第16話 崩壊
ゲオルクは街を歩いていた。
先日、魔物を倒したお金を受け取りに行ったのだ。
重くなった財布を抱え、ゲオルクは店先を覗いていく。
目的はリザとユアンへのプレゼントである。
別に何か理由があるというわけではないが、なんとなく二人にプレゼントを贈りたいと思ったのだ。
(でも、実際探してみるとなかなか決まらないな……ユアンは何かおもちゃでいいかもしれないが、リザさんには何を贈ればいいのかさっぱりだ)
やはり、洋服かアクセサリーがいいだろうか。
だが読書が好きだと言っていたので本の方が喜ばれるかもしれない。
家事が大変そうだから、手助けしてくれる便利グッズも捨てがたい。
そんなことを考えていたものだから、後ろから近づいてくる人物に気づけなかった。
「ゲオルク? ゲオルクじゃないか?」
名前を呼ばれ振り向くと、ゲオルクにとって懐かしい人物が立っている。
「よお、久しぶりだな。こんなところで会うなんて」
「ああ。君が騎士団を辞めて以来か。元気そうで何よりだ」
「そっちこそ変わってないようで安心した」
「なあ、時間があるなら少し食べていかないか? 積もる話もあるだろう」
「いいな。それじゃあ、こっちに美味い店があるからついてきてくれ、ログウェル」
そうしてゲオルクは馴染みのレストランに、騎士団時代の親友を連れて行くことになった。
ゲオルクが案内した場所は周辺の住人がよく利用している場所で、二人がついた時にはすでに多くの客が食事を楽しんでいた。
空いている席に腰掛け、注文し、運ばれた料理に二人は舌鼓を打つ。
「おお、これは美味いな」
「だろ? 美味いだけじゃなくて、量もかなりあるからこれだけで腹がふくれるんだ。ところでそっちは最近どうなんだ?」
「相変わらずさ。訓練は厳しいし、任務も過酷だ。だがこれも、国や民を守るためだ」
「ああ、お前は昔から真面目だったからな」
「そっちこそどうなんだ? 何かあったか?」
「俺? 俺の方こそ変わりはないさ。魔獣を狩って食い扶持を稼いでるだけだ」
「へえ、そうか。どんなのを狩ってるんだ?」
「そうだな、この前は……」
互いに近況を話ながら、和やかに時間が過ぎていく。
そして料理が半分ほど無くなった頃、ログウェルが懐から二枚の紙を取り出した。
「なあ、ゲオルク」
「何だ?」
「この二人、見たこと無いか?」
そこに描かれているのは二人の人物。
片方は女性で、もう片方は幼い子供。
どちらも、ゲオルクがよく知っている人物によく似ていた。
それを顔色一つ変えずに眺めて、ゲオルクは首を横に振る。
「うーん……いや、見覚えがないな。この二人は誰なんだ?」
「詳しいことは話せないが、うちで行方を探しているんだ」
「へえ、家出か?」
「すまない。それも言えない」
「そうか……まあ、早く見つかるといいな」
「ああ、本当にな」
その後、二人は何事もなく食事を続けた。
「それじゃあ、ゲオルク。また今度、一緒にご飯でも食べに行こう」
「おお。お前も仕事、うまくいくといいな」
レストランから出た二人は、そう言って別れる。
ログウェルに背を向けたゲオルクは、人混みを縫うように家に向かう。
その足取りはいつもより早く、ここが町中でなければ走り出していたに違いない。
(大丈夫だったか? うまく誤魔化せたか? ああ、くそっ! ……まさかログウェルが現れるとはな)
騎士団に所属している親友から二人のことを聞かれる可能性は予想していたことであり、あの似顔絵を見た時も動揺を見せずにすんだが、内心肝を冷やしていたのだ。
親友に嘘を付く罪悪感や後ろめたさも合わさり、あの後は料理の味がほとんどわからなかった。
もう二人に土産を見繕う余裕なんてない。
一刻も早く、家に戻りたかった。
「ただいま」
「あ、おかえりなさーい」
家に帰って迎えてくれたユアンを抱き上げ、ようやくゲオルクは一息つくことができた。
「ただいま、リザさん」
「おかえりなさい。今、夕食を作ってますからね」
「……ああ、ありがとう」
二人と一緒にいると、胸にあったわだかまりが流されていく。
(食後にでもリザさんに騎士たちの数が増えていることを言って、気をつけるように言っておいたほうがいいか……二人にはまた我慢を強いることになるが……)
