闇の軍勢の総戦力

「……軍師とは?」


突然、ヘレナに言われた要求を繰り返す。

軍師とは軍隊における作戦や計略を考案する参謀のこと。

言葉の意味は知っている。だが、ヘレナと俺の間で意味の認識の齟齬がある可能性がある。

俺はフリーライターだと彼女に伝えたし、彼女にその認識も伝わっているはずだ。

俺に軍隊を動かすノウハウがあるわけではない。


「先にも言ったようにのう、我が軍はほんの少しばかり……規律が乱れておるのじゃ……。」


ヘレナが親に出来の悪い答案でも見せるかのように顔を背けながら、言う。

魔王を自称する者がこれでは呆れる。


「恐れ入りますが、私に軍隊を預かり指揮できるような能力はございません。私に出来るのは遠くの土地に赴いて取材をし、それを記事に起こすことぐらいです。」


「じゃが、ウィルマーは異界から来たのであろう……?きっと、妾たちが知らない考え方を提案してくれると思っとる。それにお主は妾の見立てだと妾の配下の中で一番頭が切れるのじゃ。」


先の弁明でヘレナは俺のことを異界からの来訪者と解釈した。

それは別にいい。いちいち説明するより、その方が話が早いからだ。言語は脳の言語野に埋め込まれた違法チップで自動翻訳しているが、太陽系連合の成り立ちから文化、この惑星との距離まで説明する気にはなれない。

だが、いつの間にか俺は彼女の配下ということになっていた。

これは話が早計すぎやしないだろうか。


「確かに恩を返すとは言いましたが、私はそのような方法ではお役に立つことが出来ないと言っているのです。」


「じゃがのう、――」


「ですから、――」


終わりの見えない説得に俺が気丈な態度でお断りの言葉を返し続けると、やがてヘレナはこれだけは譲る気はないとばかりに机を叩いて喚きだした。

魔王様とは名ばかりで、癇癪を起こす就学前の女児のようであった。


「もう、うるさい!!小難しいことを言うでない!妾が決めたのだからこれは決定事項じゃ!!」


そう言って椅子を蹴飛ばして卓上に片足を乗っけると、魔王様は俺を指差した。

せめて王を僭称するなら行儀が悪いからやめなさい。


「お前は妾に3つも貸しがあるのじゃぞ!?」


さっきから2人称が「お前」だったり「お主」だったり、忙しい。恐らく、前者で俺を呼ぶ時が素だ。


「1つは妾が死んだお前を蘇生してやった恩!!!」


そうか。

俺は一度死んでこの女に魔法か何かで蘇生されたのか。

今更だが、どこにも怪我や痛みがないことに気が付く。

確かにこれは大きな貸しだ。軍師はやらないが。

ヘレナが言葉を続ける。


「そして、庭にぶつかって妾が大事にしていた花壇を壊した責任!!!」


確かにそれは俺の船が壊したのだろう。

花は命だものな。大事にしていたのなら辛い。

俺の責任というのも道理だ。


「それで、3つ目は何ですか?」


「3つ目は……、えーっと……、無いのぅ……。」


声が尻すぼみになっていく。

無かったらしい。


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思春期魔王アジヌスの駄々に観念した俺は試用期間という名目で彼女の軍勢の軍師として働くことになった。

使えないと判断してもらえれば喜んで辞める予定だ。

まあ、木星に帰る手段が今のところないのでしばらくは厄介にならざるを得ない。

ただで住まわせてもらうのも忍びないからなと自分を納得させる。

ちなみに船はヘレナの逆鱗に触れたおかげで灰になっていた。

あの野郎、恩を返したらとっちめてやろうか。

配下になってものの数分で反逆の思想が芽生える。

仮とはいえ軍師がクーデターを画策するような、この軍の現状を憂う。


「よし、お前らとりあえず種族ごとにまとまれ。」


俺はヘレナの屋敷――彼女曰く、“魔王城”または“闇の軍勢本部”――の前に現在、在籍している魔物たち総勢150匹を集めさせていた。

この時点で圧倒的な人材不足である。少子化が懸念されている木星の小学校の平均生徒数にすら劣る数だ。

ヘレナは野生化した奴らも集めると豪語していたが、在野の奴らはもう、野生化した時点で軍の規律を脅かす危険思想者だと伝え、丁寧に断った。

5年も好き勝手やってる奴らが配下のわけあるか。

俺の指示により、魔物たちはニンジンの妖精を集めて船を修理させるゲームのごとく、まとまりを作っていく。

やがて、魔物たちは3つの均等な数のグループになった。


「え?3種類しかいないの?」


「壮観であるな。どいつも面構えが違う。流石は我が選りすぐりの精鋭たちよ。」


いつの間にか俺の横に並んでいたヘレナが腕を組んで偉そうに頷いている。

仮に精鋭だとして150程度の兵士でいったい何が出来るというのか。

3種類しかいない魔物たちはどいつもこいつも愛らしい間抜け面をしていた。

とても戦闘能力があるとは思えない。むしろ、その辺の家畜の方が危険度としては上だろう。


「で、魔王様。見てるんなら、こいつらのこと教えてもらってもいいですかね。」


「うむ!!我らが軍師ウィルマーに闇の軍勢が誇る精悍なつわものたちを妾が直々に教えてやろうではないか!まず、向かって一番左端にいるのがジョージ、そしてその隣がジョン、それからその隣がトーマス、またその隣が――」


「あの、名前ではなくてこいつらの種族とか特性教えてもらっていいですかね?」


魔王アジヌスはご丁寧に150名の軍勢一人一人の名前を俺に紹介してくれようとしていた。

コピペのようなアホ面をした連中を区別して覚えられる自信もなければ、魔王様の紹介が終わる気配も見えないので早々に止めていただく。


「むぅ。仕方がないのう、一番左の連中がヒスピダじゃ。毛がフワフワしていて触り心地が良い連中よ。ヒスピダの毛は妾の薫陶の賜物か高級品とされていてのぅ。夏になったら汗をかかないように毛を刈ってやるのじゃ。それで毎年よく毛を街に売りに行くのじゃが、特に妾のお気に入りのマーティンは――」


「あ、次の種族の説明お願いします。」


俺はバスケットボール大の大きさの丸っこくて毛むくじゃらの連中、ヒスピダの名前を紙にメモると、戦力評価欄にバツ印を付けた。


「なんじゃ、ここからが面白いというのに。まあ、良い。真ん中の連中はプルビアムじゃ。温厚な性格で水の魔法を得意としておる。植物と共生関係を築く特徴があるので妾の花壇の手入れを任せている。」


「それで、こいつらの水の魔法とやらはどの程度なんですか?」


「だいたい一日につき桶一杯の水を霧状に噴射することができるぞ。」


俺は水飴のような粘性を持った不定形の連中、プルビアムの戦力評価欄にまたバツ印をつける。

まさか、残り50体も使えない連中じゃないだろうな。


「それで最後の連中は?」


「うむ。妾にもよく分からん。知らぬ間に増えておった。」


俺はメモ帳を地面に思いっきり叩きつけると、頭を抱えた。

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