第4話 瞬間、心、重ならない

 肉体と魂は同一のものか。それとも、別の存在なのか。

急転直下の閑話休題、当初の予定はどこいったのか、私の問いに、明らかな動揺を示す奴。

尤も、それも無理からぬ事であろう。

こんな無理難題をいきなり振られてスラリと答えられるなら、ソクラテスにでもなるがよい。

文芸部より哲学者になった方が人類の為というものだ。


「やれやれ……連想みたいな件(くだり)から、急に話を振るの止めて下さいよ。ボクにだって、準備ってものがあるんですから」


「それは失礼。でもキミ、少し油断していただろ?私は君の虚を突いたまでさ」


「味方の虚を突いてどうするんですか……」


「で、キミの感想を聞きたいな」


「そんな期待と羨望に満ちた感じで聞かれても……そもそもボクは、そんな言葉遊びにさして興味がないですよ。だって、魂の証明なんて出来ないんですから、ボクは肉体が生きていれば魂は生きている、肉体が死んでいれば魂も死んでいる――そして肉体が停止しているなら、魂もまた停止していると思いますよ」


「魂が停止している?」


「言っているボク自身も、よく解らないですけどね。現状、そう表現するのが適切、というよりも、これ以上の表現をボクは出来ないので。だから、魂は生きるし死ぬし、時に活動を停止もすると思います。例えば、寝ている最中なんかは、完全に魂が停止している立場を、とりたいですね」


「それはなぜ?」


「貴女の言葉を借りれば、その方が楽しめそうだからですね」


「そうか、楽しむ事は良い事だ。ところで、キミの理論だと、寝ている時は魂が停止しているようだけれど、夢についてはどう思うんだい?」


「夢……ですか」


 電話の先で、うぅむと長考する間、私はただ待ち惚け。でもいいさ。『待つ』事は慣れている。

時間にすれば一分ぐらい、体感的には三分ぐらい、長い沈黙を破り、電話越しの奴が再び話し始めた。


「魂の幻視……と言うのが、一番しっくりきますかね」


「幻視?成程、面白いね、その考え方は」


「魂――いいえ、正確には肉体の体験的な記憶が夢の発露となって起こるのではないでしょうか。夢の世界で起こる不可思議なもろもろは、少なくともボク自身が見聞きした体験によってのみ見る事が出来る。言い換えれば、体験しなかったら、いっさい夢に見る事もない。肉体と魂の同一を立場とするボクの考えとしては、現状これが一番良いかと思いますが……どうでしょう?」


 どこに正解がある訳でもない難題だ。

私に同意を求められても困るのだが、幻視という新たな見解は、私にとって新鮮であり、肉体と魂は同一であるという違う主張を持つ意見に対して、素直に感嘆せざるを得なかった。


「キミも高校に入って、随分と柔軟な発想を持つようになったんだね。私は――いいや、私含め、特に日本人は議論が下手だから、自分の主張に同意して貰う為に議論するのが常だ。敵対する意見に対しては、愚かしいほど壁を張り、相手の主張の隙を穿っては理論の破綻を目論むものだ。でもキミは、私の主張を破綻させる気もないらしい。あくまで淡々と、自分の考えを披露するだけ。同意を得るにも争いの気持ちは微塵もない。会話下手なキミが、よくぞ変わったものだ。一時期なんかは、世の中に失望して拗ねまくる、まんまクソガキみたいな奴だったのに」


「変わったというのも、誉め言葉として受け止めておきましょう。幸い、ボクには人生の転機ともいうべき出会いが、高校でありましたから」


「おや、恋バナかな?キミの口からそんな話題が出るとは思わなかったよ」


「そうですね、以前の僕なら、恋愛なんて惰弱な奴らの、一時の気まぐれと唾棄したものでしょう。でもボクの狭量な精神は、文芸部の先輩――おぉ、口にするのも憚られる神々しさですが、光照らす御魂に触れた刹那、その穢れが瞬く間に消えてしまいました」


「ほほう、随分入れ込んでいるんだねえ、その彼女に」


 彼女、という言葉に、電話越しのクソガキは明らかな動揺を示した後、逸る動悸を隠そうともせず捲し立てた。


「彼女!彼女と!?そんな表現は止めて下さい!ボク如きが、あの方との関係をそのように表現するのは、余りにも身の程を弁えない蛮行です!先輩が姫なら、ボクはペットの猿に集(たか)るノミ。全てにおいて、ボクと先輩にはそれ以上の隔たりが存すると言っても、謙遜ではないでしょうね」


「ははぁ、それはまた随分な先輩なんだねえ。因みに私と先輩、どっちが可愛い?」


「……フフ」


 今の笑い、何?凄くムカつくぞ。


「そんな事、言うまでもないじゃないですか。ドブ鼠をいくら洗っても、ハムスターの愛らしさには敵わないでしょう?生まれついての格が、違うのです」


「……そこまで断言するなら、今度そいつ連れて来いよな」


「連れて来るのは吝(やぶさ)かでもないですが……」


「なによ、その含みのありそうな言い方は」


「いえ別に。ただ、その粗暴さが先輩に悪影響を及ぼさなければと懸念しまして」


 実に可愛げのない奴である。


「まぁいいさ。キミが元気そうで何よりだよ。ところで、そろそろ本題に入ってもいいかい?」


「結構ですよ。そもそもボクとしては、最初の段階から手短にお願いした筈ですが」


「それはそうだったね。それじゃ、キミには一仕事して貰うよ」


 久方振りの会話に、浮かれていたんだね。要件を、切り出したくなかった。

いつまでも、他愛無い会話を続けたかった。

でも、そんな私の我儘も、もう充分であろう。

当初の要件――私の作曲と同時並行して、奴に小説を書いて貰おう。

投稿してもすぐさま埋もれるネット社会の弱肉強食、正攻法で勝負しても勝ち筋は見えない。

飽和社会において、個人の力など限界がある。もはや一人の力でどうにかなるものではない。

余命幾何、手段を呑気に講じている段ではないのだ。

少しでも検索に引っかかるよう、あの手この手を使うしかない。

SNSも活用しよう。私は見ての通り、根暗で友人もいない。

華々しく高校デビューを飾った奴にやらせるのが、丁度良い人選というものであろう。

他力本願は私の真骨頂だ!

 

結果――全く伸びなかった。

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