第20話 暗黒の騎士たち(8)
新たに魔王城を訪れた暗黒騎士リヴィエール。
その出立ちは暗黒騎士らしく全身黒一色であった。しかし漆黒の胸当て、漆黒のタイツ、漆黒のブーツ、漆黒の革手袋などの各装備は騎士というには随分と軽装で、どちらかと言うと盗賊を思わせる。
リヴィエールは体格も小柄でフラメルよりも年若く、少年と形容しても違和感のない容姿である。ただそれよりも際立っているのが茶色の混ざった金髪からぴょこんと主張する猫のような三角形の耳と、
魔王城で一人孤独に戦う自らの元に仲間が訪れたのならば本来安堵や感謝の念が湧くはずであるがフラメルのその瞳は未だ冷たい炎を宿す。
「…思ったよりも早かったな」
この事態を警戒していたフラメルの言葉は案外するりと口から溢れた。
一方、リヴィエールは柔和な笑みを浮かべた。
「それはそうさ。他の暗黒騎士だったらこうはいかない。その点はお前も知っての通りさ」
フラメルが堅牢騎士と渾名されるようにリヴィエールは
彼は暗黒騎士内の中で早くもっとも戦場に駆けつける。
「盗賊の君がこの魔王城に何の用だ。既に勇者たちに荒らされていて、ここに目ぼしいものなんか残されていないよ」
「おい、おれは盗賊ではない、トレジャーハンターだ、全然別物だ。それに第一声がそれか?何の用だと?それをお前が言うか?遊びに出かけて約束の時間に戻らない子供を探してようやく見つけてやったのになんで来たの?と能天気に聞かれた気分だぜ。人の気も知らずにな。その質問はおれがお前にするものだ。何でお前はいまここにいる?」
「それこそ愚問だろ。決まっている、魔王を殺しにきた」
「ほう!巨人駆逐を投げ出してか?我々が最も優先すべきは事柄は何か?今一度思い出せ。我らが女王はいまお前に失望されている」
× × ×
巨人の駆逐。君主たる女王。これらは暗黒騎士団の奇妙な成り立ちに密接に関連する。
およそ100年前、冥王とその配下の魔族による地上侵攻が始まった。それに乗じて冥王とは縁のない複数の魔族の集団も地上に進出し、それらの大半は盗賊となって人間を苦しめた。
パンスペルミア大陸の西に位置する〈アーテル国〉、その最北端の都市が、ある魔族の盗賊団により蹂躙され占拠された。その盗賊団は航海術にも優れており、更なる財宝を目当てに拠点から北に面した黒狭海を渡った先に位置する〈カルベリー島〉を目指す。
しかしカルベリー島は大陸と状況が全く異なっていた。その島には人間は一人として存在していない。代わりに角の生えた巨人たちによって支配されていた。
その巨人たちは〈暗闇の巨人〉と呼ばれる魔族の一勢力であった。
暗闇の巨人が登場するのは冥王の進出よりも遥か以前にまで遡る。
巨人たちはどこからともなくカルベリー島に現れ、そこに住む人間を虐殺して回った。
辛うじて生き残った人間たちは海を渡りパンスペルミア大陸へと移住し、その後の各王国の祖となった。
つまりパンスペルミア大陸の人間は元々はカルベリー島をそのルーツとする。
財宝目当てに巨人に占拠された人類の故郷〈カルベリー島〉に図らずも潜入した盗賊団であったが、巨人は魔族である彼らに対しても極めて敵対的であり、上陸した盗賊団は壊滅的な打撃を受ける。そして命からがら逃げ出すことが出来た12名の魔族は島で手に入れた剣をそれぞれ手にしていた。
その盗賊団の生き残り12名はカルベリー島の財宝は諦め、今度はその剣を手にアーテル国の王都へと攻め込む。
剣を手にした12人の盗賊を見た王都の人間は抵抗することもなく、何故か突然彼らを崇め平伏した。
戸惑う盗賊団に彼らはアーテル国に伝わる伝説を語り聞かせる。
ーーーーー
異世界より神が使わした聖騎士たちが聖なる剣を手にしたとき、聖なる島より悪鬼を滅し、永遠の楽土へと導く
ーーーーー
これはアーデル国に伝わる〈三聖の詩〉と呼ばれるものの一節で、この詩に出てくる"異世界からの12人の聖騎士"をこの12人の盗賊にアーデルの民は勝手に重ねたのだ。
