二章 召喚勇者と転生聖女①
「
「こっちも
次々に運び込まれてくる怪我を負った兵士たちの姿に、レイアは立ちすくむ。
彼女が想像していた以上の現実がそこにはあった。
***
ハインハルトとの面会から数日後には、レイアはその身を帝国に移していた。
だが、レイアを待っていた帝国での暮らしは、想像とはあまりに
着いて早々、
そうして、気がつけば一週間が
魔石を浄化するばかりの日々に、レイアはこのままでいいのだろうかと思い始めていた。
「これでは王国にいた時と同じね」
役目があるだけましだと自分に言い聞かせても、気持ちは
それに、勇者との面会についても何も言われていない。
勇者を支えてほしいと言われたのは、夢だったのだろうかとさえ思ってしまう。
「……はぁ」
浄化が終わった
そんな淡い期待を持つのも、もう
再びため息を
外に
「王国のお姫様が聖女だったなんて、最悪だわ」
最悪、という
彼女たちはレイアがすぐ
「ひどい国よね。結界だか何だか知らないけど、自分たちは安全だからと戦いに知らんぷりで。今は聖女を
それ以上、聞いていられなくなってレイアは耳を
レイアの世話をしてくれている帝国の侍女たちは、王国の侍女たちほど
表向きは親切に接してくれているが、会話はいつも最低限で、護衛の
必要だからと呼んでおいて
聖女が王国の王女であることが、彼らは許せないのだ。
想像していなかったわけではない。
自国だけを守る態度を
だがここまでとは考えていなかった。
情けなさと
顔色の悪い
「……」
鏡に映る左手の
今は何ともないそこには、ある魔法の術式が刻まれている。それは秘密の
魔法に関する
王国から持ち出せたのは必要最低限の荷物と、
「……泣いては
どんなに
帰ったところで居場所はないのだ。ここで
聖女として役に立てることを証明したい。王国の姫ではなく、レイアとして見てほしい。そんな強い思いがレイアを
意を決して扉を開け、
この国で
「他に何か、役目をですか……」
すぐに呼び出しに応じてくれたハインハルトは、その
「そんなに
「ですが。このままでは聖女として、何もできないのではないかと……」
レイア自身、自分に何ができるのかなどはっきりとわかってはいない。
それでも、帝国に呼ばれた以上は他にも何か役目があるはずではないのかと。レイアは油断すれば消えてしまいそうな勇気を振り
その必死さに折れるようにして、ハインハルトはそれならばと口を開いた。
「……魔石を
「レイア様が魔障に直接
またとない話にレイアは
それに対し、ハインハルトは何故か表情を
「今すぐということであれば、戦場に出向いていただかなければなりません」
戦場という
「……構いません」
だが、ここで
これまで安全な場所にいたのだ。危険を
「私を、戦場に連れて行ってください」
ハインハルトに連れられ
帝国に
「こちらでしばらく待っていてください。
付き
きっと役に立てるはずだと期待に胸をふくらませながら、用意された
だが、その期待は直面した過酷な現実によりすぐに
「
ハインハルトが去ったのと入れ替わるように、次々に怪我を負った兵士が運び込まれはじめた。
どこからか
「あ、あの……」
「ここは救護所も
戸惑うレイアに声をかけたのは付き添いの侍女であるアンジーだ。
あの日、レイアに関する噂話には
ここに来る道中でもレイアのことをとても
その
周囲をよく見てみれば、野営地の周囲は白い布で囲まれている。
布の向こうから時折聞こえてくる
「あの向こうで、魔物と戦っているのですか?」
「そうです。ここは安全ですが、外は危険ですから、決して出歩かないでくださいね。あの布は
戸惑うレイアの態度とは真逆にアンジーは落ち着いた様子だった。
帝国に暮らす彼女は、きっと戦いの厳しさをすでに知っているのだろう。
この戦いがどれだけ長く
聖女として、何かしら戦いに
これまで自分とは
「……では、勇者様も、ここに?」
「ええ、おられますよ。と、
「え?」
アンジーの視線を追えば、ハインハルトがこちらに歩いてくるのが見えた。
その後ろに続く人物の姿に、レイアは青い瞳をこれでもかというほどに見開く。
そこに立っていたのは
横にハインハルトがいるせいで少年のようにも見える顔立ちをしているが、聞いた話によれば彼は十八歳と、レイアより一つ年上だったはずだ。引き締まった長身と少し日焼けした
少し長い
「レイア様。
「どうも」
カズヤ。その
(ああ、日本人だ)
レイアは
幼い
よい思い出など一つもない前世だというのに、目の前にその
目の前で見る彼は、本当に勇者なのかと
だがカズヤの持つ力は外見からわかるものではないのだったと、レイアは教えられた勇者の力について思い返す。
そしてその場にいるだけで、魔物たちが魔王から
だが、それ以上にレイアにとってカズヤは特別だった。
「はじめまして勇者様、私はレイアと申します」
勇者様、と呼べた喜びに胸が
「王国のお
だが、カズヤの口から出た言葉は
レイアに向けられていた黒い瞳は、すぐに興味を失くしたようにそらされる。
