第22話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(1)

パンスペルミア大陸。元々は何と呼ばれていたのかは定かではないが今から二千年前、この大陸の北西岸に位置するカルベリー島より入植したペルミア人という民族によりその名がつけられた。


全周を海に囲まれたこの広大な大陸には様々な自然環境が存在する。

西は暖流から温かな風が吹くため温暖な気候が広がり、その風は多くの水分を含んでいるので雨が多く豊かな地域である。


中央には低木に覆われた草原と、樹木のない季節によっては半ば砂漠と化す乾燥した平原が広がる。


東は降水量は少ないが針葉樹と広葉樹が分布し、森林資源が豊富にある。その森林は夏季の日光から永久凍土を守る。


そしてさらに東、極東には雄大な山脈により周囲から切り立った白銀の台地がある。古来より禁足地とされたこの台地の名はアロンギルダという。アロンギルダは冥王の眠る台地〈冥王のしとね〉といつからか口伝があり、人々から恐れられている。


現在このアロンギルダ台地全域は冥王の死により異界と化した。黒い雪が降り積り、太陽の威光はこの地には届かない。そしてこの地で命を落とした者は死を超えた屍〈ビヨンドデッド〉となり、生者を求め彷徨う。

魔王城を攻め込んだ暗黒騎士フラメルから逃れるため図らずもこの地へと転移してしまった魔王アダルマ、ジャック、カメリア。

一行はこの極夜黒昼きょくやこくちゅうの地から離れるため、本土へと繋がる唯一の洞窟へと急いだ。


誰にも踏みしめられていない黒い新雪は一歩進むごとに足が地面に届くほど深く沈む。

幸いなことにあれからビヨンドデッドとの遭遇はなかったが警戒しながらの洞窟までの移動は神経をすり減らし、体力、精神力を奪っていく。


「ビヨンドデッドは元々大してこの地にはいないのかもしれんな」


「そうね、そもそもこの台地は禁足地だったしね。人が立ち入ることはなく、人間がここで亡くなるってケースは少ないのかも」


「カメリアよ。もう一度転移呪文を使うことは不可能なのか?」


魔王はその短くなった足のため、とにかく歩く速度が遅い。たまらずカメリアへ愚痴めいた要望を漏らす。


「無理ね。昨夜使えたのはこの魔王の分身に蓄積されていた魔力を代用できたからだし、私の用意していた古代語魔法の中でも正直一番完成度が低かった。それに転移先は不安定だから次はもっと過酷な環境に転移してしまうかもしれない」


「全く、よりにもよってこんな僻地まで飛ばしおって。まさかこの身体で人間と冥王の懐を歩くことになるとは想像もしてなかったぞ」


魔王は力なく抗議の声をあげた。


「私だって同じよ!とにかくここから早く離れましょう。ビヨンドデッドはこの辺獄化したアロンギルダでしか活動できないはずだから」


「お前はぷかぷか浮かべて楽じゃのう」


「ええ、この身体になってラッキーなことを少しでも集めて自分を慰めるつもりだったから早速いい材料が手に入ったわね」


自虐の混じったカメリアの言葉に「へんっ」とよくわからない相槌をジャックは返す。


先頭はジャックが歩き雪を踏みしめ道を作る。それに小さくなった魔王がよちよちと続く。その地道な工程を繰り返すと徐々に会話も減っていく。そんな沈黙がしばらく続くとジャックが「あれは!」と声をあげた。

黒い雪に溶け込んでいて視認しにくいが前方に大きく広がった穴がぼやけて見えた。


「洞窟ってあれだよな。やっとこの黒い世界とさよならじゃ、行こうぜ!」


ジャックは洞窟に向けて駆け出す。すると洞窟の入り口の陰からジャックの二倍ほどの大きさの巨大な影が次々と姿を現す。


「なぁ、カメリア。ビヨンドデッドになるのは人間だけって訳ではないのか?」


「ええ。この地で亡くなった"生物"はみんなその対象になると調査隊の報告にあったわ…」


現れたのは獣の毛皮で作った粗末なワンショルダーを纏った、青い肌の一つ目の巨人たちであった。しかしその身体は腐敗していて巨大な目が溢れ落ちそうになっている。

それはビヨンドデッドと化した魔物の群れであった。


▽ウーティスが現れた!▽


ウーティスとは古代ペルミア人の残した碑文にもその存在が記され、古くからこの大陸に生息していた魔物である。この大陸へと逃げ延びたペルミア人はカルベリー島で自分たちを襲った巨人とウーティスを同一視し、極度に恐れ、絶滅させようとした。

入植初期の人類にとっての最初の敵とも言え、ウーティスは徐々にその生息領域を東へと追いやられ、この極東のアロンギルダ台地に達したという。

ウーティスも無害とはとても呼べず、実際知能は低く獰猛。また食欲は旺盛で人の肉を好んだとされる。呪文は使用出来ないが、その人間を凌駕する膂力から繰り広げられる攻撃を食らえば、容易く殺害されるという。


「辺獄化する前は確かにこのウーティスたちを倒してアロンギルダを進んだわね…」


この台地は元々は多くの魔物が徘徊していた。それが死後、ビヨンドデッド化すれば人間以上の脅威なのは確実である。


「こいつは厄介すぎる、相手をする必要はない。入り口は見えているんだ!このまま一気に洞窟まで走るぞ!!」


「そうしましょう!アダルマも走って!!」


「全く!こんな下等な魔物相手に二度も逃げ惑うことになるとは!」


アダルマは短い手を水平に上げチョクチョクと駆け出す。

しかし一つ目のビヨンドデッドはそんなアダルマに向かって殺到する。群がるそのうちの一体の巨大な眼球が黒い雪の上にどさっと音を立てこぼれ落ちた。


「きゃーーーッ!!」


ベーメリアはそのおぞましい光景に思わず悲鳴をあげた。


「寄るなッ!!屍よ、この無礼者どもが!」


「アダルマ!多少の火傷は我慢しろよ!」


ジャックはアダルマの周りのビヨンドデッドを退けるため詠唱に入る。


「我命ず 塵埃りにまみれし古き小人 忘却されし威厳ここに示せ 焦煙焼却バンセレネーション!!」


炎の精霊魔術で作り出した火球を殺到するビヨンドデッドに叩き込む。火球の一つがアダルマの身体にも直撃する。


「わあああああ!」


絶叫するアダルマはジャックを追い越し洞窟の入り口へ一直線に駆ける。


「カメリア!わしらも行くぞ!」


「あ!」


カメリアが不穏な一言を漏らす。


「どうした?」


「そもそもこの洞窟への扉って開いてるのかしら?」


「え?」


「だってそうでしょ!辺獄化した危険な場所よ。普通自由に行き来出来るわけないよね…」


カメリアの言う通り調査団の帰国後、洞窟が閉鎖された可能性は充分に考えられる。


「開扉の呪文とかあるだろ!それを使え!」


「いまの私じゃ無理ッ!」


「なんじゃとーーー!じゃあ本土に戻れないじゃないか!お前はそういうところが元遊び人の賢者なんじゃ!」


「私が一番気にしてること言わないで!」


しかし先に入り口に到着したアダルマはそのまま入り口の扉を押し開き、洞窟の中へと消えた。


「あれ?」


「開いてるじゃないか!わしらも入るぞ!」


ジャックとカメリアも一つ目のビヨンドデッドを振り切り、洞窟の入り口に飛び込んだ。

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