第2章

キュクロプスの里攻略作戦

謎の家政婦現る

ヘレナの誕生日会を終えた後、ヨハネスは俺たちが幽閉していた使い魔を受け取ると、これ以降は干渉しないと言い残し帰っていった。

自分の娘が魔王と名乗っていることに対して父親として含むことはあるようだが、魔王城を去る時の表情は少しだけ肩の荷が下りたかのような、どこか安心しているような様子だった。もっとも俺が父親だったら絶対に安心はしないが。


ヨハネスが去った翌日、ヘレナは今後の闇の軍勢の活動における指針を表明したいと言い出し、俺たちはいつも通り会議室こと食堂で話し合うことになった。


「さて、ウィルマーよ。まずは振り返りと行こうかの。我が軍は当面の目標であった大魔王を退けることに成功したわけであるが、これに対して何か意見はあるかの?」


「はい。3つほどございます。」


「ほう。3つとは意外であるな。忌憚なく述べるがよい!」


魔王陛下がそう言って意見を促す。

一体何が意外だと言うのか。寧ろ魔王陛下自身は思うところが無かったのだろうか。


「1つはヘレナ様とヨハネス様の関係を事前に周知いただかなかったことです。後に謝罪いただきましたが、こちらの事実の共有がもっと早ければ、他にもやりようはありました。」


ヘレナが「うっ……」とバツが悪そうに顔を背けるが俺は構わず続ける。


「2つ目はヨハネス様の具体的な目的の共有がされなかったことです。後にご本人が仰っていたようにヘレナ様の身の安全の確認と実家への連れ戻しを考慮に入れての監視だったと判りましたが、“ヘレナ様を狙っている”などと言われれば当然、誤解を生みます。毎年、誕生日に魔王城を訪れるという情報もあれば、無駄な緊張は避けられました。」


「そして最後に、先ほど2つの事情があったとはいえ、ヨハネス様来訪の際に単身で出向かれたこと。もし、来訪者がヨハネス様を騙る敵であった場合は御身に危険が及ぶ可能性がございました。以上です。」


俺が今回の反省点を語り終えると、魔王陛下はテーブルに突っ伏して不貞腐れていた。そして口を尖らせて反論する。

まるで子供のようである。


「……そ、それは確かにお前の言うとおりであるが、妾の悪い所をサポートするのも軍師の務めでもあろう?妾だけに責任を押し付けるのもどうかと思うぞ……。」


「ええ。そうですね。私もヘレナ様のことをもっとよく知ろうとするべきでした。今回はこの点を深く反省して事に臨もうと思っております。あと、会議中に机に体を乗せるのは上に立つ者として行儀が悪いのでやめてください。」


