二章 召喚勇者と転生聖女②

 どれほどそうやって過ごしていただろう。

 浄化をし、手当てを手伝い、怪我人をはげました。時間がつのを忘れ、あせにじんだ額をそでぬぐいながら、目の前の人たちを助けることにレイアはぼつとうしていた。

「レイア様」

「また怪我をされた方ですか」

 ほとんど反射的に返事をしながらり返ると、そこに立っていたのはハインハルトだ。

 緑色の目を真ん丸にしてレイアを見つめている。

「あ、あの」

ずいぶんがんられたのですね」

 ハインハルトのひとみが自分の姿を上から下までしげしげと見ていることに気がつき、レイア自身も自分がどれだけ汚れているのかをようやく認識する。

 怪我人の血と砂やどろまみれで、ドレスのすそり切れてしまっていた。

「す、すみません。お見苦しい姿で」

「そんなことはありません。いやはや、しかしすごいですね」

 ハインハルトは何度も頷きながらレイアとその周囲を見ている。

 その視線に、そういえばもともと手当てを終えた人の浄化をするように言われていたことをようやく思い出したレイアは、勝手に浄化を始めたことをおこられるのではないかと身体からだを硬くする。

 だが、彼は怒るどころか何故か興奮したような顔で感心しきったような声をあげたのだった。

「聖女様の浄化の力がここまでとは。さすがです」

 そしてじっとレイアを見つめ少し思案したのち、可能ならば、とうかがうように協力してほしいことがあると新しい提案を口にした。

「少しだけ結界の外に来ていただけないですか。ためしてみていただきたいことがあるのです」

「結界の外、ですか?」

 きようからくる迷いがないわけではなかったが、レイアはハインハルトの言葉に頷いた。

 元より、役に立ちたいと無理を言って連れて来てもらったも同然なのだから、できることは全部したかった。

「すでに戦いは終わっています。しかし、少しげきは強いかもしれません。危険がないとも言えないので、どうか離れないでくださいね」

 ハインハルトに連れられ、白い布をくぐったレイアは思わず言葉を失った。

 はじめて目にした戦場、いや、戦場のあとはレイアの想像よりもずっと酷いものだった。

 血と何かが燃えたようなにおいが鼻をく。真っ黒な大地が視界の先まで続いていた。魔障がきりのように大地全体をおおっている。まるで大地そのものが死に絶えたかのようなおそろしい光景。

 その中心にたった一人でたたずんでいる人物に気がつき、レイアは目を見開く。

 それはカズヤだった。

 黒いかみが風にれて表情をはっきりと見ることはできなかったが、その横顔は大地の先をにらみつけているように感じられた。その手がにぎけんさきにはまだあざやかな血がしたたり落ちている。

 ここで本当に命のやりとりが行われていたという事実に直面したレイアは、はじめてこわいと思った。生々しい怪我をした兵士たちの痛々しさを見た時とは違う、生命の根源をめ上げるような恐怖。

 勇者が背負うものの大きさをの当たりにしたような気がして足がふるえた。

 レイアの視線に気がついたのか、カズヤがゆっくりと振り返る。その顔には身体同様に返り血が飛んでいた。だが、ほかの兵士たちとは違い魔障にけがされている様子はない。それが彼が勇者と呼ばれる所以ゆえんなのだろうかと、レイアは目が離せなくなる。

