第1章

魔王軍に軍師現る

異星人現る

俺がわけのわからない女に拘束されたのは木星の宇宙港を出発して地球にバカンスに出かけていた時のことであった。


俺の船が惑星間移動のため別次元空間へ突入した時、異変が起こった。

突如、船のリアクターが悲鳴を上げたのだ。

おんぼろの船の修理代をケチったつけが来たのだと思った。

俺はリアクターをすぐに停止させ、元の次元に戻ろうとした。

しかし、船はそのまま空間転移をし続けた。

船が何かにぶつかる音がすると、船内がドラム式洗濯機の中のように撹拌され、俺は打ち付ける痛みと目が回る世界にやがて意識を失った。


そうして目が覚めると俺は両腕を縛られ、どこかの屋敷の中に寝転んでいたのだ。

顔を上げると子供向け漫画の悪党のように趣味の悪い服を着た肌の浅黒い女がいた。

女は尖った耳にかかる銀色のやたら長い髪を気取ったように払いのけると俺に誰何した。


「そなたは何者じゃ?」


見たことのない人種だと思った。

宇宙で遭難した俺を保護でもしてくれたのだろうか。

いや、腕を縛られてる状況からしてあまり歓迎はされてなさそうだなと考え直し、問いに対する最適解を模索する。


「私はウィルマー・クレインと申します。しがない、フリーライターです。木星から地球に向かう際に船のリアクターが壊れてしまい遭難いたしました。この度はお命を救っていただきありがとうございます。」


できる限り謙って女の態度を伺うことにした。

「じゃ」などという時代遅れの語尾を操る女王様気取りの女だ。

こういう偉そうな奴が相手の時は、相手の求める従順な人間を演じてやればよい。

そうすれば、少なくとも命までは取られないことが多い。

俺はこれで何度も金目当ての賊相手に切り抜けてきた。

女は俺の言葉を聞くと怪訝な面持ちをして、口を開いた。


「出鱈目を言うでない。“ふりーらいたぁ”などという種族は聞いたことがない。他にもだ。“木製”だとか“チキウ”だとか“リヤクタァ”だとか。お主の言うことは全て出鱈目じゃ。」


正直に身分と現状を明かしたのだが、開幕に出鱈目と罵られるのは初めてだった。

そもそもフリーライターは種族ではない。職業だ。

職業を種族と言うとなると、この女はどこか遠い星の山猿のボスだとでもいうのだろうか。


「出鱈目ではございません。私は現に木星の出身ですし、フリーライターという、文字を書いて記事にする仕事を生業としております。信じられないようでしたら私のポケットに入っている身分証をご確認ください。」


事実なのだからそれを証明するのは苦ではない。

もっとも、この女に文字が読める知能があればの話であるが。

しかし、女は顔を赤らめると信じられないことを言った。


「ばっ馬鹿なのかお前は!!妾のようなうら若き女子おなごが男の体に触れることなどなかろう!!」


20前半ぐらいの容姿に見えるが思春期なのだろうか。

じゃあ、この縄は誰が結んだのだろうか。

他にもこの屋敷に人がいるならそこから懐柔の余地はある。


「それでしたら、この縄をお解きになるか、他の者に私のポケットを探らせてください。命を助けていただいた恩もございますし、私は貴方様に恩を返すまで逃げも隠れもいたしません。」


これは本心だ。言葉の通じない相手とはいえ、助けてもらったら恩義は返すことにしている。

借金もそうだが、こういったものを返さずに抱えていると後でどんなツケが回ってくるか分からない。

俺は極めて真剣な表情を作って女にそう言うと女はまた、顔を赤らめた。


「そ、それなら解放してやろうぞ……。」


異性に見つめられたことがない思春期の少女だとでもいうのだろうか。

女が指を軽く振ると俺の腕を縛っていた縄が解けた。

いったい、どういうからくりだ。

ともかく、俺は宣言した通り、身分証を見せる。


「度々、感謝いたします。こちらが私の身分を証明するものでございます。」


女は俺が手に掲げた身分証をマジマジと見てしばらくすると、口を開いた。


「なんて書いてあるか読めん。」


やはり、文字が読めないようだった。


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その後、身振り手振りで俺の状況を必死で説明し、俺は女の信用を何とか勝ち取ることができた。

女の話によれば俺は突如空飛ぶ船と共に女の屋敷に振ってきて屋敷の庭を半壊させたらしい。

周囲の状況と女の様子からして、俺はここが太陽系連合と繋がりのない未開の惑星であるという結論に至る。

俺は女に出された珈琲のような苦い液体に口をつけながら、食堂のテーブルで向かい合って女の話を聞くことになった。


「妾は魔王なのじゃ。」


話を聞いてほしいといった女の第一声の内容は俺の想像の先の地平線よりも彼方のものだった。


「はぁ、魔王様なのですか。」


俺は女の話に合わせて適当に相槌を打つことにした。


「うむ。妾の本名はヘレナというのだが、今は魔王アジヌスと名乗っておる。」


アジヌス……、確かラテン語で驢馬とか愚か者という意味だ。

この星だと意味が違うのだろうが。


「私はヘレナというお名前の方が美しい響きだと思いますし、貴方の麗しい容姿にも似合っておられると思いますがねぇ。」


些か名前が可哀そうな気がしたので、そう提案する。

魔王アジヌスはまたもや、ぽうっと耳を赤くすると、あたふたしだした。

しまった。この女は思春期みたいな価値観の女だった。


「お、お前は妾を口説いておるのか!?ま、まぁ……、よい。ヘレナという名前が美しいと思うのならお前はそう呼ぶがよい。特別だぞ?」


魔王様から許しを頂いたので俺はこの女をヘレナと呼ぶことにする。

話が滞っていたので先を促す。


「それで、ヘレナ様。お話の続きを。」


「う、うむ。それでじゃ。妾はこの世界に新しい闇を齎す為に魔物を創って“闇の軍勢”を結成して彼奴らを世界中に派兵したのじゃ。でも5年経った今でもどうにも成果が出んのじゃ。今では魔物の尖兵どもは妾の命を忘れて野生化しておる。」


世界に新しい闇……。“新しい光”とかなら物語で聞いたフレーズだが、一体なんの需要があるんだろうか。

というかヘレナがやっているのは要するにレトロなロールプレイングゲームで出てくる悪党と同じだ。

比べるのもおこがましいくらい遥かに小物ではあるが。

しかし、どうやら先ほどの縄のことといい、この星には魔法とか魔物とかが実在するようだ。

これは少し面白そうだ。上手く木星に帰れれば良い記事が書ける。


「ヘレナ様はこれから、どうするおつもりで?」


ヘレナは俺の目をじっと見ると、切実な表情でこう言った。


「お主には我が軍勢の軍師をやってもらいたい。」


魔王様の顔は本気であった。

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