俺がそう言うと、卓上にだらしなく体を預けていた魔王陛下は勢いよく背筋を伸ばしてまた顔を上げた。

素直な部分は相変わらずで安心した。

俺は手前から出された珈琲のおかわりに口をつける。

いつもと味が違うが、風味が豊かで苦みが強く酸味が無い。俺好みの味だ。


「ならば反省も済んだことであるし、次の議題に移ろうぞ!!!」


「……はい。お願いします。」


これ以上、責められるのを避けたかったのか切り替えが早い。

反省からの立ち直りが早いのは良いことだが、ちゃんと教訓にできているのだろうか。学校のホームルームの振り返りとかあったら寝てそうだなこいつ。


「うむ!!軍備も整いつつあることだし、妾は今後、敵情視察に行きたいのじゃ!無作為に魔物を派兵するだけでは成果が出なかったことの反省を活かすのじゃ!」


早速、過去の反省を活かして魔王陛下が議題を掲げる。

だが同時に、魔王陛下は敵の情報を揃える前に軍隊を作って宣戦布告していたらしい事実が発覚する。

なぜそれで世界を敵に回そうなどという覚悟があったのか。

あとで小一時間ほど問い詰めたい。


「……今まで敵情視察していなかったんですね。ちなみにその敵とはどこを想定しているのでしょうか?」


まさか、また世界とか言い出さないだろうな。

侵略のため、5年の歳月をかけて作成された億を超える兵力は無駄に良質な毛を量産する蹴鞠と踏めばネチョっとした感触のある加湿器である。

そして、なんら脅威と見なされなかったそれらの生物は俺の解雇宣言により、総勢退役済みだ。

侵略の結果が同じならまた、頭のおかしい科学者か何かのイタズラで済むかもしれないが、中途半端に戦力が整っている今なら早々に敵対視されて袋叩きにされかねない。


「よくぞ聞いてくれた!今回は魔王城に近い場所を住処にしている種族から順番に掌握していくのじゃ!」


「場所が近いといえばダークエルフですか?」


「……いや。パパ上の所は一先ず後回しじゃ。」


ダークエルフの集落は魔王城からそう遠くないはずだが、ヘレナは嫌なものから顔を背けるようにそっぽを向いた。

流石に父親と同族のいる場所を侵略するのは気が引けるのだろう。


「キュクロプスの里を当面の目標とする!!!」


「キュクロプス。確か一つ目の巨人でしたっけ。」


「うむ!よく知っておるのう!彼奴らは図体はでかいがノロマで阿呆と聞く!妾とウィルマーがいれば楽勝じゃ!」


「……本当にそうですかねぇ。」


「大丈夫じゃ!!!」


ヘレナが自信満々に胸を張って宣言する。

こうして、魔王陛下の異論は絶対に挟ませないという強固な意志により、次回の進軍目標が半ば強制的に決まった。

まあ、敵情視察程度なら問題ないだろう。

この時はそう思っていた。


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「ところで、ウィルマーよ。」


「はい。何でしょうか?」


俺たちは会議と食事を終えていつものティータイムに入っていた。

今回はゼリーのようなデザートと柑橘系の香ばしい香りのする紅茶のような飲み物付きである。いつもより豪勢であった。


「さっきの会議の時の飲み物もそうであるが、この料理を出したのは誰なのかのう?」


「え?いつも陛下が手ずから用意してくださっているのではないのですか?」


「いや、今日は妾は何もしておらん。今日はただ出されるから、便利だのぉと思って黙っておった。」


晴天の霹靂のような事実がヘレナの口から発せられ、口に付けたカップを素早くソーサーの上に戻す。

俺たちは誰が出したかも判らないような物に平然と口を付けていたのだろうか。

というか気づいていた癖に無警戒にもほどがある。

呑気に「便利だのぉ」とか思ってんじゃねぇ。

額に脂汗を滲ませた知らない人に「おじさんの家で飴ちゃん食べるかい?」とか言われれば平気で付いていきそうである。

俺はこの魔王が自衛できるだけの力を持っていて心底安心した。


「気付いていたのなら早々に仰ってください……。」


「うむ。すまんな。もしかして、先程からずっとお主の後ろにいる奴が用意してくれたのかのう?」


俺は慌てて後ろを振り返る。

背後にはまるで最初からこの城に仕えていたかのように女給の服を着た何者かがいた。目が合うと丁寧に頭を下げられる。

女給はオオカミのような顔に鳥のような長い嘴を持ち、手はクマのようで、足は鶏のような統一性の無いチグハグな外見をしていた。

少なくとも人間ではないということが見て取れる。


「魔王様、この者はいつから……?」


「む?大魔王が帰ってからずっとお主の後ろにいたぞ?おい、そこの者。名を名乗るがよい。」


俺はこの得体の知れない侵入者に昨日からずっと背後を付けられていたらしい。

どうしてこの屋敷の主である女は何も疑問に思わなかったのだろうか。

来るもの拒まずの姿勢にも限度というものがる。

再度、侵入者の方に視線を移すと侵入者はしわがれた声で名前を名乗った。


「カミラと申します。」


「うむ。カミラと言うのか。妾はヘレナでそこの者はウィルマーじゃ。これからもよろしく頼む。」


「ちょっと待ってください!まだ、この人の目的が何かも判っていないのに順応が早すぎませんか?」


何がよろしく頼むなのか。

スパイ行為だったらどうする。

どうぞご自由にスパイしていってくださいってか。笑えねぇ。


「目的など決まっておろう。先ほど確信したが、此奴はキキーモラという幻獣じゃ。働き者の家に仕えるのじゃ。家の者がよく働く限り、益はあっても害は無い。」


キキーモラ。要するに座敷童とかブラウニー、シルキー、ハウスエルフとかに並ぶ家に憑くとか言われる類のあれか。


「左様でございます。奥方様。」


「な!?何を勘違いしている!?お、奥方様など、ま、まだ気が早いわ!!!」


カミラがヘレナの言うことに食器をひっくり返しながら食いつく。

カミラはそれを見ると、瞬時にテキパキと掃除を始めた。

確かに害は無いのかもしれない。

ただ、俺はまだ信用したわけではないので要監視対象に加える。

いざとなれば、落とし穴でこんがりと焼こう。


ちなみに、我らが魔王様はいうと、まるで母親に手を焼かれる子供のように、カミラの手際に見入っていた。

違う。そうじゃない。

俺の思っていることと裏腹にまた事が進行していくのであった。

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闇の軍勢の夜明け ――無能魔王アジヌスによる混乱と災害の記録―― 岡矢 射懐 @a97120k

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