 どこか暗いかげの宿った黒い瞳が、レイアの視線を受け止めたことでするどさを増した気がした。

 逃げ出したい気持ちに身体が震えたが、逃げていったいどこに行くのだという思いがその場にみとどまらせる。

 せっかくここまできたのだから、できることは何でもしたかった。

「おひめ様を連れ出す必要があったのか?」

 カズヤはとがめるような声をハインハルトにかけた。

 レイアがここにいることを認めないとうつたえるその態度に、悲しみで自然と眉が下がる。

「大地のじようをしていただこうかと思いまして」

「大地の浄化だと?」

 カズヤの表情がさらに険しくなる。

 レイアもまた、そんな大それたことができるのかとハインハルトを見上げた。

「怪我人の魔障を直接浄化できたのです。この大地も、聖女様の力で浄化することができるはずだと考えましてね」

 ここに連れてこられた理由を知り、レイアは真っ黒な霧に包まれた大地を見つめた。

「……大地の浄化……」

 その光景に身体がすくんだが、レイアは気持ちを引き締めるように手を握りしめた。

 魔障で苦しむ兵士たちの浄化は問題なくすることができた。大地の魔障もきっと浄化できると自分に言い聞かせる。

 だが、カズヤはなつとくしていない様子でハインハルトにめ寄る。

「まだ安全のかくにんも取れていない。危険だ」

「護衛のを付けますし、近場の浄化を試していただくだけです」

 ハインハルトはひるむ様子もなく冷静に告げた。

「だが……」

だいじようです。私、できます。浄化をさせてください」

 さらに何か言おうとするカズヤの言葉をさえぎるように、レイアが声をあげる。

 おどろいたように動きを止めたカズヤは、いらたしげに舌打ちをするとレイアに視線を向けた。

 いかりに染まっているのだろうと思っていたその瞳は、何故なぜか不安そうに揺れていた。

 想像とは違う表情に、レイアは何と声をかけていいのかわからなくなる。

 結局、カズヤはそのまま何も言わずその場から去ってしまった。

 再び背中を無言で見送ることしかできなかったレイアは、どうすればカズヤのしんらいを得ることができるのだろうと考えながら、めていた息をき出した。

 明確な理由はわからないが、カズヤにかんげいされていないことだけは痛いほどに理解できた。

 会ったばかりなのだから当然だという思いと、勇者を支える聖女としてここにいるはずなのにというもどかしさがレイアの心を揺さぶる。

「申し訳ありません、聖女様」

 そんなレイアにまゆじりを下げたハインハルトが頭を下げる。

「……いいんです。勇者様にしてみれば私など足手まといでしかないでしょうから」

 沈んだ表情のまま、静かに首を振るレイアにハインハルトは苦笑いをかべた。

「そういうわけではないんですけどね」

「……?」

 その意味をたずねたい気もしたが、今はカズヤのことよりも自分のなすべきことをするべきだとレイアは気持ちを切りえるように表情を引き締めた。

「大地の浄化をすればよいのですよね」

「ええ。黒く染まっている部分がしようによって穢されている大地です。このままでは草も生えない不毛の大地になってしまう。魔石で吸収するにも限度があります」

 その言葉通り、魔障によって黒ずんだ大地の上は草すられ果てていた。

 レイアはあたえられた使命にきんちようしたおもちでうなずくと、地面にひざをつき、両手を黒ずんだ大地にえた。

 レイアが手を下ろした部分だけ、黒い霧がげるようにして動き、ぽっかりと本来の大地が見える。

 怪我人をいやした時同様にいのりを込めた。この大地に再びめぐみが宿り、命が生まれるようになりますように、と。

「おお」

 ハインハルトや護衛の騎士、周囲の兵士がかんたんの声をあげる。

 レイアの周りを包むようにしてやわらかな光が広がり、霧が晴れ大地が緑を取りもどしていく。ものの血で穢れた部分すら元通り緑に変わっていく光景は神秘的で、戦いの場にまだ残っていた者たちすべての視線をくぎけにする。

「これは、これは」

 ハインハルトもレイアの力がここまでとは思わなかったのだろう。

 レイアを中心として大人が三、四人はころがれるほどの円形に大地がれいに浄化されていた。

 死せる大地が生き返ったような神秘的な光景に、人々はざわめく。

らしい……」

「聖女様だ」

 かんせいは広がり続けはくしゆをする者まで現れた。大勢の人間にたたえられるなど本当にはじめてで、役に立てたという喜びよりも、ずかしさがまさってしまったレイアはいたたまれなさに顔を赤くし狼狽うろたえる。

「レイア様、想像以上の結果です……」

 ハインハルトはレイアに近寄ると、ありがとうございますとしぼり出すように感謝の言葉を口にした。その言葉の重みに、レイアはどういうことかと尋ね返す。

 魔障に穢された大地は魔石を使ったとしても回復に数ヶ月かかるため、農耕や放牧をすることができず農民たちの暮らしにげきを与えていたと教えられ、レイアはずっと先まで広がった黒い霧をぼうぜんと見つめた。

