第16話 魔王たちは逃げ出した!(2)

 ジャックは正直なところベーメリアに対して思うところがあった。かつてこいつよりはマシと思っていた相手があっさりと自分を抜き去り、見送ったその背中にどれだけの劣等感を覚えたか。

 そして同時に虚栄心に塗れた醜い自分自身を突きつけられもした。

 挙句の果てには勇者シェイクソードから戦力外通告を受け、世界の片隅で穏やかで哀れな毎日を送ることとなった。

 そのきっかけといえばきっかけであるが完全に言いがかりなのも分かっている。

 一方でかつての仲間との再会はこんなかたちとはいえ率直に嬉しいというのも紛れもない事実であった。


 ジャックは自らに問う。改めて自分は何をしたくて魔王の城へと馳せ参じたのだろうか。

 魔王を倒したかったのか。それはもちろんであるがやはりシェイクソードへの助太刀をしたかったのだろうか。そうだとしてシェイクソードからどういう感情を引き出したかったのか。命を救われた感謝か?自分を捨てた後悔か?そしてシェイクソードと再会していたら自分は何を思ったのだろう。いまベーメリアに感じているような、じわじわと胸を打つ感慨に満たされていたのであろうか。


 しかしもうそれを確かめる術はない。


「まさか魔王と契約を結ぶとはね。思い切った決断をするよね」


 ベーメリアは動かない亀の身体で魔王とジャックが契約するのをただ黙って見ているしかなかった。


「うるさい、あざけるなら好きにしろ。わしはわしのやり方で人類を救うと決めたんじゃ!」


 ジャックは率直に気まずかった。それはそうだ、かつての仲間を殺した"巨悪"との同盟契約を結んでしまったのだ。人類の裏切り者と罵倒されてもしょうがない。

 そもそもこのベーメリアは自らの呪文とはいえ魔王との戦いで命を失っている。今この場で魔王にとどめを刺すと言っても驚きはしない。


「そうね。ジャックくんが契約を結ぶとなったときはなんてことを!と思った。でも今の状況だとその判断はベストじゃないんでしょうけど、ベターなんじゃないかと考えているわ」


「え、なんじゃと…?」


 パタパタと羽を動かし宙に浮かぶベーメリアは今度は横たわる魔王に話しかける。


「魔王アダルマ。とりあえずいい気味ね、と言わせてもらうわ」


「おい、気持ちは分かるがよ…」


 ジャックは魔王をなじるベーメリアの態度がまるで自分に対してのようにも思えて、ひどく後ろめたい気持ちになる。一方アダルマは黙ってはいない。


「よくも余の分身を乗っ取ってくれたな、女賢者。思えばいまの余の窮状を招いた最大の原因は貴様だ。忌まわしい古代魔法で結界を消し去り、余の分身を倒したばかりか、余の身体をこのような状態にしおって!」


「お互い様でしょ。それに昨夜から私も貴方も状況が随分変わったわ、特に見た目がね。それよりもまず私の疑問に答えてもらうわ」


「勇者と仲間を殺した謝罪でも要求するのかと思ったが疑問ときたか」


 アダルマは地べたに横たわりながらも上空のベーメリアに対し、上から目線で話を続ける。


「馬鹿にしないでよね。私たちは地上の平和を取り戻すために魔王へ挑み、力及ばす敗北をした。倒しに行くということは殺される覚悟を持って戦いに臨んだ。ノーサイドとまでは割り切れていないけど、その恨みをいまここで貴方にぶつけるなんて滑稽なことをするつもりはないわ」


