大魔王の憂い

「いやはや。ヘレナよ。まさか娘の屋敷に訪れて命の危機を感じることになるとは思いもよらなかったぞ……。」


「妾は新たに軍師を雇ったのじゃ。まさか、妾の父たる大魔王を仕留めてみせるとはのぅ。流石はウィルマーじゃ。妾の見込み以上の働きぞ。」


「ほう。軍師とな……?」


食堂でヘレナと大魔王が仲睦まじく会話をしている。

石壁と燃え盛る炎に阻まれ、大穴から脱出できなかった大魔王はあと一歩で死ぬ所であったらしい。

俺はヘレナの言葉を聞くと、すぐに石壁の兵を退けさせた。

そして、満身創痍となった大魔王は速やかにヘレナによって治療された。


「紹介しよう。妾の闇の軍勢が誇る軍師。ウィルマーじゃ!!」


突然、話の流れでヘレナから特大のボールが回ってくる。

さっきまで自分が本気で殺しかけた相手に自己紹介をするなど、後で目を付けられてもおかしくはない。

本当にこの人は何を考えているのだろうか。


「……お初にお目にかかります。大魔王陛下。私は闇の軍勢が軍師。ウィルマー・クレインと申します。先ほどは私の飛んだ勘違いで無礼を働いてしまい、大変申し訳ございませんでした。差し出がましいかもしれませんが、我が命以外であれば、私の可能な範囲でいかなる報いも受けましょう。」


俺は渾身の謝罪を混ぜつつ出来る限り、畏まって挨拶をした。

大魔王は俺を品定めするように目を細めじっと見つめると、カカカと快活に笑って自身の身分を明かした。


「ご丁寧な挨拶痛み入る!軍師ウィルマーよ!私はダークエルフの一族が族長。ヨハネスだ。既にご存じの通り、ヘレナの父でもある。先ほどの罠は貴殿の手引きによるものかね?あれは実に見事であった!久しぶりに肝が冷える思いであったぞ!!」


ヨハネスはそう言って、また愉快そうに笑う。

殺そうとした側で図々しいがとりあえず、恨まれていないようで安心した。

しかし一体、この男はあの地獄の入り口のような穴に閉じ込められたことの何が面白かったのだろうかと俺は考える。心当たりは無かった。

一種のアトラクションだとでも思ったのだろうか。

死の危機が迫るようなアトラクションなんて太陽系連合にあったかと記憶を掘り起こすがやはり存在しない。

考えても終わりが見えないので、この男が何か特別な感性をしているのだろうと思考を停止することにした。


「ところで、なぜ君は私を敵と見做したのかね?」


ヨハネスがこればかりは解らないとばかりに質問する。

彼らの間で剣を相手に向けるのは敵対行為ではないのだろうか。


「私はヘレナ様に仕える身でございます。そのため、ヨハネス様が剣を抜いてヘレナ様にそれを向けた折、ヘレナ様の命を脅かす敵対行動だと判断いたしました。」


ヨハネスは自分の行動を振り返るかのように腕を組んで数舜の間黙り込む。

やがて、得心したように口を開いた。

そんなに悩むようなことなのだろうか。


「……おお!そうか!あれは主君の身の危機を感じての攻撃行為だったのであるか!関心であるなぁ!だが、ウィルマー君よ。娘の誕生日に剣をプレゼントしようとしただけなのに攻撃をするとは少々、やりすぎでないか?」


「……え?」


不意に現れた未知の情報に脳の処理が追い付かず、俺は呆けたように固まる。


……プレゼントってあの剣がか?

ヘレナが言ってた“あの日”って自分の誕生日のことか?

もしかして、この父親はその為にお祝いに来たとでもいうのか?

いや、それ以前に生きている相手の目の前で剣を抜いて抜身のまま献上するデンジャラスな習わしなど、俺の知る限りは存在しない。

せいぜい知っているのは昔の地球の後漢という王朝で、皇帝廃立の暴挙に出た将軍の背後からの暗殺に失敗し、やむなく抜身の剣を献上品だと偽ってその場を切り抜けた男がいたことくらいだ。もっとも、それも作り話の可能性が高いらしいが。


