第21話 暗黒の騎士たち(9)

「早速邪剣十体を使うのか!ならばこちらも遠慮なく本気でいかせてもらうぞ!」


 布製の鞘からリヴィエールは真っ黒の剣を抜いた。これこそがリヴィエールの所持する天秤宮ライブラの邪聖剣である。

 刀身は短く、見た目は藪を刈るのに用いられる山刀に近いだろうか。またフラメルの所有する巨蟹宮キャンサーの分厚い邪聖剣とは対照的にその厚みは3ミリメートル程度と薄い。

 その形状から俊敏性を損なうことのない軽量の剣であることは容易に想像でき、相対した者はそこから繰り出される剣速をまず警戒するだろう。


「お前らは離れていろ。これより"無窮の闘争アイオーニオン"を開始する」


 ルドルフら他の騎士を制し、リヴィエールが口にした無窮の闘争アイオーニオンとは本来禁忌とされる暗黒騎士の同士討ちを意味する。


 邪聖剣を所持した者が剣を交えるとき、強烈な魔術的フィールドが発生し、それぞれを包みこむ。その際フィールドには外部から立ち入ることは不可能である。

 このフィールド内に留まっているだけで膨大な生命力を消費し、決着がつかない場合は両者の命を容赦なく奪う。

 それはまるで聖剣が"聖剣"であった頃の名残りなのか、魔族への抵抗を示すように暗黒騎士の自滅を促す。


 このため、同士討ちである"無窮の闘争アイオーニオン"は大きなリスクを伴う。

 しかしこれは例え暗黒騎士内でずば抜けて戦闘能力が高いものが出てもその者が暗黒騎士を裏切ることを防ぐ心理的な障壁ともなっている。

 例え誰かを殺そうとしてもどれだけ力量の差があろうと暗黒騎士同士で戦えば必ず消耗し、連戦するほどの力は残らないからだ。


 それを理解しながらもフラメルとリヴィエールは剣を交える覚悟を決めた。


 睨む合う両者の間に冷たい風が吹き寄せる。するとわだかまる魔力が徐々に外へと広がっていき、ドーム状の透明な幕が張られた。これが無窮の闘争アイオーニオンにより発生する魔の力場〈ディストラクションフィールド〉である。


 リヴィエールは右手に剣を構えると右足を揃え深い前傾姿勢をとる。


「〈蒼穹〉か…!」


 リヴィエールの型は邪剣十体の中で最速とされる〈蒼穹〉である。


「フラメル、この戦いはお互い持って一分といったところかな。さぁ始めるぞ!」


 リヴィエールは後ろ足で地面を素早く蹴りあげ、戦闘開始の狼煙をあげた。

 そのスピードは尋常でなく、瞬く間にフラメルとの距離を詰める。


 最速が最硬に向けて突撃する。


 迎え撃つフラメルは〈宝塔〉によりカウンターで斬って取ろうと狙い定める。

 しかしそれに対しリヴィエールは突如奇妙な行動に打って出る。

 邪聖剣を柄から、刃の部分へと直接持ち直し、フラメルに向けて邪聖剣をナイフ投げの要領で投げつけた。


「なにッ!」


 さすがのフラメルも虚を突かれた。瞬時に左手を硬質化させ辛うじて直撃を防ぐ。

 だがリヴィエールが既に間合いに入っており、カウンターの発動は遅らされた。

 フラメルは咄嗟にリヴィエールの腰辺りを横薙ぎに払おうとする。

 しかしリヴィエールはその研ぎ澄まされた反射神経で仰向けに倒れ込むように剣の下を潜った。

 それと同時に素早く左手を背中に回すと、金箔に覆われた美しい一本の短剣を取り出した。


「二刀流だと⁈」


 暗黒騎士は互いの能力を知る機会が著しく少ない。彼らは"共闘"出来ない理由があり、リヴィエールはフラメルにとって同志であるが未知の敵でもある。


 リヴィエールが取り出したその剣は〈エッジワース〉という。21種類の異なる金属から呪術的鋳造がされた伝説の短剣であり、勿論盗品である。


 フラメルの伸び切った右手を狙いリヴィエールは逆手で持ったエッジワースを逆袈裟に大きく振り上げる。


 この神速とも言える両者の攻防を肉眼で捉えることが出来たのは黄金騎士ルドルフのみであろう。


 フラメルは右手も鉱物化させ手首が切り落とされるのをギリギリで防いだ。するとリヴィエールは先程投げつけた自身の邪聖剣を広い上げ再度斬りかかる。フラメルは邪聖剣が受け止めたが片手なので踏ん張りが効かない。そこですぐさま鉱物化した右手を刃に押し当て均衡を保った。体格ではフラメルの方が優れている。実際に力比べをすればフラメルが勝つであろう。しかし、左手と右手、瞬時の鉱物化によってフラメルは思うように力を振るえなかった。そのままリヴィエールはフラメルの上に鍔迫り合いの形で覆い被さる。


