闇の軍勢の軍備拡張計画
「いいか。お前の今日からの任務は単純だ。お前はこれから7日ごとに大魔王の所に向かい、ただ『魔王アジヌスはいつも通り阿呆なことをしております。』と報告するだけでいい。くれぐれも余計なことを勘繰られないようにしろ。」
「シゲゾウよ!!必ず無事に帰ってくるのじゃぞ!!!」
俺たちは屋敷の戸口でシゲゾウと名付けられた盆栽の魔物に指示を出す。
シゲゾウは枝葉を揺らして敬礼らしきものをすると、頭を下げて大魔王の所へ旅立っていった。
心なしか、その背中には戦場に向かう歴戦の兵士のような逞しさがあった。
「シゲゾウ……。上手くいくと良いのぅ……。」
ヘレナがシゲゾウの出立に涙を流す。
俺たちの考えた作戦はとにかく大魔王の襲撃を先延ばしにして、その間にできる限り、魔王城の軍備を整えることであった。
その為には奴のスパイを幽閉したことを悟られないように、ひたすら現状を維持すればよいと俺は考えた。
だから、俺はカチカチとメラメラを召喚した翌日、ヘレナに大魔王の配下と瓜二つの魔物を創るように注文した。
果たして、結果は上手くいった。魔法陣から召喚された魔物は大魔王の配下と瓜二つの容姿をしていた。
ヘレナにシゲゾウという古臭い名前を付けられた盆栽の魔物は我らが忠実なるスパイとなった。
シゲゾウは見たところ、他の連中よりも賢そうだ。
俺はもし、この任務が上手くいったら、シゲゾウを魔王軍の要職に推薦するつもりだ。
魔王軍は常に人材不足である。
「さて、シゲゾウも出立したことですし、改めて我が軍の体制を整えましょうか。」
俺たちはそうして、シゲゾウが時間を稼いでくれる間、これからのことを話し合うことにした。
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一通り、この屋敷について把握したところで俺はヘレナからこの惑星についての話を聞くことにした。
この世界に住まう種族のこと、国のこと、それからこの世界の現状。
長い間、自分たち以外の種族に不干渉を貫いてきた影響もあり、ヘレナにも知らないことは多いらしく、限られた知識と推測の範囲で物事が語られた。
そうして、俺の質問は魔法という超自然的な力についての説明に差し掛かった。
「ヘレナ様。魔法というものはどういった力なのでしょうか?」
「まず、基本的なことを説明するとじゃ。妾たちダークエルフが主に使う魔法は自然魔法と言うものじゃ。これは火や水、植物といった自然が生み出すものを己の力の範囲で自由に操ることができる力じゃの。妾ほどになると生命活動の操作もできるようになるぞ。」
「つまり、大魔王は自然魔法の使い手に分類されるということですね。」
「然りじゃ。その中でも彼奴は植物魔法に特化しているといったとこかのぅ。」
「自然魔法以外の魔法とは?」
「召喚魔法じゃの。お主にも披露したものじゃ。使い魔を創造したり、契約を結んだ精霊の力を借りることができる。前者は自分の想像上の者に肉体を与えるだけの素質と力が必要じゃが、後者は契約さえ結んでしまえば誰でも簡単に使うことができるのが特徴じゃ。使い魔や精霊を通して監視や偵察などもできるぞ。」
「そうなると、使い魔をいくらでも創造できるヘレナ様は素質と力に恵まれた魔法使いということになりますね。」
俺はヘレナの情報から導き出される客観的事実を述べる。
魔王陛下は顔を真っ赤にすると、机をバンバンと叩いて狼狽え始めた。
「よ、よせっ、真面目な話の途中にいきなり口説くでないっ!まさか、急に妾が類まれなる俊才で美しすぎる魔導士などと言い出すとはっ!お、お前の言うことは少しばかり大げさだわいっ!!」
物凄い勢いで褒めちぎられたかのように振舞っているが、彼女が謙虚にも否定している賛辞の言葉は全くもって幻聴である。
褒められることに飢えているのだろうか。