想像とは全く
「カズヤ、聖女様に対して失礼だぞ」
「……」
たしなめるようにハインハルトが声をかけてもカズヤは視線を
その冷めた横顔を見ていられなくて、レイアも視線をそらした。何かの間違いではないか。悪い夢なのではないかという混乱で、視界が
「レイア様、申し訳ありません。勇者様は戦いで少し
「現状を知ってもらうならもう十分だろう? 早く
「!」
気遣うハインハルトの言葉を否定するように、
悲しみと
「カズヤ」
ハインハルトがカズヤを
ハインハルトが深いため息を
「……レイア様。このまま少し待っていてください。兵士の浄化については怪我の手当てが終わり
それだけ言うと、ハインハルトはカズヤを引っ張るようにして結界の外へ続く出入り口へと歩いていってしまった。
その場から二人が
勇者に会うことさえできれば何かが変わると信じていた自分の
カズヤの態度からは、明確ではないにしろレイアへの
この場にレイアがいることが理解できないとでも言いたげな視線と言葉を思い出すだけで、身体が
せっかく会えたのにどうして、と口にしたくなったが、そんな独りよがりの感傷をぶつける筋合いがないことくらいはわかってはいた。
彼にしてみればレイアは
アンジーが気遣わしげな視線を向けてくるのを感じたが、レイアは
相変わらず白い布の向こうからは様々な音が聞こえてくるが、レイアには何も見えない。この中にいれば安全という言葉は
たった一枚の布を隔てた向こう側では戦っている人がいるのに、自分は守られた場所にいる。王国にいた
おぼつかない足取りで用意されていた
運びこまれている
彼らの傷は
呻く彼らに魔障を吸収するための魔石が与えられているのが目に入ったが、その吸収速度は驚くほどに遅かった。
「……ひどい」
自分が浄化した魔石もあの中にあるのだろうかとレイアは目が離せなくなる。
魔石の浄化で少しは役に立った気になっていたが、あんなものは焼け石に水でしかなかったのだと思い知らされてしまった。
「
「いいえ」
てっきり怪我人の血や苦しむ声に
レイアはこの光景に動揺はしていたが、
(……あんな記憶でも役に立つのね)
前世でレイアは病院や薬に
泣いても
助けたい。
「彼らのもとに行かせてください」
「ええ?」
レイアの
「手当てと魔障の浄化を
「しかし、あそこは血と
「いいえ、やらせてください」
アンジーや騎士たちが止めるのも聞かず、レイアは兵士たちの方へ向かった。
護衛たちが
痛みに顔を
「大丈夫ですか」
「え、あ、えええ!?」
兵士は突然目の前に現れたレイアに動揺したのか、痛みを忘れたようにぽかんとした表情になった。
「っ……!!」
「ご、ごめんなさい!」
痛みを
(大丈夫、やれるわ)
包帯越しに傷の
すると、
痛みに顔を歪めていた兵士が目を丸くし、レイアと自分の腕を
「あれ、痛みが?」
レイアが手を離すと同時に、兵士は自分の腕に巻かれた包帯をむしり取るように
痛々しい
「消えてる!」
兵士があげた
そして「あれが聖女様か」「本当に来ていたのか」と
レイアは大きく息を吐き出す。無事に
レイアは魔障が消えた傷を
「
「だ、大丈夫です!」
「よかった」
魔障が消えた
「では、そちらの方も、傷を見せてください」
立ち上がったレイアは、まだ
だが、彼らは先程の兵士同様、恐れ多いとばかりに怪我を
「聖女様、お待ちください」
アンジーや護衛の騎士たちが
「触れますね」
先程の兵士以上に傷だらけの身体には、傷だけではなく魔障があちこちに広がっていた。魔物の返り血にも魔障が
レイアは兵士の身体を
先程と同じように回復を願って祈りを
それでも、助けられたことはわかったのだろう、
「うう……ありがとう……」
無意識であろうその言葉にレイアは息を吞んだ。
人から感謝されたことなどはじめてだった。自分にしかできない力で誰かの役に立てたという事実が、身体に
「聖女様……」
おずおずと呼びかけてくる声にハッとしてレイアは顔を上げる。
先程の恐れ混じりの表情から一変し、周囲の兵士たちが期待と希望の
「
それからレイアはひと時も休むことなく、傷ついた兵士たちの傷の浄化と手当てをし続けた。
レイアが王国の王女だと気がつきあからさまに
「すごい……これが浄化の力なのですね。これならば、魔障による苦しみに
ひとしきり浄化を終え、地面に座り込んでいたレイアは、その言葉に含まれる『囚われた』という一言に
「他にも苦しんでいる方がいるのですか?」
「ええ。最近は質のいい
「そんな……」
この場にいる人たちの浄化ができたことで安心しかけていたレイアだったが、魔術師が語る現実に身体を震わせる。戦いから
どうしてもっと早く協力できなかったのだろうと、自分の
自分は本当に何も知らなかったのだと、レイアは
王国の人間というだけで、白い目で見られるのも仕方がないことだったのだ。
「聖女様、この者も」
「はい」
再び
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