二章 召喚勇者と転生聖女②
どれほどそうやって過ごしていただろう。
浄化をし、手当てを手伝い、怪我人を
「レイア様」
「また怪我をされた方ですか」
ほとんど反射的に返事をしながら
緑色の目を真ん丸にしてレイアを見つめている。
「あ、あの」
「
ハインハルトの
怪我人の血と砂や
「す、すみません。お見苦しい姿で」
「そんなことはありません。いやはや、しかしすごいですね」
ハインハルトは何度も頷きながらレイアとその周囲を見ている。
その視線に、そういえばもともと手当てを終えた人の浄化をするように言われていたことをようやく思い出したレイアは、勝手に浄化を始めたことを
だが、彼は怒るどころか何故か興奮したような顔で感心しきったような声をあげたのだった。
「聖女様の浄化の力がここまでとは。さすがです」
そしてじっとレイアを見つめ少し思案したのち、可能ならば、と
「少しだけ結界の外に来ていただけないですか。
「結界の外、ですか?」
元より、役に立ちたいと無理を言って連れて来てもらったも同然なのだから、できることは全部したかった。
「すでに戦いは終わっています。しかし、少し
ハインハルトに連れられ、白い布をくぐったレイアは思わず言葉を失った。
はじめて目にした戦場、いや、戦場の
血と何かが燃えたような
その中心にたった一人で
それはカズヤだった。
黒い
ここで本当に命のやりとりが行われていたという事実に直面したレイアは、はじめて
勇者が背負うものの大きさを
レイアの視線に気がついたのか、カズヤがゆっくりと振り返る。その顔には身体同様に返り血が飛んでいた。だが、
どこか暗い
逃げ出したい気持ちに身体が震えたが、逃げていったいどこに行くのだという思いがその場に
せっかくここまできたのだから、できることは何でもしたかった。
「お
カズヤは
レイアがここにいることを認めないと
「大地の
「大地の浄化だと?」
カズヤの表情がさらに険しくなる。
レイアもまた、そんな大それたことができるのかとハインハルトを見上げた。
「怪我人の魔障を直接浄化できたのです。この大地も、聖女様の力で浄化することができるはずだと考えましてね」
ここに連れてこられた理由を知り、レイアは真っ黒な霧に包まれた大地を見つめた。
「……大地の浄化……」
その光景に身体がすくんだが、レイアは気持ちを引き締めるように手を握りしめた。
魔障で苦しむ兵士たちの浄化は問題なくすることができた。大地の魔障もきっと浄化できると自分に言い聞かせる。
だが、カズヤは
「まだ安全の
「護衛の
ハインハルトは
「だが……」
「
さらに何か言おうとするカズヤの言葉を
想像とは違う表情に、レイアは何と声をかけていいのかわからなくなる。
結局、カズヤはそのまま何も言わずその場から去ってしまった。
再び背中を無言で見送ることしかできなかったレイアは、どうすればカズヤの
明確な理由はわからないが、カズヤに
会ったばかりなのだから当然だという思いと、勇者を支える聖女としてここにいるはずなのにというもどかしさがレイアの心を揺さぶる。
「申し訳ありません、聖女様」
そんなレイアに
「……いいんです。勇者様にしてみれば私など足手まといでしかないでしょうから」
沈んだ表情のまま、静かに首を振るレイアにハインハルトは苦笑いを
「そういうわけではないんですけどね」
「……?」
その意味を
「大地の浄化をすればよいのですよね」
「ええ。黒く染まっている部分が
その言葉通り、魔障によって黒ずんだ大地の上は草すら
レイアは
レイアが手を下ろした部分だけ、黒い霧が
怪我人を
「おお」
ハインハルトや護衛の騎士、周囲の兵士が
レイアの周りを包むようにして
「これは、これは」
ハインハルトもレイアの力がここまでとは思わなかったのだろう。
レイアを中心として大人が三、四人は
死せる大地が生き返ったような神秘的な光景に、人々はざわめく。
「
「聖女様だ」
「レイア様、想像以上の結果です……」
ハインハルトはレイアに近寄ると、ありがとうございますと
魔障に穢された大地は魔石を使ったとしても回復に数ヶ月かかるため、農耕や放牧をすることができず農民たちの暮らしに
「なんてひどい……」
戦う人たちだけではない。平和な暮らしを望む
「でも、これでたくさんの人たちが救われます」
「……!」
救われる、という言葉がレイアの心にすとんと落ちる。そして水面に広がる
「……よかった……」
この手が届く人たちだけではなく、この大地に暮らす人たちも救うことができたのだ。
自分に、聖女の持つ浄化の力に価値があるのだとようやく認められたような気がした。
「では、この大地すべてを浄化すればよいのですね?」
「いくらなんでもすべてを一気にというのは無理ですよ。まずは近場だけでお願いします。戦いは終わったとはいえ、危険がないというわけではないのです」
「はい!」
ハインハルトの表情は
話が終わるやいなや浄化をはじめ、緑を取り戻していく大地の姿に目を
役に立てている。目に見える結果を出すことができたという
いつのまにか護衛たちから
ここで結果を出せば、カズヤに聖女としての自分を認めてもらえるかもしれないという必死な気持ちが先走って、周囲が目に入っていなかったのだ。
「危ないっ!」
少し離れた場所にいた騎士がそのことに気がつき
はじめて
レイアの
「……?」
だがいくら待っても