「なんてひどい……」

 戦う人たちだけではない。平和な暮らしを望むつうの人々の暮らしさえ、おうの軍勢はおびやかしていたのだ。

「でも、これでたくさんの人たちが救われます」

「……!」

 救われる、という言葉がレイアの心にすとんと落ちる。そして水面に広がるもんのように全身に伝わり、視界が勝手ににじんだなみだで揺れた。

「……よかった……」

 この手が届く人たちだけではなく、この大地に暮らす人たちも救うことができたのだ。

 自分に、聖女の持つ浄化の力に価値があるのだとようやく認められたような気がした。

「では、この大地すべてを浄化すればよいのですね?」

「いくらなんでもすべてを一気にというのは無理ですよ。まずは近場だけでお願いします。戦いは終わったとはいえ、危険がないというわけではないのです」

「はい!」

 ハインハルトの表情はしんけんなものだったが、レイアは早く浄化をしたいとはやる気持ちをおさえきれずにいた。

 話が終わるやいなや浄化をはじめ、緑を取り戻していく大地の姿に目をかがやかせる。

 役に立てている。目に見える結果を出すことができたというこうよう感がレイアから冷静さをうばう。周囲にはたくさんの兵士たちがいることや、すでに戦いが終わっているという安心感は、平和にひたりきっていたレイアの油断を招くには十分なじようきようだった。

 いつのまにか護衛たちからはなれ、兵士の姿もまばらな場所まで来ていることに、浄化に夢中なレイアは気がついていなかった。

 ここで結果を出せば、カズヤに聖女としての自分を認めてもらえるかもしれないという必死な気持ちが先走って、周囲が目に入っていなかったのだ。

 け寄って座り込んだ場所のすぐ近くにあった、まだあざやかでかわききっていない血だまりも、その中心でうごめく黒いかげも。

「危ないっ!」

 少し離れた場所にいた騎士がそのことに気がつきさけぶのと同時に、血だまりから小さな魔物が姿を現した。ネズミに似た形をしているが真っ赤なひとみき出しになったするどく大きなきばが、それが異形の存在であることをによじつに告げていた。

 はじめての当たりにした魔物のまがまがしさに、レイアは悲鳴をあげることすらできず固まる。

 レイアのおびえを感じ取った魔物がいびつな鳴き声をあげ、大きく口を開けてねた。おそわれるというきように、レイアは強く目を閉じ、歯を食いしばる。

「……?」

 だがいくら待ってもしようげきは来ない。

 恐怖にふるえながら目を開ければ、魔物がいた場所には人が立っていた。ばつとうした彼の足元には、真っ二つになった魔物が転がっている。

 それがだれなのかをレイアが理解し感謝の言葉を口にしようとするよりも先に、その人物は黒い瞳に苛立ちを滲ませ、静かにレイアを見つめていた。

「ここは危ないと言われなかったか」

 真っ二つになった魔物にけんき立て、それが死んでいることを確認したカズヤはあきれたようなため息を一つこぼす。

 レイアは身をすくめながら、絶命した魔物から目が離せないでいた。

「遠くに行くなと言われていたんじゃないのか?」

「わ、私……」

 カズヤの言葉に顔を上げ周りを見回せば、最初にいた場所からずいぶん遠くまで来てしまっていたことにようやく気がつく。

 周囲をかくにんしてくれていた騎士たちがあわてて駆け寄ってくるのも見えて、カズヤが来てくれなかったらどうなっていたかと今さらながらに恐怖がこみ上げて来て血の気が引いた。

「ごめんなさい……」

 自分のしでかしたことに気がつき、小さくなるレイアにカズヤは再びため息を零す。また𠮟しかられる、と身構えるレイアだったが、次に聞こえたカズヤの声は想像よりもずっと静かなものだった。

「とにかく、もうじようは十分のはずだ。この先はまだ生きた魔物がいる可能性が高い。結界の方へ戻ろう」

「……はい」

 カズヤのあとに続き歩き出したレイアのもとにハインハルトが駆け寄ってくる。あせりを帯びたその表情に、レイアは自分が随分と勝手をして困らせてしまったのだと再び申し訳なさがこみ上げる。

「申し訳……」

「レイア様、ご無事でよかった!」

 本当に心配してくれたのだとわかるハインハルトの言葉に、謝罪がさえぎられる。

 てっきり勝手をしたことをてきされるかと思っていたのに、ハインハルトをはじめとした騎士たちの表情はレイア以上に申し訳なさそうなものだった。

「こちらのけいかいが甘かったことをおびいたします。あなたの浄化があそこまで速いとは。私が、もっと注意すべきでした。おはありませんか」

 ぎ早に声をかけられレイアはしどろもどろになりながら、勇者様がいたのでと答えるだけで精いっぱいだった。

「浄化をさせるなら、もう少し気をつかえ。お前がそばにいるなり、もっとしっかり護衛を付けるなりするべきだろう」

 カズヤがどこか責めるような口調でめよれば、ハインハルトは本当に、とまゆじりを下げる。

「レイア様の力を甘く見ていたこちらの認識不足です。カズヤが気にしてくれていて助かりましたよ」

「……別にそういうわけじゃない。ぐうぜんだ」

 ぶっきらぼうに答えるカズヤの声を聞きながら、レイアはさっきまで自分がいた場所をり返った。

 浄化できたのは目の届くはんの半分ほど。その先はまだ真っ黒なきりおおわれている。自分に向けられた魔物の鋭い牙を思い出し、あそこにはまだ魔物がひそんでいるかもしれないという事実にレイアはぶるいした。

