大魔王襲来
俺たちが魔王城の軍備を整え始めてからおよそ20日あまりが経過した時のことだった。
物見役として、魔王城の上空に配置していた魔物を通じて魔王城全体に警戒警報が響き渡った。
俺はすぐにヘレナと合流すると、ヘレナは物見役との視覚共有で視認した敵影を見て敵の名前を口にした。
「ウィルマーよ!遂に来たのじゃ!彼奴が大魔王じゃ!!」
俺はヘレナが投影と呼ばれる魔法で中空に映し出された大魔王の姿を視界に収める。
大魔王はヘレナと同じように褐色の肌と銀色の長い髪を持つ壮年のダークエルフの男だった。黒毛の馬に乗り、悠々と魔王城へ向かってきている。
周囲に配下の姿は無いが、それが逆に圧倒的強者としての余裕の現れを体現しているかのようであった。
「ずっと鳴りを潜めていたのに意外にも早いですね。逆スパイ行為がバレたんでしょうか?」
「いや、その可能性は低い。シゲゾウはよくやっておる。彼奴が来たのは恐らく今日があの日だからじゃ……。」
「あの日とは何でしょうか?」
ヘレナが意味深なことを言う。
相も変わらず、重要な事柄についての共有というものがないのだが、今更なのでもうそれは置いておく。
「いいか、ウィルマーよ。お主も我が忠実な配下なれば、今日という日を努々忘れるでないぞ。今日はのう――」
「ヘレナー!!!いるかー!!」
“あの日”という言葉の意味の核心についてヘレナの口から説明がなされようとしたが、魔王城の前門から響き渡る声によってかき消される。
声の主についての心当たりはただ一人だ。
先ほど確認した時はかなり遠くにいたはずなのに、もう魔王城の前門にまで迫っていた。
俺は魔王城前門の防衛システムの起動にかかろうとするが、ヘレナの手により遮られる。
「よい。妾が直接向かう。これは妾が出向かなければならぬ問題なのじゃ。」
ヘレナは神妙な面持ちをして、そう語った。
「しかし!ヘレナ様はこの城の主であらせられます。軍師として仕える者として主に危険が――」
「大魔王よ!!妾はここにいるぞー!!!」
俺が曲がりなりにも臣下の責務として身を案じる言葉を投げかけようとするが、ヘレナはそれを無視して駆け出した。
「及ぶ場合は見過ごせません……。」
続くはずの言葉が誰もいない魔王城に残された。
この日のために、素人なりにも頭を巡らして色々と策を用意していたのにも関わらず、もう滅茶苦茶である。
取り残された俺は頭に乗っていた特大サイズのひよこを手に持つと、意味もなく話しかける。
「なあ、俺はどうすればいいと思う……?」
事態を把握できていないひよこは少し野太くなった声でピィと一声鳴くと首を傾げる。それを見て柄にもなく、ちょっと可愛いと思ってしまった。
ヘレナに毒されて最近親バカになってきたのかもしれない。
気が付けばニワトリ程の大きさになっていたひよこ、ことメラメラが俺の唯一の癒しである。
「まあ、解るわけねぇよな……。行くか……。」
俺はメラメラを頭の上に戻すと、ため息交じりで魔王と大魔王の決戦の場へ向かった。
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俺が魔王城の前門へ向かうと、魔王と大魔王の間で話し合いの場が設けられていた。
どうやら、この間にある程度の防衛機能の用意はできそうである。
俺は二人の会話に耳を傾けながら、悟られないように配下へと指示を出す。
ヘレナが俺たちを巻き込みたくないからといって、ただ黙って見ているわけにはいかない。
ここへ来てまだ短い期間だが、俺にもそれなりに愛着というものはあるのだ。
首元に隠した通信伝達用の小型の魔物から思念が配下全体へ共有される。
「ヘレナよ!私が今日なぜ、ここに出向いたか分かるか!?」
「無論だ。大魔王よ。」
二人の魔王の間に険悪な雰囲気が漂う。
向こうが何か動きを見せれば攻撃をする準備は整いつつある。
あとはもう少しだけヘレナが時間を稼いでくれることを祈るのみだ。
「それではなぜお前はここにいる!!!」
大魔王が怒りで顔を歪める。
それに呼応して周囲の空気が凍り付くように張り詰めていく。
生物としての格の違いがヒシヒシと肌に感じられた。
俺は一瞬、恐怖の感情に支配されうっかり先制攻撃をしかけてしまいそうになった。
