一章 色なし姫の憂鬱①
「あなたは伝説の聖女だ」
静かなその声が、空気に
「そんな。アレは
「あのお荷物が、聖女だと? ありえぬ」
小さな
「
そう言いながら周囲を見回す騎士の視線に、
騎士は静かに
「レイア様、どうか世界を救ってください」
差し出された騎士の手を見つめ、少女──レイアはどうしてこんなことになったのか、と大きく目を
***
「レイア姫様のおなりでございます」
父である国王の表情は静かだったが、母である王妃はレイアと目が合う前にその顔をそらしてしまう。兄王子や姉姫たちもあからさまに顔をしかめ、わざとらしいため息をこぼしていた。
(そんなに私の存在が不愉快ならば、
悲しみに染まりかける表情を隠すように、レイアは顔を
このリドアナ王国は、古い歴史をもつ魔法国家だ。世界中の魔法に
悪意がある者や
国の至宝とも呼ばれる七色に
それゆえ、王国において王族は信仰の対象ですらあった。
ただ一人の姫の存在を除いては。
国王に
リドアナ王国では七歳になると魔力量と属性を測定するしきたりがあり、レイアもそれに従い、
魔力の属性と量を測るための大きな
先に測定を終えたアルトは、水晶を美しい青色に光らせ氷属性を持つことが判明していた。
自分は一体、どんな属性を持っているのかとレイアは期待に胸を高鳴らせていたが、レイアが触れても水晶は何の反応も示さない。
『どうして……?』
周囲の空気が
さっきまでは温かく自分を見守っていた両親の瞳に不安が混じり、他の大人たちから疑念と失望の視線が向けられる。
(そんな目で見ないで!)
大人たちから向けられる冷たい視線が、
こことは違う別の世界。魔法も魔物もいない『日本』と呼ばれる場所で生きていた女の子。
生まれた時から病弱で、生活のすべてをベッドの上で過ごす日々。
彼女の母親も身体が弱く、産後間もなく
それなりに
彼女は
もし生まれ変わることができるならば、健康な身体になって自由に生きたいと切に願っていた幼い
膨大な情報を受け止めきれずレイアは意識を失った。そのまま高熱で数日間眠り続け、ようやく目を覚ましたレイアを待ち構えていたのは
『残念ながら姫様には魔力がございません』
魔術師たちが導き出した結果を告げられた国王と王妃は言葉を失い、場の空気は
両親や家族の瞳に滲む失望を感じたレイアは、青い瞳を泣き出しそうに
お荷物だと呼ばれた前世の記憶がレイアを
魔力のないレイアは結界魔法の維持に関わることができない。
それどころか、魔法の研究と保管が根幹である王国で、その魔法を何一つ発動させられない王女の存在は、長く続く王家の歴史の中で
アレは不運な
(前世と同じ、お荷物
記憶の混同がまだ続いていたレイアは、手のひらを返したように冷たい態度をとる周囲に焦り、少しでも気を引こうと前世の知識を口にした。
馬がいなくとも動く乗り物や、遠くの景色を映し出せる小さな
だが、そんな
事態を重く感じた王に「二度と前世などと口にするな」ときつく言い付けられ、絶望したレイアは前世について口にするのをやめた。
存在を隠すかのように城の奥に部屋を
許されるのは部屋の中で静かに過ごすことだけ。
こうして王国を守る結界を強化する儀式に呼ばれても、末席で形ばかりに祈ることしかできない。
結界の
それでもレイアは祈らずにはいられなかった。どうか誰も傷つきませんように、と心からの祈りを込める。たとえ
儀式が終われば、王族は自分たちの役目を果たすために早足に礼拝堂から去っていく。
静かになった礼拝堂で、レイアは一人
「また余計なことをしているわ……」
「好きにさせておけばいいだろう。色なし
「ああ、あの話ね。すごいけど
「まったくだ。我が国のように結界がないというのは不便だな」
「本当。平和な国に生まれてよかったわ」
自分たちに与えられた
(なんて身勝手な考えなの。外ではたくさんの人たちが苦しんでいるというのに)
魔王と呼ばれる
だが、数百年に一度誕生する、魔王と呼ばれる膨大な
それにもかかわらず王国は結界の効果により平和な暮らしを維持していた。
他の国で起こる出来事をまるで
各国から戦いへの参戦を要求されることも少なくはなかったが、王国はそれを
(どうして協力しないのかしら)
どんな事情があろうとも同じ世界に暮らす同じ人間なのに、
前世の世界も、すべての国々が手を取り合っていたというわけではなかったが、それでも協力することで色々なことを乗り
危機的
「
まるで思考を打ち切るように
「また
「……申し訳ございません、お兄様」
いつからそこにいたのか、レイアにそっくりな青い
「
申し訳ありません、と反射的に答えそうになりレイアは
「お前はどうしてそう暗いんだ。そんな顔を見せられればこっちまで息がつまる」
レイアは心中で深いため息を
魔力測定の
だが、
成長したアルトは強大な魔力で氷属性の
顔を合わせれば、今のようにアルトはレイアに対して
最初はどんな形であれ気にかけてくれていることが
今日のように王族が集まる場所では
威圧的な口調や王族としての誇りにあふれた態度に、自分の無力さを思い知らされるようで、レイアはアルトが
「もう時間か……レイア、わかったな。引きこもってばかりいるなよ」
何か用事があるのか、乱暴に話を切り上げたアルトは何度もレイアを
アルトの背中を見送りながら、一人になったレイアはようやく本当にため息を吐き出した。
色のない自分の世界で
一
「私も、飛べたらいいのに」
魔力もなく役に立たない姫なのだから、いっそのこと捨ててほしいといつも願っていた。
この国以外では魔力がない人間も少なくないという。
たとえその願いが
前世とは違い健康な
だが、今のレイアには一つだけ心の支えがあった。
それは先程の彼らが話題にしていた『異世界からの召喚勇者』の存在。
お荷物と呼ばれる自分とは違い、人々から必要とされ、期待を裏切らずに
異世界という
「私にも勇者様のように特別な何かがあれば、お荷物ではなくなるのに」
会いたい。話をしてみたい。もしかしたら同じ世界から来た人かもしれない。転生者である自分に理解を示してくれるかもしれない。
そんな淡い期待だけがレイアの心をわずかに
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