(勇者様がおこるのも当然だわ)

 自分がどこまでも甘えていたという現実を思い知る。あんな恐怖を、戦っている人たちやカズヤはいつも味わっているのだ。平和に慣れきった自分を簡単に認めてもらえると思っていた考えの甘さに恥ずかしくなる。

 浄化ができたことがうれしくて、役に立てていると調子に乗っていた。ハインハルトはちゃんと忠告してくれていたし、周りの騎士たちだって動き回る自分についてきてくれていたのに、なんておろかなんだろう。

 何もわかってはいなかったのだと、レイアは自分の浅はかさをようやく理解した。

「勇者様、ハインハルト様、申し訳ありません。私がきちんとみなさんのお話を聞いていればこんなことには。本当にごめいわくをおかけしました」

 深く頭を下げたレイアに周囲が息をむ気配が伝わってくる。

 アルトがこの光景を見たら、王族が簡単に頭を下げるなどありえない、と𠮟られそうだなという想像が頭をかすめるが、レイアはそうせずにはいられなかった。

 今の自分にできることは、誠心誠意の謝罪だけだ。

「……君は自分で自分の身を守る力がないことをよく考えるべきだった。ここが戦場であることを忘れないでくれ」

 そんなレイアに向けられたカズヤの言葉はまるで子どもに言い聞かせるような口調だった。

 責められているわけではないことは伝わったが、一人の大人として認められていないような気持ちになり、レイアはますます自分が情けなくなる。

「……はい」

 震えそうになる声をかくすように小声で答えるのが精いっぱいだった。

「……わかったのならいいんだ」

 カズヤがまだ何か言いたげにしているのは伝わってきたが、レイアは顔を上げることができなかった。きっとひどい顔をしているから困らせてしまうような気がした。

 あせきんちようで冷えた指先は感覚がない。

「レイア様、頭を上げてください。私たちの落ち度です。あなたが戦場に慣れていないということを失念していました」

「そんなことありません!」

 ハインハルトから逆に謝られてしまい、レイアは慌てて顔を上げた。その顔を見たハインハルトは気まずげな表情をかべ、カズヤは困ったようにけんしわを寄せた。

「……泣くほどこわかったのなら、二度と危ないことはするな」

「っ! 泣いてなんて!」

 本当はなみだにじんでいるのはわかっていた。だが泣いていると認めたらもっと困らせてしまうと、レイアはカズヤの言葉にとつに言い返してしまった。

「……」

 その勢いのまま、二人は見つめ合う形になった。

 ようやく真正面から向きあうことができたカズヤの顔は、最初の印象よりずっとおだやかなものに見えた。

 おどろいたかのように見開かれていた黒い目がレイアを見つめたまま何度かまたたいている。

「……レイア様、とにかく一度もどりましょう。そのお姿では、さすがに周りが心配します」

「え?」

 ハインハルトに指摘されたレイアはカズヤから視線をそらし、自分の姿を確認する。

 怪我人の手当てでよごれていたドレスは、大地の浄化を繰り返した結果、さらにさんな状態になっていた。もはや洗ってもとわかるそのさんじように、レイアは小さな悲鳴をあげたのだった。


 カズヤとレイアをともなったハインハルトが結界の中に戻ると、気をんで待っていたらしいアンジーがものすごい勢いでけ寄ってきた。

 レイアの姿を見た彼女はぎゃあとさけぶと、じよにあるまじき剣幕でレイアに怪我がないかを確認している。

 ドレスの悲惨な状態もだが、今にも泣き出しそうに瞳をうるませうつむいているレイアの姿は痛ましいという形容詞がしっくりくるほどにれんびんさそふんで、何があったのかを知らない彼女が悪い誤解をしても仕方がない状態だった。

