第19話 暗黒の騎士たち(7)

(何たる失態か…!)

 魔王の逃亡を許し主が不在となった魔王城では暗黒騎士フラメルにより残った魔物の一掃が粛々と行われていた。


 勇者パーティーを退けたばかりの疲弊した魔王を始末する。その目的達成まであと一歩であった。

 しかし想定外の出来事が次々と起きた。まずジャックと名乗る人間がしゃしゃり出てきて魔王を援護した。途中二人の中で恐らく何かしらの盟約が結ばれたのであろう。突如として力を増した人間と、体力を回復させた魔王が連携をしてきたがそれも制した。

 そして次は二人に対しとどめの一撃を加えようとしたその時、確証こそないが魔王の配下らしき空飛ぶ亀が現れ、光と共に目の前から消え失せた。


(あれはおそらく転移呪文。それも最高位のものだった)


 フラメルはまず途方にくれた。城を一旦放棄し、魔王を単独で追うという選択肢もあったが魔王らの転移先は皆目検討が付かない。また迂闊にこれ以上魔王の領土内を彷徨えば魔王最強の眷属、八大地獄衆と遭遇する可能性もある。


 満身創痍であった魔王を討つ。この千載一遇の好機を不意にしてしまったという現実。それは悔やんでも悔やみきれない。

 フラメルはこの奇襲においては味方すら欺き、たった一人でこの魔王城への過酷な道程を踏破した。

 それなのに得られた果実は無いに等しかった。


 フラメルは城の占拠のためというよりも半ば八つ当たりの対象として魔王城に徘徊する凶悪な魔物たちを殺戮している。


 魔物は大別するとこの地上に元々存在する〈魔獣〉と、魔族によって魔界より召喚された〈幻獣〉の二種類に分けられる。特徴としては魔獣は知能が低く、御することも困難で、戦力に加えたときの餌代や管理などのコストが高いため、洞窟や森、渓谷、深い山などの自然環境へと配置し、幻獣は召喚による魔力の消費が必要であるが術者の単純な命令に従い、敵味方の識別も可能なため、城や主要な砦、塔などの拠点に配置する場合が多い。

 よってこの魔王城も例外ではなく、後者の魔王により召喚された幻獣が場内を徘徊していた。

 また幻獣たちが今もこの魔王城に存在できているということは魔王の健在をそのまま示唆している。


 フラメルはこの幻獣たちを全滅させることにした。


 ▽スプリガンサーチンが現れた!▽


 見た目は羽の生えた子供の鬼であり、その容姿からは想像できないほどの高い物理攻撃力を誇る。

 身体の大きさ、見た目の年齢を自由に変化することが可能とされ、老人に姿を変え、旅人を騙すこともある。水系の呪文が弱点でありフラメルは得意の精霊呪文で蹴散らした。


 ▽スティールボーラーが現れた!▽


 かつてパンスメルミア大陸の一部族により崇拝されていた戦神に仕える戦士たちの魂が零落れいらくし、魔王により幻獣として召喚された。髪の長さはその戦士の強さを示し、戦績はその長さに比例している。

 集団戦法という概念を持ち、手にした鉄球を振り回し敵を追い立てる。

 フラメルは拳を鉱物化させ鉄球を破壊し、冷静に一匹ずつ邪聖剣により首を切り落とした。


 ▽テラロリゴが現れた!▽


 体長は2メートルほどの巨大なヘビであるが膨れた尾が破裂したことで8本の足と2本の触手に変化した。その足とひれに見える頭部により、軟体動物のイカを思わせる。

 触手と足で直立歩行し、3回連続攻撃をしてくる強敵であるが破裂した足をさらにフラメルにより切り刻まれ死亡した。


 これまで倒した幻獣の数は優に100体を超える。幻獣の特性として死亡するとその身体は霧散しエーテルへと還る。


「はぁはぁはぁ…」


 いかに魔王を圧倒した暗黒騎士フラメルと言えどもこの途方もない幻獣の群れをたった一人で駆逐するのは流石に骨が折れた。

 疲労はどんどん蓄積していき、呼吸の乱れは激しくなる。

 魔王城の突破ではなく、魔王城の敵を全滅させる。改めてこの二つは決定的に異なるとフラメルは痛感している。


(一旦身体を休めよう)


 玉座の間には幻獣が近付かない性質があるようだったので、フラメルは小休止に向かう。


 玉座の間へと続く回廊を進んでいくと背後から振動が鳴り響く。


 このまま玉座の間に避難するのは容易い。背を向けそのまま駆け出せばいいだけだ。だがいまの苛立つフラメルは敵を求めて振り返る。


 その幻獣はずるりずるりと摺り足でゆっくりと近付き、天井も高く、横幅も広い回廊を窮屈そうに進む。


 ▽キリアスパルトイが現れた!▽


 それは竜の牙を元に魔王が作り出したとされる超大型の幻獣である。その巨大さが際立つのはでっぷりと膨れた腹部に、短い二本の足で直立不動しているためであろう。怠惰な口から垂れ下がる舌はどこか不敵な雰囲気を漂わせている。


「次から次と…。だが僕の苛立ちを忘れさせてくれるのはお前ら化け物の悲鳴だ。来なよ、僕に先程の失態に向き合う暇を与えるな!」


 その短い二本の足で屹立する肥え太った巨獣は両手で棍棒を握りフラメル目掛けて振り下ろす。

 このキリアスパルトイの攻撃は命中率こそ低いが食らえば致命傷となる。

 フラメルはその攻撃を疲弊した身体で難なくかわし、邪聖剣で巨大な腹部に一撃をくれてやろうと力を込めた瞬間、キリアスパルトイのヌメヌメしたような光沢のある皮膚にすーっと筋が入った。その筋は全身にわたり、身体中から血が吹き出すとバラバラになって崩れ落ちた。


「フラメル、魔王城の単独占拠なんぞ無謀にも程があるぞ!」


「君は…!」


 フラメルへかけたその声は知己ちきの相手への気安さが籠っていた。

 幻獣の肉片の山がエーテルとなり空気に溶けるよりも前にその者はフラメルの前へと躍り出た。


「まずは良く生きていた!」


「リヴィエール、やって来たのは君か…?正直意外な人選だ」


 次なる暗黒騎士の来訪。それはフラメルにとって好ましくない展開の一つであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る