「妾はもう魔王となったのだ。」
ヘレナは大魔王の怒りを前にしても怯むことなく、己が宿敵を見据えていた。
俺はヘレナが初めて魔王らしく振舞うところを見て息を呑む。
その姿は俺が今まで見てきた誰よりも美しく、気高く、威光に満ち溢れ、さながら群れを守るために立ちはだかる獅子のようであった。
「今日が何の日か知っておろう!!」
「二度も言わせるでない。よく解っておる。なにせ妾自身のことだ。」
「……そうか。お前はどうあっても聞かぬというか。」
「ああ。これだけは譲れぬな。」
そう言い放つヘレナには大魔王には服従しまいという確かな決心が見て取れた。
我らが魔王陛下がそう仰るのであれば俺たちのやることもただ一つだ。
「お前の心の内はよく理解した。」
「うむ。妾にも立場というものがあるのでな。」
大魔王はヘレナの返答を確認すると、帯刀していた剣の柄に指をかけた。
そして、剣を引き抜きヘレネに向けようとする。
ヘレナが腕を前に出して身構える。
「ならば仕方あるまい。この場で――」
だが、言葉を発して剣を向ける直前、大魔王は剣のみを残して地上から姿を消した。
「……な!?えっ!?」
「やらせるかよ。」
動揺するヘレナの横に並び、俺はメラメラに点火させた松明を放り投げる。
松明は大魔王が立っていた場所に空いた、大穴に吸い込まれ、目の前に地獄の入り口のような獄炎の窯が出来上がる。
「え!?ちょっ、ウィルマー、お前、何を……!?」
俺はすかさず、その穴を耐熱性に特化させた石壁の魔物たちに命じて塞がせ、更にその上にまた石壁の魔物たちを重ねる。
たちまち、魔王城の前には石壁でできた小高い丘のようなオブジェが完成した。
その下には大魔王を閉じ込めた獄炎の落とし穴がある。
「こんなこともあろうかと、侵入者用に可燃性の液体を溜めた落とし穴をいくつか用意しておきました。ヘレナ様も油断しないように。相手は大魔王ですからね。植物魔法の使い手とはいえど、この程度では仕留めきれないかもしれません。」
「えっと、あのじゃな――」
「大丈夫です。私たちは奴と戦う覚悟があります。だから一人でどうにかしようとなんてなさらないでください。」
俺はそういって、プルビアム(アルコール型)に命じて落とし穴の周囲に引火性の液体を散布させる。穴から脱出しようものなら、また炎で囲む算段だ。
ヘレナには及ばないがこれである程度の妨害は期待できるだろう。
そうして俺たちはじっと大魔王が次の手を打ってくるのを待っていた。
やがて、落ち着きを取り戻したヘレナが困惑したような顔で口を開いた。
「……あのな。ウィルマーよ。お主は妾の忠実な配下じゃ。」
「はい。そう言っていただき光栄でございます。」
「うむ。妾はお主をこの城の中で誰よりも信用しておる。」
俺は信用しているという言葉に思わず頬がゆるむ。
恐らく、仲間思いのヘレナは戦場に出てきた俺たちを心配してくれているのだろう。
俺はヘレナを心配させまいと極力、穏やかな笑顔を作り答える。
「はい。私たちもヘレナ様を大切に思っております。だから皆がこうして一丸となり大魔王と戦っているのです。」
「そ、そうか?そ、そう言われると妾も本望じゃのぅ。」
ヘレナがうへへとだらしない笑顔で笑う。
だが、また困ったような表情を作ると、言葉を続けた。
やはり、俺たちでは力不足だったのだろうか。
「だからこそ、妾は今、お主たちに言っていなかったことを後悔しておる。正直、いつも言葉足らずで申し訳ないと思っておるのじゃ。」
後悔?ここで死ぬ覚悟だったのだろうか。
それとも大魔王は俺たちの想像よりも遥かに強いとでもいうのだろうか。
「いいか。よく聞くのじゃ。」
ヘレナが話を続ける。
今のうちに逃げる準備も視野に入れるべきではないか。
相手の実力も判らないのに、それを始めから考慮していないなんて俺は軍師失格だ。
だが、自分を責める俺を傍らに、ヘレナは俺によく言い聞かせるような面持ちでこう言った。
「大魔王とは妾の父親のことじゃ。」
試用期間中の幹部が自主退職する時って退職願と辞表どっちがいいんだろうか。
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