恐怖に
それが
「ここは危ないと言われなかったか」
真っ二つになった魔物に
レイアは身をすくめながら、絶命した魔物から目が離せないでいた。
「遠くに行くなと言われていたんじゃないのか?」
「わ、私……」
カズヤの言葉に顔を上げ周りを見回せば、最初にいた場所から
周囲を
「ごめんなさい……」
自分のしでかしたことに気がつき、小さくなるレイアにカズヤは再びため息を零す。また
「とにかく、もう
「……はい」
カズヤのあとに続き歩き出したレイアのもとにハインハルトが駆け寄ってくる。
「申し訳……」
「レイア様、ご無事でよかった!」
本当に心配してくれたのだとわかるハインハルトの言葉に、謝罪が
てっきり勝手をしたことを
「こちらの
「浄化をさせるなら、もう少し気を
カズヤがどこか責めるような口調で
「レイア様の力を甘く見ていたこちらの認識不足です。カズヤが気にしてくれていて助かりましたよ」
「……別にそういうわけじゃない。
ぶっきらぼうに答えるカズヤの声を聞きながら、レイアはさっきまで自分がいた場所を
浄化できたのは目の届く
(勇者様が
自分がどこまでも甘えていたという現実を思い知る。あんな恐怖を、戦っている人たちやカズヤはいつも味わっているのだ。平和に慣れきった自分を簡単に認めてもらえると思っていた考えの甘さに恥ずかしくなる。
浄化ができたことが
何もわかってはいなかったのだと、レイアは自分の浅はかさをようやく理解した。
「勇者様、ハインハルト様、申し訳ありません。私がきちんと
深く頭を下げたレイアに周囲が息を
アルトがこの光景を見たら、王族が簡単に頭を下げるなどありえない、と𠮟られそうだなという想像が頭を
今の自分にできることは、誠心誠意の謝罪だけだ。
「……君は自分で自分の身を守る力がないことをよく考えるべきだった。ここが戦場であることを忘れないでくれ」
そんなレイアに向けられたカズヤの言葉はまるで子どもに言い聞かせるような口調だった。
責められているわけではないことは伝わったが、一人の大人として認められていないような気持ちになり、レイアはますます自分が情けなくなる。
「……はい」
震えそうになる声を
「……わかったのならいいんだ」
カズヤがまだ何か言いたげにしているのは伝わってきたが、レイアは顔を上げることができなかった。きっと
「レイア様、頭を上げてください。私たちの落ち度です。あなたが戦場に慣れていないということを失念していました」
「そんなことありません!」
ハインハルトから逆に謝られてしまい、レイアは慌てて顔を上げた。その顔を見たハインハルトは気まずげな表情を
「……泣くほど
「っ! 泣いてなんて!」
本当は
「……」
その勢いのまま、二人は見つめ合う形になった。
ようやく真正面から向きあうことができたカズヤの顔は、最初の印象よりずっと
「……レイア様、とにかく一度
「え?」
ハインハルトに指摘されたレイアはカズヤから視線をそらし、自分の姿を確認する。
怪我人の手当てで
カズヤとレイアを
レイアの姿を見た彼女はぎゃあと
ドレスの悲惨な状態もだが、今にも泣き出しそうに瞳を
レイアの無事を確認したアンジーに思い切り
「ちょっと、聖女様に何をさせたのよ! 危険から守るのが
「いや、危険なことをさせたわけでは……」
「こんな状態にさせておいて信じられると!? 役立たずね!! さ、聖女様、早く
こちらを睨みつけながらレイアを引き寄せ、舌を出す勢いでまくしたてるアンジーに弁明しようとするが、彼女はとまらない。
その様子にレイアは目を白黒させ、アンジーに手を引かれるがまま行ってしまった。
何度もこちらを振り返る姿は、親から引き
ハインハルトは参ったな、と頭をかきながら
立ち
取り残された子どもみたいに、彼女が去っていった方向を見つめている。
「そんなに気になるならもっと
その言葉にカズヤの
「正直、彼女をこの場に連れ出すのは私も反対でした。あなたが怒っているのも理解できます。しかし、聖女としての力を証明したかったという彼女の気持ちも理解してあげてください」
「……だからといって、戦いの最中に連れ出すことはなかっただろう」
「現実を見せたい、という一部の
本来ならばレイアにはもっと段階を
なにせ彼女は王国で平和に暮らしていた
実際、
だが、伝説の聖女ならばもっと
それを
その必死な
はじめて会ったレイアは心根の優しい
だから、無理をさせたくなかったのだ。危険だと知れば
だが、レイアはそれすらも構わないと受け入れてしまった。あの
それを知った上層部は、
ハインハルトにできることは少しでも彼女を危険にさらさないことだけだった。
本来ならば結界の外に出すつもりもなかった。
「まさか彼女があそこまでの力を持っているとは……」
汚れることを
彼女は
思わず、大地の浄化まで
彼女は期待以上の成果を見せてくれた。死せる大地に緑を取り戻したのだ。
勇者と聖女。
二人が
「あの場で、カズヤが彼女を守ってくれて本当に助かりました。でも、やはりあの態度はいただけませんね。
その場から去る背中を見つめるハインハルトの視線はどこか痛ましげだった。
お荷物と呼ばれた転生姫は、召喚勇者に恋をして聖女になりました マチバリ/角川ビーンズ文庫 @beans
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