「フラメル…!お前はここで終わりか?」


 両者必死の形相で剣を押し合う。


「ぐはッ!!」


 リヴィエールは突然苦悶の声を漏らすと身体を跳ね上げられた。


 フラメルは立ち上がり、リヴィエールも胃液を吐きながら必死で態勢を整える。


 フラメルは邪聖剣の柄頭を硬質化させリヴィエールの鳩尾を突いていた。


 両者呼吸は乱れ、短時間のわずかな攻防であるのにも関わらず激しい疲労に襲われる。

 そして無窮の闘争アイオーニオンで発生したディストラクションフィールドは急速に両者の生命力を奪う。


「はぁはぁはぁ…。こんなところで良いだろう。やめだ」


「何を言う。互角、いや君の方が劣勢だろ。勝つのは僕だ」


「よく言うぜ。このままじゃ、ディストラクションフィールドで共倒れだ。っと、おい、鼻血が出てるぞ」


 フラメルの鉱物化は大量の魔力を消費する。本来肉体強化に用いられるが、自身の身体が触れた無機物に対し、さらに莫大な魔力を使用することで鉱物化することが出来る。そのため邪聖剣の強度を硬質化によってさらに上げることも可能である。


「お前は魔王戦、そしてその後の城内の殲滅戦で疲弊している。お前に勝ち目はない」


「それじゃあ僕をこのまま見逃せよ。ここで死ぬわけにはいかないんだ。魔王は必ず僕が殺す」


「見逃せと言われて、はい、そうですかとはいかないだろ?」


「じゃあどうすればいい?形式的にこだわるのであれば命乞いでもしてやる」


「ははははは!おれらはこれまで多くの命乞いを見てきた。けどそれで一度でも見逃してやったことなどないだろ。それに見逃したところでどうやって魔王を殺すんだ?居場所もわからないからこうして城内の掃除で時間を潰してたのだろうに」


「……」


「おれも協力してやる。魔王殺しを」


「既に僕の処分は"誅戮ちゅうりく"すると決議されているんじゃないのか?」


「何も麗しき友情からお前のためにって訳ではないので安心しろ。当然お前を敵前逃亡と独断先行の罪で処刑せよという意見はあった。おっと、議事録はないし、誰が言ってるかなどの詮索はするなよ。だがこの場におれが来たことが答えだ」


「どういうことだ?」


「本当のことを言うとそもそも始めからお前を殺せとは命じられていない」


「なんだと!少なくても君の攻撃は遊びじゃなかったぞ」


「まぁ許せ。お前は処刑されてもおかしくないのは事実だ。それなのに第一声助けにきたでは他の騎士にも示しがつかない」


 ルドルフら30人あまりの騎士たちはそれを見届けるためでもあったのであろう。


「それに処刑するつもりならおれじゃなくクロクスタ翁あたりが来て、問答無用でお前の首を身体から切り離しているところだろ」


 クロクスタとは磨羯宮スコーピオンの暗黒騎士で、剣だけで言えば12人の暗黒騎士の中でも最強と称される。


「エルネストはまずお前の話に耳を傾けよとのことだ」


 フラメルはわずかに安堵した。その名が出ればこの対応は公のものと考えていい。


「さすがは有情騎士エルネストだ。その慈悲に感謝する」


 暗黒騎士内に上下はない。だがそれでも自然とイニシアチブを握るものは出てくる。エルネストは黒円卓会議の進行役ファシリテーターを務めるし、意見が割れたときは決まって皆エルネストに視線を送る。


「ただし条件がある。このままおめおめとお前は帰国できない。魔王を殺すのは必須マストだ」


「元から魔王を殺すまで戻る気はないよ。だがその条件とはなんだ?」


「この魔王城に存在するとされる神宝を見つけそれを手土産としろ」


「なんだと⁈そんなものがこの城にあると言うのか?だがさっきも言ったとおりこの城にはもうまともな武具や道具はない。隼迅の剣などがあったようだがそれも既に人間の手によって奪われている」


「そこでおれが派遣された。おれならこの城を短期間でくまなく調査できる。とりあえずこれまでの情報を共有しろ。お前にしてはなんでもないことかもしれないが、俺には重要なヒントになることもある。さぁ記憶を総動員してありったけの情報をおれに寄越すんだな」


 結局この城の宝探しを条件に首の皮一枚繋がったフラメルであったが魔王の居場所は依然知れず、その心中は穏やかではなかった。

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