元々盗賊たちは国を乗っ取るなどの大それた野望は持っていない。かえって目立つことで冥王から敵視される方が恐ろしい。金目のものを一通り奪えさえ出来ればアーテル国に何の用もないはずだった。
それなのにあり得ない誤解によって盗賊たちは人間の国を治めることとなる。
しかし盗賊たちには国家経営などは真似出来ない。そのため既存のアーテル国の統治体制に彼ら魔族を組み込むという奇怪な試みが行われた。
まず君主ではあるが権力を一切持たない人間の女王がこれまで通り引き続きその地位を継承する。
そして女王に次ぐ権力として新たに
このように"権威"はこれまで通り人間の女王、"権力"は魔族という魔族的立憲君主制とも言うべき政体が成立し、それに伴い国家名までもアーデルから〈リングアイグノダ〉へと変更した。
この暗黒騎士誕生物語の真偽は不明である。だが魔族の盗賊がカルベリー島に潜入し、12本の剣を持ち帰り、その剣を持つ魔族を女王が迎え入れて、武力を伴わない政体変更が行なわれたという大まかな流れに関しては真実であるという。
しかし、ディティールにおいては不可解な点がいくつもある。
何故剣を手にしただけの魔族を見て聖騎士と誤認したのか、そしてそれは社会的影響力がある人物であったのか
冥王を恐れていた魔族がなぜ聖剣を手にしたことで魔王に匹敵する力を身につけたのか
カルベリー島から持ち帰った剣は本当に聖剣だったのか
聖剣はいつから邪聖剣となったのか
なお三聖の詩の原文では聖剣のことを「サケル」と記述されているが古代語で"聖なる"を意味することから後年、聖剣と訳された。しかし「サケル」には"汚れ"、"呪い"という意味も含んでいる。
疑問は尽きないがいずれにしろたった100年ほど前の出来事にも関わらず暗黒騎士物語は不明確と不自然と不可解に満ちていた。
しかし、リングアイグノダとなった今でも国家の悲願は巨人を駆逐し、聖地カルベリー島の奪還することである。
暗黒騎士たちもその悲願を
× × ×
現在、暗黒騎士たちと暗闇の巨人の戦争は終盤に差し掛かっていた。それも暗黒騎士の勝利という結果で。
「おい、リヴィエール。城内の幻獣はあらかた片付いたぞ」
睨み合う二人に近付く騎士たち。リヴィエールは30人ほどの騎士を引き連れ入城していた。
現れた騎士たちは暗黒騎士団の一員であるが黒い色の鎧兜は身につけていない。
リングアイグノダにとって黒い鎧兜を身につけることができるのは選ばれし者の
リヴィエールに声をかけた男はルドルフといって暗黒騎士に次ぐ〈黄金騎士〉という階級にある。その鎧兜は黄金とは言わないが黒味がかった黄褐色となっている。
その下の階級は〈白銀騎士〉と呼ばれ燻んだ銀色の鎧兜を身に纏う。さらにその下の階級は〈青銅騎士〉となり暗い青緑色の鎧兜を身に纏っている。この場に現れた騎士の中では黄金騎士はルドルフ一人しかいなかった。
「ああ、ご苦労様。こちらに死人は出ていないよな」
「当たり前だ。おっとこれはフラメル様、ご無事で安心いたしました」
ルドルフはリヴィエールには若干無礼とも思える返答をするも、フラメルには恭しく気遣いの言葉をかけた。
「お前、俺に対する態度だけ違うよなぁ。まぁいいや。フラメル、その巨人より優先した魔王はどうした?討ち取れたのか?」
「……結果はお察しのとおりだよ、このとおり僕はしくじった」
素直に答えるフラメルであったがその顔は当然苦々しさに満ちている。
「なぜお前はこのタイミングで魔王を襲った?」
「……」
「お前、事前に知っていたのか?勇者が魔王にやられるのを…」
緊張からなのか疲労からなのかフラメルの呼吸は依然整わず肩で息をしている。
「この問答に何の意味がある?巨人討伐を投げ出し、独断先行をした僕へ制裁を与えに来たのだろう?だったらこんなやり取りなぞしないでさっさとかかってこい!!」
フラメルは剣を抜くと身体を沈め、剣先をリヴィエールに向け邪剣十体の一つ〈宝塔〉の構えをとった。
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