魔王陛下の仰る通り、真面目な話の途中なので俺は無視して質問を続ける。
「ところで、シゲゾウを通して大魔王の監視を行わないのはヘレナ様と同じように気付かれる可能性が高いからなのでしょうか?」
「う、うむ!妾が天才だというのもあるが、彼奴も同じように気が付く可能性は高いじゃろうな。」
「なるほど。ヘレナ様はそこまで配慮していらしたのですね。」
「ウィ、ウィルマー!?お前、ちと妾に気がありすぎではないか……?事実とは言え、妾が深謀遠慮の素敵な魔王様だなどと……。気持ちは嬉しいが、あんまりガッツきすぎると……モテんぞ……?」
今度は素直に感心していたのだが、ヘレナにはまた必要以上に褒めちぎられる幻聴が聞こえていたようだった。
この女の聴覚伝導路の一角には甘い匂いを放つ花壇でも設けられているのだろうか。
「それで、魔法は大別すると、自然魔法と召喚魔法に別れるということでよろしいでしょうか?」
また話が横道に逸れたので軌道修正する。
ヘレナは咳払いをすると、話を続けた。
「妾が知っている魔法はこれくらいじゃ。魔法は奥が深いからのぅ。種族だけの秘伝としているものもあると聞くが、他の種族とはあまり会ったことがないのでな。」
そう言ってヘレナが珈琲に口をつける。
「そうですか。それでは仕方ないですね。ご教授ありがとうございました。」
魔の真髄を極めた大魔導士ヘレナ様にも知っている魔法には限りがあるらしかった。
だが、大体の認識は共有できたのではと思う。
このあたりで俺たちは食事のため一旦、話を切り上げることにした。
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食事を終えた後は例のごとくまた、珈琲のような液体を飲みながらこれからの展望についての話し合いを始めた。
「ヘレナ様。これからは毎日、私のイメージを参考に新しい魔物を作っていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ。任せるがよい!」
「それから、いくつか魔王城を改築していただきたく思います。」
「むむ?気に入らないとこがあったかの?」
俺の見解だと、現状は適当な大きさの屋敷にタンブルウィードと水飴を各50個ほど野放図にばら撒けば、そこはもう世界に冠たる魔王城である。
決定的な違いは、そいつらが意思を持って動き回ることであるが、いずれにせよ外敵からすれば極めて無害だ。
なにせ、どこからともなく現れた余所者と2年近くもの間、寝食を共にしていた連中である。
「いえ、敵対者からの防衛のために仕掛けを施すのでございます。」
「ほほう!防衛とな。妾と精鋭たちがいるこの城は既に無敵じゃと思うが、妾が直々に軍師に指名したウィルマーの助言じゃ。そのお主が言うのだから妾もお主の進言を受け入れようぞ。」
防衛機能に自信があったようだが、城中どこを見回しても精強な兵士などはどこにもいない。
防衛機能とは、あの視界の端に時折、転がって現れる蹴鞠のことを指しているのだろうか。
どうやら、魔王陛下は自分の城の防備に疑問を抱いたことがないようであった。
「ご一考いただき、感謝いたします。」
「うむ!泥船に乗ったつもりでいるがよいぞ!」
ヘレナはそう言って、鼻を高くしてみせた。
ちなみに泥船とは地球の日本という国の昔話で勃発した老人を巡る獣同士の諍いの折、敗北した側が設計した耐水性皆無の船のことである。
そして、泥船で大海へと踊りだした獣はものの見事に溺死した。
俺は魔王陛下と共に魚の餌にでもなるのだろうか。
俺は改めて闇の軍勢の今後を憂うと共に、少しでも外敵から安心して身を守れるような設計案を練り始めた。
こうして、本格的な魔王城改築の日々が始まった。
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