第3話 私の戰い
前途多難だ。三途の川の橋渡し、漕ぐ手休めず作曲に精を出すのは立派だが、残念ながら努力に対して結果が絶望的に伴わない。
予測はしていたが、実際不遇に見舞われると、なんだか私以外に責任を転嫁したくなる。
えぇ、解っている。そんな行為に意味はないって。
でもね、理屈じゃねーんだわ。
感情抑えて作曲出来る程、心まで年老いたつもりはない。心はいつまでも――どころか、現役バリバリ17歳だ。
世の不条理な理(ことわり)に対して達観するには早すぎるというもの。
そもそも、年相応の精神で何が悪い。
変に大人びたつもりを気取っても、次第にボロを出すのは目に見えている。
私という人間は、そうも器用に出来ていない。
精神年齢は、学校みたいに飛び級が出来るものではないだろう。
時間と共に熟成し、環境によって最適化をするものだ。
少なくとも、私を取り巻く病院という環境下で、大人の階段を一足飛びに駆け上がったところで疲れるばかりで何もない。
そんな無駄な労力を、大人になるという抽象的な努力に注ぐぐらいなら、私は全精力を作曲に費やそう。
まぁ、費やした結果がこれなんだけどね。
はいはい、ここが今回の一番面白いところですよー。
後は全部愚痴ですわ。
ほら、作曲始める前なんかは、人の評価は気にしないなんて、クールな事言っていたでしょ?
でもね、自信作を作っても、誰の評価も伴わなければ、それは無いのも同義だったんですわ。
これは良い出来でしょ!と一人で自画自賛したところで、音楽という芸術を創作する以上は私含む二人以上からの評価があって、初めて価値を生み、本当の意味での自信作と言えるのではないか。
であれば、私だけで満足した作品なんてものは、小学生が考えた最強の超人(笑)みたいなもので、ただでさえ死にゆく私の孤独を深める虚しさしか、このままでは残らない。
あぁ嫌だ、なぜ神様は死者に鞭打つような真似ばかりなさるのか。
平々凡々の安穏とした日々でさえ、少ない余生に送る事は許されないのか。
もし、私が作曲の孤独に気付かぬ愚鈍であれば、いくらか幸せだったでしょう。
だって、愚鈍であれば自慰じみた自己満足でもって、私の作曲人生に早々ピリオドを打ったでしょうから。
でも、幸いというか、却ってそれが不幸な気もするけれど、私は愚鈍には徹しきれない半端者であった。
まだこの世に未練を残している。私の作曲は、未だ完成していない。
以上、愚痴終わり!この章全部愚痴で埋めてやろうかって怨嗟の気持ちに変わりはないが、こんな非生産的な事に時間を割くのも今は惜しい。もっと未来志向に行こうじゃないか。
私は久々に携帯をとって、家族以外は殆ど登録されていない――けれど唯一というか、近所に住んでいたガキの電話番号だけは知っていたので探してみた。
携帯から連絡先を探すだけでも難儀するあたりに私の交友録の狭さが窺えるだろうが、今はそんな自嘲をしている余裕はない。
このガキ――と言っても、ガキだったのは昔の話で、二つ下だから今は高校に入学している筈である。
東京の高校に入学したと親が話しているのを聞いているから呼び出すには都合も良い。
奴は私の数少ないカプセル怪獣だからね。
おっと、いたいた。早速電話してみよう。プルルルと例の音を数秒発した後、奴は出た。
「もしもし」
「やぁ、久しぶり」
「ほんとに久しぶりで、相変わらず急ですね。どうしたんですか、ボク、今は忙しいから出来れば手短にお願いしたいんですが」
「おやおや、数年合わないうちに、随分と口が達者になったんだね。少し前までは、おねーちゃんおねーちゃんって、鬱陶しいぐらいに引っ付いて離れなかった癖に。寂しいねえ、たまの頼りをしてみれば、こんな仕打ちだもの。さぞ高校は忙しいでしょうよぉ。えぇ、私みたいに高校にも通えない人間には、サッパリ共感出来ない感情ですけどね、羨ましいわ、キミが」
「……解りましたよ、ゆっくり聞きますよ。数年振りに連絡寄越したかと思えば、いきなりウザ絡みですか」
「ウザ絡みとは失敬だな。私の余命が短いぐらい、キミも承知しているだろう?本当のところ、このまま誰にも知られる事無く息をひき取るつもりだったが――事情が変わった」
「それはまた、随分と気まぐれを起こしたんですね。ボクはその栄誉にすがる事が出来たようですけれど、一体なんなんです?その事情とは」
「キミはせっかちだな。久々の会話を楽しもうとかは思わないのか?私は思うぞ、何せ日常会話が出来る友人なんて、数えるのも阿保らしいぐらいに久しぶりだからね。いやいや、世の中世知辛いとは言うけれど、実に薄情なものだよね、キミも含めて」
「……度々ボクに毒を吐くのは憂さ晴らしですか」
「そうかもしれないね。でも許してくれよ、私だって憂さの一つも晴らしたくなる境遇さ。若い身空で病院暮らし、知り合いと言えるのも、家族を除けばキミぐらいしかいないんだ。とすれば、キミが私の愚痴を聞くのも、半ば義務のようなものじゃないか」
「いいえ、絶対にそれは違いますね」
「そんなもんかなぁ」
なかなか強情に育ったじゃないか。昔なら、理不尽も押し切れば肯定していたのに。
しかしながら、こんな取り留めのない話が、今は何か――良かった。
生まれながら背負った罪悪も、他愛ない会話の中では麻痺し、どこまでも冷徹な現実の悪寒を、少しでも和らげてくれる。
一人だけでは寒いけれど、二人いれば温かい。
だからだろうね。人は弱いから温かさに負けて、生きるのも苦しい世界に子供を作ってしまう。
私はこの業から、もうじき解き放たれるけれど――いいや、そう思っているだけで、原子単位の肉体は、私が消滅した後も地球の質量を委細変える事無く存続し続けるだろう。
であれば、私の消滅は何を以て消滅とするのか。
死は、本当に私の全てを消滅させてくれるのか。
仮に私が凍結せられ、未来の世界に息を吹き返すとする場合、それが三日後であれ、百年後であれ、凍結している時間帯というものは、肉体的にも精神的にも、生きているのか?はたまた、死んでいるのか?
肉体も活動を停止している。
だが、未来において生き返る保証が、仮定の中とは言え確定している以上、死んでいるとは言えない。
でも、生きているとも言えない。
全ての活動を停止した肉体は、魂の憑代でしかなく、その魂が、凍結という外的要因ではあれど、その意識を断絶しているのだから、精神はいったい、どこに生きているというのだろうか?脳の中に、精神――ここでは魂としよう。
魂は宿るのか?
であれば、肉体の停止を以て、魂は一度『死』を迎えた事になるのか?
いいや、未来に生き返る肉体なら、死と定義するのもおかしい。
「という訳で、キミはこの場合、魂の死についてどういう立場をとる?」
「……え!?いきなりボクに振る?」
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