 レイアの無事を確認したアンジーに思い切りにらみつけられ、ハインハルトは思わず降参するように両手を軽く上げた。

「ちょっと、聖女様に何をさせたのよ! 危険から守るのがの務めでしょう!」

「いや、危険なことをさせたわけでは……」

「こんな状態にさせておいて信じられると!? 役立たずね!! さ、聖女様、早くえましょう! こちらへ!」

 こちらを睨みつけながらレイアを引き寄せ、舌を出す勢いでまくしたてるアンジーに弁明しようとするが、彼女はとまらない。

 その様子にレイアは目を白黒させ、アンジーに手を引かれるがまま行ってしまった。

 何度もこちらを振り返る姿は、親から引きはなされる子どものように不安げだった。

 ハインハルトは参ったな、と頭をかきながらとなりに立っているカズヤに視線を向ける。

 立ちくしているカズヤもまた、レイアから目が離せない様子だった。

 取り残された子どもみたいに、彼女が去っていった方向を見つめている。

「そんなに気になるならもっとやさしくしてさしあげればいいのに」

 その言葉にカズヤの身体からだがわずかにねたのをハインハルトはのがさなかった。

「正直、彼女をこの場に連れ出すのは私も反対でした。あなたが怒っているのも理解できます。しかし、聖女としての力を証明したかったという彼女の気持ちも理解してあげてください」

「……だからといって、戦いの最中に連れ出すことはなかっただろう」

「現実を見せたい、という一部のきようこう派の案を取るしかないじようきようだったんですよ」

 本来ならばレイアにはもっと段階をんで浄化の効果をためしてもらう予定だった。

 なにせ彼女は王国で平和に暮らしていたひめぎみだ。戦いのこくさを知らないはかなげできやしやな彼女を危険にさらすつもりなどさらさらなかった。

 おびえて国に帰られでもしたら、何のために連れ出したのかわからない。

 実際、せきの浄化だけでも十分すぎる成果だった。これまでは不足しがちな魔石を少しずつ切りくずすような使い方しかできなかったが、レイアが大量の魔石を浄化してくれたおかげでずいぶん楽になっていた。

 だが、伝説の聖女ならばもっとせきを起こせるはずだと言う上層部の声は、日増しに大きくなっていった。その裏には、これまで直接の協力をこばんでいた王国への反感からくる、レイアへの八つ当たりのようなものがふくまれているのはわかっていた。

 それをおさえこみながら、安全な方法から始めるべきだと策をめぐらせていた矢先、レイア自身から協力したいと申し出られてしまった。

 その必死なうつたえを無下にすることもできなかった。居場所を求めるようなレイアの雰囲気に気がついていたからだ。

 はじめて会ったレイアは心根の優しいつうの少女だった。むしろ自分に自信がなさすぎて、心配になるほどに。必死に役目をこなす姿を健気けなげだと思った。

 だから、無理をさせたくなかったのだ。危険だと知ればあきらめてくれるかもしれないと、あえてつつみ隠さず戦場でのじようを求められていることを伝えた。

 だが、レイアはそれすらも構わないと受け入れてしまった。あのあせりを帯びた必死な姿を思い出し、うまく事を運べなかったことを心苦しく思った。

 それを知った上層部は、わたりに船とばかりに聖女をこの戦場に連れ出す決定を下した。

 ハインハルトにできることは少しでも彼女を危険にさらさないことだけだった。

 本来ならば結界の外に出すつもりもなかった。

「まさか彼女があそこまでの力を持っているとは……」

 汚れることをいとわず人をづかい、浄化をするレイアの姿に感動した。

 彼女はちがいなく聖女だと、希望をいだいた。

 思わず、大地の浄化までらいしてしまったのは失敗だったと、ハインハルトは自分の行動を反省していた。

 彼女は期待以上の成果を見せてくれた。死せる大地に緑を取り戻したのだ。

 勇者と聖女。

 二人がそろったことで、本当に世界は救われるとあの場にいただれもが予感したことだろう。

「あの場で、カズヤが彼女を守ってくれて本当に助かりました。でも、やはりあの態度はいただけませんね。可哀かわいそうに、泣きそうでしたよ。言い過ぎです」

 とがめるようなハインハルトの言葉と視線に、カズヤはうすくちびるゆがめ、わかっているさ、と誰にも聞こえないほどの苦々しさの混じったつぶやきをこぼし、きびすを返す。

 その場から去る背中を見つめるハインハルトの視線はどこか痛ましげだった。

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お荷物と呼ばれた転生姫は、召喚勇者に恋をして聖女になりました マチバリ/角川ビーンズ文庫 @beans

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