第23話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(2)

 迫り来る一つ目のビヨンドデッドたち。

 この不死の魔物があと僅かで入り口へ到達するギリギリのところで、ジャックは頑丈そうな鉄の扉を乱暴に閉めた。


「ふぅ…」


 ジャックは扉に寄りかかり一息ついた。


「ったく、アロンギルダっつう危険な場所に続く扉がなんで鍵もかかってないんじゃ。エリシュトロンの怠慢じゃ」


 しかしそのような批判されてもエリシュトロンは気の毒であろう。確かにアロンギルダ台地への監視がエリシュトロンの使命であったが、彼らにその余力は既になく、洞窟の監視に従事していた者たちの間で継承されていた技術も既に途絶えて久しい。


「その怠慢のおかげで助かったわ。危うくあの黒い世界に閉じ込められるところだった。でもまぁ本土から洞窟のここまで奥に辿り着ける人間なんてそういないでしょうけどね」


 アロンギルダへ通じることだけを示す名を冠したこの"アロンギルダへの洞窟"は大陸に存在する全てのダンジョンの中で最難関と評されている。


 その理由は生息する魔物の凶悪さはもちろん、六層にもわたる広大で、複雑なその構造にあると考えられる。各階層を降りては上り、上がっては下る。そのことで冒険者は現在地を見失い、無限ループに陥ったと錯覚するであろう。


 この中でこの最難関の洞窟を踏破したことがあるのはカメリアのみである。ただその時のメンバーは勇者と多くの導かれし者たちで構成された最強のパーティーであった。

 ところが今回のメンバーといえばどうであろう。

 その最強パーティーから戦力外通告を受けた者、呪文ひとつ使えない弱体化した魔王、そして亀の魔物になった元賢者である。


「とにかく引き続きここでも極力戦闘は避けて進みましょう」


 このパーティーの総合戦闘力は本来、この洞窟を通り抜けるレベルには達してはいないだろう。

 ただ幸いなことに既に勇者たちによって洞窟内の魔物の数は減少している。一方、宝物もあらかた取り尽くされてもおり、それ目当てで寄り道をするメリットもないため、とにかく目的である出口まで最短で進めば問題はないはずだ。


「カメリアよ、転移呪文は無理でも帰還呪文を使ってサクッとここを抜けられないのか?」


 火の呪文で点火した松明をかざして先頭を進むジャックがボヤく。


「帰還呪文だと入ってきた入り口に戻っちゃうでしょ。そうなるとさっきの冥王城側からやり直しになるだけよ」


 真っ白い亀は頬を膨らませる。


「ったく、転移魔法も使えんし・・」


 役立たずめ、と言葉が出かかったが、ジャック自身がこれまでで一番傷付いた言葉(実際は直接言われてないが)を他人に発しそうになり慌てて押し黙った。


「余の第一形態ナイトメアモードならそれよりも上位の帰還呪文を行使し、この程度の洞窟、容易く脱出が出来たのだがな」


 その姿にあらゆる最高レベルの呪文を行使した、かつての荘厳な魔王の面影はない。小鬼リリパットのような容姿へと変わり果てた魔王の自画自賛は誰が聞いても虚しく響くだろう。

 こうしてみると改めて魔王は勇者との戦いで失ったものが多いな、とジャックはほん僅かだが憐れんだ。


「えっと、ここ行って左かな」


 ふわふわと浮かぶカメリアの誘導で通路を曲がっていくと突然周囲の気温が上昇した。


 ▽ ファイアパンチが現れた!▽


 ファイアパンチとは銀色の毛並みをした大猿の背中に、蝙蝠のような翼が生えた魔物である。

 元々はイースクラ(火花)とも呼ばれ、その名前が示すとおり火属性の呪文を使って敵を攻撃する。しかしこの魔物の恐ろしさは別にあった。


「気をつけて!この魔物は自爆呪文を使うわ!集団で現れるとかなり厄介よ」


 この大猿の魔物ファイアパンチはカメリアの警告通り、自ら爆ぜることで広範囲の相手に大ダメージを与え、呪文耐性が低いものであれば即死させる。


 ファイアパンチは進行方向を塞いでいるため戦闘は避けられない。


「面倒じゃ、わしの隼迅の剣で速攻で仕留める!」


 しかし魔王は息巻くジャックを制すると、前に進み出る。


「手負いの魔王と舐めるなよ、このような雑魚共なんぞ物の数ではないことを証明してくれるわ!」


 アダルマは小さな拳を握りしめ、魔闘気を練り上げる。これこそアダルマの第二形態における最大の攻撃〈七曜虚壊拳〉である。

 七曜虚壊拳とは木、火、土、金、水から万物は成るという陰陽五行説を元に成立し、発展を遂げた武術である。


 身体に6つ存在する車輪チャクラを振動させることで霊気プラーナを全身へと伝達し、循環させることで霊気を魔闘気へと変換、それによって肉体の強化、エネルギー弾などに転用し戦う。また特殊な材質で作られた武器に霊気プラーナを巡らせて放出することも可能で、その剣技こそが勇者戦で使用した〈兇殲剣きょうせんけん〉である。


 しかし、握りしめた拳には反応がほとんどない。本来であればその拳は熱く高まり、敵を威圧する眩しい輝きを放つ。だがその拳はわずかに光輝くと放たれた魔闘気は燃え尽きるように霧散する。


「おい!何をもたもたしておるんじゃ!自爆呪文を使われる前にさっさと倒す必要があるんじゃぞ!」


「黙れ!!いますぐこの猿共をひき肉にしてやる!」


 しかし、魔物は魔王の攻撃など待ってくれない。ファイアパンチは呪文を放つ。


「やべえ!アダルマ逃げろ!」


劫火フレイム


 激しい炎が現れアダルマの身体を包み込む。アダルマは本来地水火風の全属性、弱体化呪文などに対する強力な魔力耐性レジストを備えている。


 呪文には3つの等級グレードが定められており、本来のアダルマの魔力耐性であれば低俗呪文ロウマジックは反射、高等呪文ハイマジックであれば無効化する。

 魔王を殺傷するにはその道を極めた魔法使い、僧侶、賢者や暗黒騎士などが使用する極大呪文ロフティマジックでもって初めてその効果が発揮される。


 ファイアパンチの呪文の放った呪文は「無声魔術サイレントマジック」に分類され詠唱を必要としない魔術である。魔物が使用する呪文はほとんどがこれに該当する。


「ぐああああああああ!!」


劫火フレイム」は精々高等呪文ハイマジック程度の等級グレードであるのに関わらず、魔王は苦しみの声を漏らす。


「くっ…余がこのような無様な醜態を…」


 アダルマはこの程度の呪文で火傷を負った自身の身体を見て困惑する。


「アダルマ!やはりあなたの身体はもう…」


 カメリアは焼け石に水と分かっているが、ろくに効果を発揮しない回復呪文をアダルマに唱える。


「どけ!魔王!くらえーーッ、化け物猿が!!」


 ジャックはアダルマを飛び越え、隼迅の剣でファイアパンチを脳天から一刀両断にして倒す。


「おい!魔王、大丈夫か?お前、防御耐性だけでなく攻撃も」


「ふ、ふん!この手足にまだ慣れていないだけだ。先を急ぐぞ」


 バツが悪そうにアダルマは先を急ぐ。すると突然地面に吸い込まれジャックたちの目の前から消えた。


「のわわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 落下するアダルマの絶叫が遠ざかっていく。

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