闇の軍勢作戦司令部スパイ対策会議
俺がヘレナに注文したのは火を操る魔物だ。
大魔王は植物の魔法の使い手だとヘレナは言った。
植物はよく燃えるものが多いという単純な先入観もあり、簡単にイメージが湧いた。
この惑星にはもっと強い力もあるのだろうが、破壊力や威圧感を追求するのであれば、火を操る魔物は俺にとっても分かりやすくて良い。
あとはとにかく、戦力として充分な性能があれば他に求めることはなかったので、造形のイメージは彼女に一任した。
その結果がこれである。
「あの、ヘレナ様。こいつら何なんです……?」
俺はヘレナの手から零れ落ちて俺の足元でピィピィ囀っていたひよこのような魔物を拾い上げると、ご機嫌な魔王陛下に疑問を投げかけた。
「む?そやつはお前の注文通り、創った火の魔物じゃぞ。どうじゃ、愛らしかろう?それはお主がスパイを見抜いた褒美じゃ。妾が手ずから造形してやったのだから感謝するとよいぞ。」
そう言うと、ヘレナは胸に抱いたトカゲに赤ん坊をあやす様な言葉で話しかけ始めた。
この女は世界に宣戦布告したのではなかったのだろうか。
そんな輩がなにゆえ、魔王の尖兵として世界の民を蹂躙することになる魔物の造形に愛らしさを求めるのか。甚だ疑問である。
俺は無言でメラメラなどという、いい加減な名前を付けられたひよこと見つめ合う。
ひよこは丸い目を細めて、コクリコクリと手の上で船を漕ぎ出していた。
「今、ヘレナ様が抱いているのも火の魔物なんですか?」
カチカチと名付けたトカゲとコミュニケーションを取るために言語野を幼児退行させている魔王陛下を現実に呼び戻す。
「こやつは氷の魔物よ。火と言えば、氷であろう?だから、一緒に創ったのじゃ。カチカチは妾が大事に育てるから、ウィルマーもメラメラを存分に可愛がるとよいぞ。」
ありがたいことに、およそ戦力として見込めない赤いひよこは魔王陛下の恩情により、俺に下賜されることとなった。
身体を丸めて眠っている小さい魔物の飼育をするという仕事がいつの間にか増える。
「……何を与えればいいんですかね?」
「他の連中は自分で勝手に飯を食っておるが、こやつらはよく分からんのぅ。飯に困るのであれば、後で食糧庫の中の物を分けてやろうぞ。」
「……そうですか。ちなみにこれ以外の魔物は今日、創れますか?」
「新しいイメージの魔物は今日はもう無理じゃ。ヒスピダとプルビアムなら、100体ほど創れるぞ。創るか?」
戦力0が100体増えても戦力0である。
あのコロコロと動き回る毛むくじゃらと不定形の加湿器のような魔物が屋敷にひしめき合う様を想像し、寒気がした。
「いえ、今日はもう充分です。ありがとうございました。」
俺は丁重にお断りすると、再びトカゲとの蜜月の時間に入ったヘレナを置いて自分に与えられた部屋で一休みすることにした。
=========================
「さて、軍備の増強だが次はどうするかのう?」
夕食のため、再度食堂に集まった俺とヘレナは食事を終えると、また次の作戦会議を行うことにした。
ヘレナの出す料理は基本的に野菜食であったが、俺はここに来るまで栄養重視で食味度外視の加工食品ばかり口にしていたこともあってか、その味付けは絶品であった。
俺たちは食後の珈琲に口をつけながら話を進めていく。
「その前にまず、確認です。大魔王はあの魔物を使って、どのような魔法的スパイ行為を行っていたと考えられるでしょうか?」
魔法的スパイ行為。我ながら阿呆な響きだと思うがそれが一番理解しやすいのだから、今はそれでいい。
そして、今回、下手に魔物を増やそうとすれば馬鹿を見る可能性が高いと判った。
だから、今は冷静に状況の分析から行うことにした。
「うむ!少なくとも五感共有や投影などの監視の類の魔法は使われていないことは確かじゃな!妾の目が光っているこの城で、そのような魔法を使えばすぐに判るぞ!」
50名もの間者を我が物顔で自分の城に徘徊させていた女がそう豪語する。
いったい、いつどこに目を光らせていたというのだろうかという疑問が走る。
まあ、間が抜けているが、魔法に関しては絶対の自信があるのだろうと自分を納得させる。
「魔法以外の手段となると、物理的な手段で監視を行っていた可能性が高いということになりますかね。」
魔法以外の超能力の類などもあるかもしれないが、前情報だとその可能性は低い。
屋敷の地下にトンネルでも掘ったりしていたのだろうか。
いや、あの盆栽には無理か。というか何が出来るんだあいつら。
「であるな。恐らく7日に1度、徒歩で大魔王の所まで報告しにいっていたのだろうよ。」
「それはどういった根拠で?」
「うむ。7日に1度ほど、あの魔物たちのうちの1人が魔王城を留守にすることがあってな。最初は心配で玄関まで見送っていたのじゃが、次の日には必ず帰ってくるので安心して放っておいたのよ。」
魔王陛下の口から衝撃の発言が飛び出す。
やけに具体的だなと思ったら、バッチリと間者の決定的瞬間を目撃し、見送っていた。しかも温かい心で。
俺はまた頭を抱える。
この魔王、目は付いていても、その機能の意味を知らないのではないだろうか。
「……なるほど。間違いなくそれですね……。」
「全くもって卑劣よのぅ!!」
魔王陛下が腕を組んで憤慨する。
そこに王たる威光や貫禄は全く感じられなかった。
俺はすぐに頭を切り替えることにする。
「次に連中が大魔王の所に報告しに行く日はいつなんですか?」
「明日じゃ。」
「猶予がありませんね。」
「そうなのじゃ。いっそのこと彼奴の所に攻め入ろうかとも思っておる。」
「大魔王の居所を知っているんですか?」
「うむ。知っておる。ダークエルフの集落の族長をやっておるぞ。」
口に含んでいた珈琲が気管に入り、咳き込む。
ヘレナが「大丈夫か!?」と椅子から立ち上がり、身を案じてくれるが大丈夫だとジェスチャーで制する。
飲み物が気管に入っただけなので体調的には問題ない。
心中は大丈夫ではないが。
「……あの、ヘレナ様。そういう、大事なことはもっと早く仰っていただけると助かります。」
「む。そうか?すまんなウィルマーよ。」
彼女の意外と素直で配下に優しいところは俺も気に入っている。
とにかく、間の抜けている所は俺がサポートしてやればよい。
「ですが、居場所を知っているとなると、やりようはあるかもしれません。そのために、ヘレナ様には、いくつか試していただきたいことがございます。」
「おお!流石は妾が見込んだ軍師よ!!やはり、我が配下で一番の切れ者よのう!!」
ヘレナの目が子供のように輝き、俺を持ち上げる。
彼女は俺の太鼓持ちか何かなのだろうか。
俺は我が配下という知恵比べの対象に思いを巡らす。
毛むくじゃらのボールと不定形の加湿器のような連中、そして俺との間に相関を示す不等号式が頭の中に出来上がった。
比較対象に尽く知性すら感じられないのは俺を遠回しに馬鹿にしているのだろうか。
まあ、悪気は全くないことは彼女の性格から理解しているのだが。
俺は頭の雑念をリセットすると、彼女に今後の作戦の内容を伝えることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます