇ。」
「…何かがあって、ジェニーの自己破壊が始まったんだな…俺たちの中に、風の加護にある星はいないが…幸いな事に、火の加護にある牡羊座のゾエと、獅子座の俺がいる…1時間以内は少し厳しいが、やれる事をやろう!」
「おう、任せろ!」
ゾエは勢いよく返事をした。
「カノンは最終手段の為の準備だ。…もし、俺とゾエが救助できない場合は、この孤児院の地面を陥落させる。かなり力ずくだし、死人が出る確率は高い。けど、全員この風に巻き込まれるよりはマシだろう。」
「わかったよ〜。大体の大きさとか土の様子をみてくるね。」
カノンは孤児院の周りを調べ始めた。
「リオ、策はあるのか?」
「火の加護にあるゾエは炎を、俺は熱を操る。孤児院の周囲の空気を温めれば風がそっちに流れてくれるはずだ。なるべく風を散らして威力を弱めてみるからその隙に救助を頼んだ。」
「…わからんけど、リオがとにかくこの風をどうにかするって事か。風が弱くなったら俺は中に入ればいいんだな?」
「そうだな」
「おーい、2人とも、僕の方は準備出来たよ〜。地面の方はいつでも任せて。僕は2人みたいに熱に耐性が無いからすぐ外から援護するよ。」
「カノン、ありがとう。じゃあ2人とも、星の力を解放してくれ。…ジェニーとミア含む、全員、頑張って助けよう。」
リオの言葉に、ゾエとカノンは頷く。
リオとゾエは目を閉じ深く息を吸い、力を解放した。
ジェニー!落ち着いてくれ!力をとめてくれ!
ミアはいるはずのジェニーに呼びかける。
大人達や子ども達は星の力を解放した影響で気を失っている。
(あたしはいらない。あたしは消えなきゃ。あたしは、誰からも必要とされない。)
違う!君は必要だ!僕は君がいるからここにいられるんだ。ここの子ども達も大人も、君の事を大事に思っているから、どれだけ失敗をしても、迷惑をかけても、ここに居させてくれただろう!シスター・リリィだって…
(いや!あの人の話は聞きたくない!あたしの事もわからないくせに!)
星の力が更に強くなる。体から力が抜け、ミアは立っていられなくなる。
ジェニーが命を削りながら星の力を使っているからだ。
ジェニー。君はいつまでそうやって閉じこもっているんだ。
誰からも必要とされていない?彼らの気持ちが君にわかるもんか。君は、自分は何もできないお荷物だって思い込んで、勝手に心を閉ざしていたじゃないか。僕は、君のそばで彼らを見続けていたよ。君に声が届かない数年間、それしか出来なかったから。
彼らはいつでも、僕らに愛をもって接してくれていたよ。お荷物だなんて、言われた事ある?
(…あなたは、何も出来ない子ねって、もう触るなとか、これはやらなくていいとか…)
君が心配だったからだよ。大人達は君が怪我したりしないように、子ども達は君を手伝っていたんだ。言葉がきつい事もあったけど…
ジェニーは完全にミアとの話に集中している為、先程から子ども達を外に連れ出している存在に気付いていない。
このまま気付かれないように、全員をここからだしてあげられれば…とミアが思った瞬間。
(シスター・リリィはあたしに気付きもしなかった。大好きだったのに…!あたしが要らなかったからでしょ!)
しまった、と思った時には遅かった。
力は更に強くなり、外からは一切干渉できなくなったようだ。残っているのは…気を失った、シスター・リリィだけだった。
ジェニー、聞いてくれ。
これは大きな賭けになるな、とミアは思いながら、慎重に言葉を選ぶ。
言っていなかった僕が悪かったね、ごめん。
シスター・リリィだけは僕の存在を知っていたんだ。
(…どういう事)
実は、君が寝ている間だけ、僕は体を使えたから、たまに、この体で動く練習をしていたんだ。
その時にバレてしまって。
シスター・リリィはすぐにジェニーじゃない事に気付いたんだけど、僕は名乗らなかったんだ。
君に僕が表に出てきているのを知られたくなかったし、もっともっと君に僕を知ってもらってからの方が体を使う事を君が不安がらないと思っていたから。
シスター・リリィはそれを分かってくれたから、君に何も言わなかったんだ。
(そんなの、嘘。だって、帰ってきた時は気付いてなかったじゃ、)
「…リリ?無事…なの?」
背後からシスター・リリィの声が聞こえた。シスターが気が付いてくれれば、というミアの願いが通じたらしい。
シスター・リリィの声に、ジェニーはハッと思い出す。
『あたしたち2人だけの時は、 あなたの事をリリ、と呼びましょう』
(そっか、だから帰ってきた時、ジェニーって呼んだのね。ミアの事をジェニー、アタシの事を、リリって、呼び分けてくれていたのね)
「あら、あなたは…もう1人のジェニーね。…リリ、あなたにはまだ、ただいまが言えてなかったわ。ねぇ、いるのでしょう?抱きしめさせて。」
安心したミアはジェニーに体のコントロールを渡した。
(僕自身、君の事を心配し過ぎていたんだ。そのくせあまり歩み寄れていなかったね…焦っていたんだ。ごめんね、ジェニー。)
「シスター・リリィ、ごめんなさい。…ミア、ごめんね。皆、ごめんなさい。」
ジェニーはシスター・リリィに抱きつき、涙を流す。
その瞬間、孤児院を囲んでいた風は消え去った。
全身細かな切り傷だらけのゾエは力を使い果たして動けなくなったリオを背負っている。
カノンは孤児院の人達全員を一旦病院に連れて行っている。
「ゾエ。すまん…ありがとう。」
「一瞬本当に死ぬかと思ったけど、なんとかなってよかったな。…双子座は、俺たちが預かる事になる。こっからがまた大変だな。」
確かに。この孤児院を出て、着いてきてくれるのやら。また癇癪を起こされたらたまったもんじゃない。
「まぁ…大変かもしんないけど、あいつは自分で心の壁を破って出てこられる強さを持ってる。ここでの別れも、受け入れられる強さがあるよ。」
シスター・リリィと手を繋いで壊れかけた孤児院から出てきたジェニーとミアは、晴れやかに笑っている。
1週間後、笑顔で皆に別れを告げるジェニーの姿に、シスター・リリィは涙を流していた。ユージンはわんわん大泣きして、ジェニーを抱きしめる。
「いつでも戻っておいでね。あなた達は、大事なわたしの家族よ。」
シスター・リリィが頭を撫でてくれる。
「ジェニー、おれっお前っの、事、嫌いじゃなかったんだかっなっ…」
ユージンはしゃくりあげながら、涙でぐちゃぐちゃの顔を笑顔にしてくれた。
「「ありがとう。シスター・リリィ。ユージンも。皆、大好きだよ!」」
ゾエ、リオ、カノンは満足そうにその光景を眺めながら、心地よく吹くそよ風に目を閉じた。
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