「おおう!!そういえば、ウィルマーには今日が妾の誕生日だと伝え忘れていたのじゃ!」


「むむ!!なるほど!!それでウィルマー君は勘違いしたというのだな!!それは仕方あるまいな!!」


「うむ!!そうじゃとも!!ウィルマーは妾の配下の中で最も賢く用心深いからのぅ!」


俺を置き去りにして魔王親子が話を進めていく。

こいつら本当に似た者同士だな。


「そうかそうか!!これで納得が言ったぞ!ささ、ウィルマー君も席に着きたまえ!お互いの事情も判ったことであるし、ヘレナの誕生日会を始めようではないか!」


「楽しみじゃのう!!ウィルマーも早う座るのじゃ!」


「……それでは失礼いたします。」


俺は魔王親子に勧められてやむなく席に着く。

ヨハネスは懐から小袋を取り出すと、そこから豪勢な料理が卓上へと並べられた。

やはり、本人の言う通りヘレナの誕生日を祝いに来たらしい。


「本来なら里の皆総出で祝うために私が代表してヘレナを呼びに来たのだが、本人が頑なに断るのでな!今日はここで盛大に祝うとしようではないか!!」


こうしてヘレナの誕生日会が行われることになった。

色々と気を揉んでいた自分が馬鹿らしく思えたが、まあ平和的に物事が収束しそうなのは最良の結果なのだろう。

戦わないことこそが一番の戦略とも聞く。

俺は気持ちを切り替えてグラスを取ると、我らが魔王陛下の生誕を祝う宴に参加した。


「ヘレナ様。遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます。」


「うむ!!これからもよろしく頼むぞ!ウィルマーよ!!」


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用意された料理も底をつき、宴もたけなわになった頃、ヨハネスは俺たちに向けて、とんでもない質問をした。


「ところで、二人はもう婚約しているのかね?」


「……なっ!!何を言うか父上!!わっ、私がウィ、ウィルマーと婚約するなど、ま、まだ早いであろう!」


一城の主の誇りと尊厳はどこへやら、酔っぱらってテーブルに突っ伏していたはずのヘレナが急に起き上がり否定する。

起き上がった衝撃で倒れたグラスの中身がテーブルを濡らした。


「……いえ、とんでもございません。私はただ、流れ着いた身をヘレナ様に保護してもらっただけでございます。多大なる恩義は感じておりますが、そのような気は毛頭ございません。」


「……確かにそうであるが、そこまで否定せんでもよかろう……?」


俺がヘレナとの関係と俺自身の気持ちをきっぱりと述べると、ヘレナが悲しそうな顔をする。

多分、女としてのプライドが傷ついたのだろう。

だが、周囲へもしっかりとした線引きがあることを知らしめておかなければ、軍の規律に問題が出る可能性がある。

誤解を生むようなことはあってはならないと思った。


「む。そうか。勘違いをしてすまなかったな。いや、娘も年頃なのでな。魔王なぞという馬鹿な真似事はやめて、そろそろ相手を見つけるべきだと思っておるのよ。里の者にも娘を嫁にもらいたいと思っておる者はおる。」


「大魔王の里の連中とは絶対に嫌じゃ!!!」


ヘレナが迷いなく否定する。

我らが女王陛下はどうやら、ダークエルフの男は婿としてお気に召さないらしかった。


「そうであれば、なるべく早めに相応しい相手を見つけるのだな。それと、何度も言うが、私は大魔王を名乗ったことなどは一度もない。誕生日の日くらい、私のことはパパと呼びなさい。」


ここで初めて知ったことだが、ヨハネスは大魔王ではなかったらしい。

俺は恐らくヘレナが魔王を名乗り始めた頃に、ヘレナの中でパパから大魔王に自動的に昇格させられたのではと推測した。

人騒がせな魔王様である。


「……しかしのぅ。パパ上よ。妾には魔王としてやらねばならぬことがあるのじゃ……。」


「身に余る壮大な計画もほどほどにしておくのだな。」


パパ上こと、ヨハネスはそうしてグラスに口をつけると、物思いに耽るようにそれきり押し黙った。

ヘレナは起き上がったかと思えばまたテーブルに突っ伏していた。


「それでは、ヨハネス様。ヘレナ様はもう限界のようなので、寝室へと送ってまいります。本日はヘレナ様の為にお越しいただきありがとうございました。ヘレナ様に代わり、心よりお礼申し上げます。」


仕方がないので、俺は眠気が限界に達したヘレナに歯を磨かせてから寝室へ送ることにした。


「ウィルマー君。」


ヨハネスがヘレナを抱える俺の背中に声をかける。


「はい。何でしょうか?」


首を回して後ろを振り向く。

ヨハネスは真剣な眼差しを俺に向けていた。


「娘をよろしく頼む。」


そう言って、頭を下げる。

そこには自分の娘を本気で憂うただ一人の父の姿があった。

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