そんなことを考えているとユアンがゲオルクの腕を引っ張る。
「ねえ、あっちで僕と遊ぼう!」
「いいぞ。何をしようか?」
「あのねえ、それじゃあねえ……」
夕食までの束の間、ユアンと遊んで過ごそうとしたその時、コンコンと玄関の扉がノックされた。
「……!」
室内に緊張が走る。
ゲオルクがリザに目線を向けると、彼女はコクリと頷いてユアンと共に上に上がっていく。
来客が来た際、二人は上の階で隠れておくと予め決めていたのだ。
「どちら様ですか?」
ゲオルクが玄関に向かうと、その扉の向こうから見知った声がした。
「ゲオルク、私だ。ログウェルだ」
「……ログウェル」
つい先程まで共に食事をした旧友の来訪。それはゲオルクの中にある不審感を強めるだけだった。
しかし、だからといって追い返してはそれこそ後ろ暗いことがあると言っているようなものだ。
「どうしたんだよ。さっきぶりじゃないか。何か急用か?」
下手に怪しまれないように扉を開けて応対する。
「いや、近くに寄ったものだからもう少し話をしたくなってな」
「そうだったのか。悪いな、ちょっと中は散らかってて、人を入れられるような状態じゃないんだ」
以前だったら嬉しい申し出も、今は問題しかない。
とにかくここは穏便に帰ってもらおうとゲオルクは頭を動かす。
「だから明日でいいか? 明日なら俺も空いているし」
「いい匂いがするな。君が作ったのか?」
ゲオルクの提案には答えず質問を返すログウェル。ゲオルクが知る彼は、こんなことをしない。
沸き立つ感情を抑えながらゲオルクは口を開く。
「ああ、そうだ。腹が減ってな」
「さっき食べたばかりじゃないか」
「軽く食っただけだろう。それに、多めに作っておけば明日は料理せずにすむからな」
ゲオルクの言葉になるほどと言いながら、ログウェルは家の中を覗き込もうとする。
「おい」
「ああ、悪い。少し人の気配がしたもので」
ドクリと心臓が嫌な音を立てた。
(落ち着け……物音なんてしていない。これは、カマをかけているんだ……)
自分にそう言い聞かせるが、それが正しいとするならログウェルはここに自分以外の誰かがいることを知っていることになる。
「……いや、誰もいないぞ。気のせいじゃないか」
どちらにしてもここは誤魔化す以外に選択肢がない。
平静を装いながらも背中に嫌な汗が伝う。
「……ゲオルク」
「なんだ?」
「本当に、誰もいないんだな?」
これが発言を覆せる最後の機会なのだと、その眼差しが語っていた。
それを向けられ、ログウェルがここに二人がいると確信しているということをゲオルクは気づく。
(こんなことなら、二人を連れてここを出た方がよかったか……)
そんな後悔をしながら、ゲオルクは手を腰にある剣に添える。
扉の向こうに人の気配が無数にする。彼らに襲われればひとたまりもないだろう。
けれども、ゲオルクははっきりと言った。
「いいや、ここには俺しかいない」
ゲオルクの言葉を受けログウェルは悲しげな表情を浮かべるが、すぐにゲオルクを鋭く睨みつける。
「そうか、それは……残念だっ」
ログウェルの剣がゲオルクに向けられるが、ゲオルクは寸前で受け止める。
「押し入らせてもらうぞ、ゲオルク!」
「くっ」
ログウェルが繰り出す斬撃をゲオルクは弾いていく。
しかし、二人が争っているのを察知して待機していたらしい騎士たちがやってきてしまう。
そのうち数名はログウェルに加勢してゲオルクを抑え込もうとし、そして残った者が家の奥へと進んでいく。
「止めろ! 入るな!!」
ゲオルクが追いかけようとするが、周囲を騎士たちに囲まれ身動きがとれなくなってしまう。
「ログウェル……!」
そのうちの一人である友を、ゲオルクは睨みつけた。
ログウェルはそれを受けても狼狽することなく、冷徹に言い切る。
「悪く思うな。これが私の仕事なのだ」
「……だから、ここには俺以外いないって言っているだろう! 勝手に人の家に押し入って、どういうつもりだ!?」
「なあ、ゲオルク。君は知っているだろうが、ここの街に続いている山道で関所を設けて、人々の荷物検査を行ったことがある」
ログウェルの言う言葉は、確かにゲオルクにも覚えがあることだ。
しかし、どうしていきなりその話になるのかがわからず戸惑うが、すぐに気づいた。
(そうか、あの時か!!)
