一章 色なし姫の憂鬱②
***
「レイア様、陛下がお呼びです」
午後の日差しのなか、静かに
儀式以外で呼び出されるなどはじめてではないだろうか。何かとんでもないことが起こったのかと不安になりながら
いつもならば冷たい視線とおざなりな態度で接してくるはずの彼らが、やけに
「姫様をお連れしました」
通されたのは
両親から
「両陛下にご
「うむ」
形式的な挨拶をし、他の王族が並ぶ末席に向かおうとすれば、そのままで、と呼び止められる。何故だろうと顔を上げ周囲を見回せば、アルトをはじめとした王族以外にも、国の
まるでレイアが来るのを待っていたような雰囲気ではあったが、
そんな空気をかき消すように、レイアの目の前に一人の青年が立ち現れた。
この国では見ることはない
青年は
「はじめまして、レイア様。私はククルード
「ククルード帝国の騎士様……?」
この世界で一番大きな国、ククルード帝国。様々な民族が
ぎこちない
そんなレイアにハインハルトは
「
ハインハルトの手のひらに
「それは
「ええ。ご存知でしたか」
魔石から目を
魔王がこの世界にもたらしたのは
王国はこの世界で唯一、その魔石に
それが、王国が戦いに参加しないという態度を
王国の
まるで
王国の立場を支えている魔障を吸収した魔石を、色なしの自分に持たせて何をさせたいのかと
「ハインハルト
その視線を受けたハインハルトは、
「ちょっとした実験ですよ、アルト
「実験だと?」
アルトとレイアはほぼ同時に父である国王に視線を向けた。レイアたち同様に美しい青い
国王が自らレイアに話しかけることはめったにない。かといって、王妃や
「レイア、彼の言う通りにするのだ」
きっとこの
受け取ったそれはわずかに熱を帯びていて、小さいはずなのにずしりと重い。内側に閉じ込めた魔障は流動するかのように
「レイア様、その魔石に
「祈り?」
唐突に何を言うのだ、とレイアはハインハルトの意図がわからず首を
「何でもいいのです。世界の平和でも、あなたの希望でも。祈りを
「何でも……」
そんな
(この世界から、悲しみや
それはレイアの心からの願いだった。
すると、まるでその祈りに呼応するように手のひらの中にあった魔石がふわりと光った。
「えっ!」
「なっ!」
その変化にレイアだけではなく、アルトや国王、周囲の人々が驚きの声をあげざわめく。
「なんだ、どういうことなんだレイア」
「わ、わかりません。私はただ、魔石に祈っただけで……」
どうしてよいのかわからず、レイアは事の
「やはり」
先程までの優しげな表情ではなく、
「あなたは伝説の聖女だ」
彼が告げた言葉に周囲は
「祈っただけで魔石を
浄化という聞きなれない言葉にレイアが戸惑っていると、ハインハルトは真っ直ぐにレイアに手を差し
「レイア様、どうか世界を救ってください」
まったくもって意味がわからなかった。
この行為が
「聖女? 世界を救う? そんなことできるわけがないだろう! 魔力がないのだぞ!」
それはまたしてもアルトだった。ハインハルトを睨みつけ、
そんな兄の背中を見つめながら、自分はどこまでも無力な存在だと決めつけられているのだと感じたレイアは、いつものように
そんなことはないとアルトを否定するだけの勇気も自信もレイアにはない。ただ、混乱だけがレイアの中に渦巻いていた。
「レイア様は魔力を持たないのではない。浄化という特別な力のせいで、ご自身の魔力さえ無効化してしまっているだけなのです」
まるで幼い子どもに言い聞かせるようなハインハルトの口調に、アルトの表情が険しくなる。
「先程も言っていたが魔力の浄化などありえん……魔石の中に溜まった魔障を消すなど、お前が仕込んだだけではないのか! レイアにそんな力があるわけがないだろう!」
「……お聞き
その言葉に、アルトやレイアだけではなく周りの人々も息を
勇者。それは魔王を
伝説は今まさに現実のものとなってレイアたちの耳にも届いている。
「勇者を召喚する際、
幼い
それは勇者を支え助ける存在。
「伝説やおとぎ話の中ではただの『聖女』として伝えられていましたが、我が国に伝わる古い
ざわめきが一層大きくなり、ハインハルトを見ていた周囲の視線が再びレイアに集中する。
「私が、その浄化の聖女、だと?」
「そうです。この
手のひらで
「どうか我が国に来てこの戦いに協力してください」
再び差し出されたハインハルトの手に、レイアの心が大きく
(私が聖女?)
前世でも今世でもお荷物と呼ばれ続け、誰の役にも立てぬまま
信じられないという思いと、そんな
(でも、それが本当なら、勇者様と同じように誰かのために役立てるかもしれない……)
世界を救ってほしいと、特別な力があると言われた喜びがそれを上回っていく。
「何を言っている!」
レイアが返事をするよりも先にまたもアルトが声を
ハインハルトの手を取ろうと伸ばされた
「
「いいえ。私たちは本気です。これまでずっと探していたのです。先程も言いましたが、魔石から一瞬で魔障を取り
「信用できるか! レイア、よく考えろ。たとえそんな力があったとして、魔法も使えないお前がこの国を出てどうやって身を守る!」
「聖女様は私たちが責任を持ってお守りしますよアルト殿下。それに、私はレイア様に聞いているのです。殿下が口を
「っ…! 父上、まことですか!」
アルトが怒りに任せた勢いのまま国王に視線を向ける。
国王は
「その通りだ。帝国はかねてより我が国に戦いへの協力を要求してきていた。だが我々が差し出せるものは少ない。王族であるレイアが聖女であり、戦いに役立つというのならば、勇者のもとへ行かせるのは当然であろう」
無能な姫ひとりの身で済むならばという、国主としての
「父上!」
アルトもそれに気がついたのだろう。父に、国王に向けるものとは思えないほど
「レイア、お前はどうしたい」
静かなその問いかけに何と返事をすればよいのかわからず、ただ国王の顔を見つめ返した。
それは父親としての言葉ではなかった。王が臣下に向ける言葉だ。
親子の情をどこかで期待していた自分が
だが、はじめて人から必要とされた喜びがレイアを支えた。
「私、行きます。帝国へ」
アルトは横でまだ何かを叫んでいたが、レイアはそれを無視するように一歩前へと進む。
聖女であることや、世界を救うなどという、大儀すぎる
だがそれ以上に、居場所があるかもしれないという期待にレイアは胸を高鳴らせていた。
「感謝します聖女様。我が帝国は心よりあなたを
うやうやしく頭を上げるハインハルトが口にした勇者という言葉にレイアは瞳を
ずっと
自分が聖女であるならば、あの物語のように、勇者を支える特別な存在になれる。
冷え切った身体に温かな血が通っていくような喜びを感じながら、レイアは小さな手を組み合わせたのだった。
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