「この街に立ち寄っていたある商人の話でな、我々が探している女性と子どもを見たというのだ。しかもその二人は、金髪の男と行動を共にしていたらしい」
「……」
「そしてその金髪の男が、この町で魔獣狩り組合に出入りしているのも見た、と……」
ゲオルクは歯を噛みしめる。
それでも彼は剣を握り締め、周りを睨みつけなんとか二人の元へ向かおうと突破口を探す。
だが、そんなことログウェルが許さない。
「やれ」
彼の指示により、騎士たちは一斉にゲオルクへ襲いかかった。
一方その頃、リザは屋根裏部屋でユアンと体を寄せ合っていた。
(下の方が騒がしい……何かあったんだわ)
ゲオルクの安否を心配していると、ユアンがか細い声で「リザお姉ちゃん」と呼びかける。
「ゲオルクさん、大丈夫かな?」
不安になっているのはユアンも同じなのだろう。
「……ええ、きっと無事よ。あの人は強いひとだから」
「……うん、そうだよね。きっと大丈夫だよね」
リザの言っていることは、根拠のない楽観視である。
ユアンもそれをわかっているのだろう。以前、ゲオルクから買ってもらったぬいぐるみを抱きしめる腕はかすかに震えていた。
(ゲオルクさん……どうか無事でいて)
心のなかで必死に祈っていると、リザの耳に足音が聞こえてきた。
一瞬、ゲオルクかと思ったが、複数聞こえてきてすぐに違うと気づく。
二人は息を潜めるが、足音たちはどんどんと近づいてきて、ついに、扉が開かれてしまった。
「いたぞ! 例の二人だ!」
扉を開けた騎士がそう叫び、複数人の騎士が部屋の中に入ってくる。
「いや! 止めて! 来ないで!」
なんとかユアンを守ろうとするが、複数人の男、それも厳しい訓練を耐えてきた相手にリザはあまりに無力だった。
「リザお姉ちゃん!」
「ユアン君!」
手を話すまいとするも、二人はあっさりと引き離されてしまう。
ユアンは一人の騎士に抱えられ、リザは腕を後ろで拘束される。
そのまま階下に向かわされると、見覚えのある人物がいた。
ユアンを連れ出そうと話していた騎士の一人だ。
そして、その人物の前には……。
「ゲオルクさんっ」
「……嘘」
無数の傷を受けて倒れるその姿にリザは息を呑み、ユアンは泣きそうな顔になった。
「や、止めて下さい! その人は関係ありません!」
リザの言葉にログウェルは首を横に振る。
「彼は我々の職務を妨害した。無罪放免というわけにはいかない」
そう言いながら、ログウェルはユアンに近づく。
彼が目の前までやってくると、ユアンは顔を強張らせて彼を見た。
「悪く思わないでくれ」
ユアンの目を隠すように手で覆うと、ログウェルは小さな声で呪文を唱える。
それは眠りへと誘う魔法であり、ユアンの体から力が抜けていく。
やがて目が完全に閉ざされると同時に、彼が抱えていたぬいぐるみはポトリと床に落ちた。
「ユアン君!」
リザの呼びかけにもユアンは答えない。
「さあ、戻るぞ」
ログウェルの指示により、騎士達は三人を連れて撤収する。
あとに残されたのは「トビー」と名付けられ、ユアンから大切にされていたぬいぐるみだけだった。
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