「ほう、それは殊勝な心掛けた。ならばなにを余に問う?」


「あと一歩で暗黒騎士にやられるところを私たち人間如きに助けられた死にかけの魔王はこれからどうするつもり?」


 魔王の傲慢さに対して嫌味を込めてベーメリアは疑問を投げかけた。


「愚問だな。城を取り戻し、暗黒騎士共を鏖殺おうさつし、この地上の覇権をとる。多少置かれた状況に変化はあったが何も変わらん」


「そのあと人間はどうするの?暗黒騎士と同じように皆殺しにするつもり?」


「思い上がるなよ。人間なんぞ元より眼中にない。余は暗黒騎士共を全滅させ、残る魔の勢力全てを一掃し、地上を制覇する」


「待て!半分はわしへ、人間へ寄越す契約じゃろうが!」


 〈甲 (魔王アダルマ)は地上制覇を成し遂げた際、乙 (ジャック)に対しこのパンスメルミア大陸、及び周辺の島々の半分を譲渡する〉


 これが魔王とジャックの結んだ契約の条文である。


「そうよ。そこがはっきり言って信じられないのよ。せっかく地上を制覇したのに半分手放すというところがね。それを是認したあなたの背景を知りたい」


「何を言う。人間なぞ初めからどうでも良いと言っている。貴様は犬猫が多少増えたところで人間の存在が脅かされるといちいち恐怖するのか?しないであろう」


 傲慢な答えだった。魔王はさらに続ける。


「魔の勢力を一掃すればその時点で余は弱肉強食の頂点へと立つ。脅威は最早ない。我が軍団は冥王や暗黒騎士のような大所帯ではない。莫大な富も広大な土地も必要ない。人間なぞ地上の残り半分で好きに暮らせ」


 言い換えるとすると魔王は物理的な支配よりも自分の存在を脅かすものの排除を目的としているということなのだろうか。いずれにしろ魔王の人間観とでも言うべきものの詳細はわからない。


「ただし、余の領域にいたずらに人間共が関与しようとすれば容赦はしない。鼠が忍びこみ食料を食い散らし、糞尿を撒き散らせば人間も駆除するだろう」


「偶然ね、アダルマ。貴方は聞いたことはある?冥王、魔王、暗黒騎士、各勢力の人間との関係を言い表した例えを」


 冥王は人間を〈豚〉のように扱う

 暗黒騎士は人間を〈犬〉のように扱う

 魔王は人間を〈鼠〉のように扱う


「ほう。くだらん例えだが分かっているではないか、自らの存在の立ち位置を。そう、貴様ら人間は余にとっては鼠よ。害獣として振る舞うなら駆除するし、愛玩動物として振る舞うなら愛(め)ではしないが放置してやる」


 現在魔王国、冥王国、暗黒騎士国間における人間の移動は厳しく管理されている。

 しかしそれ以前は冥王国、暗黒騎士国からの魔王国への流入は多かったとされる。それは魔王国は魔王の極端な個人支配体制であり、その統治において他国にある人間と魔族との明確な身分格差が存在しない。あくまで魔王とそれ以外という区別だけがなされている。

 だがそれは決して人間にとって幸運かと言うとそうではなく、国内の安定に魔王は関心がない。つまり魔族が人間をどれだけ虐げようが放置するのだ。

 他国と比べ魔物が跋扈している区域が格段に多いのも特徴で魔王国内の資本生産性、労働生産性は低く、魔王国に入国した人間は再び冥王国、暗黒騎士国に出戻りするケースも少なくない。


「ふん!勝手にほざいていろ。だが地上の半分もあれば人間にちょっかいは出さないということじゃな」


「それが魔王の公式な回答というならば決めたわ…。私もジャックくんの案に乗っからせてもらいたいの」


 ベーメリアは真剣な瞳でジャックに向き直った。


「え?どういうことじゃ?何を言っている」


「ジャックくん、貴方はすごいことをしたのよ。貴方と契約するために魔王はその対価として自分の命を預けざるを得なかった。それは魔王の生殺与奪の権を人類が握ったようなものじゃない!これは人類初の快挙よ。その契約さえあればいま魔王が話した人間への対応が出まかせであったとしても人類にとってそれが抑止となる。魔王と地上の分割。諸手をあげて歓迎はしないけれど最悪というほど悪くはない」


 ベーメリアは思う。自分を含む勇者の仲間たちの代わりはこの地上にいくらでもいる。しかしもう勇者本人はこの世にいない。勇者の死によって魔族同士の戦争が本格化する状況において、勇者不在の人類はどうやって生存できるのか。その手段は間違いなく妥協と打算をもってしか得られないはずだ。


「このままだと暗黒騎士がさらに台頭する。悔しいけど魔王がジャックくんに言っていたとおり100年に及ぶ魔族の侵略は完成を迎え、人類史は終わってしまう。この状況を看過することは私にはできない。魔王に組みしてでもこの戦乱における人間の被害を最小限に食い止めたい。これが胸を張って正しい選択とは言わないわ。でも全てが間違っているとも思わない」


「ベーメリア…。わしらで勇者シェイクソードが果たせなかった人類救済の偉業を…」


(こうなってしまった今だから言える。そもそも私たちは"近道をし過ぎた")


 ベーメリアは感動するジャックを他所に逡巡しゅんじゅんする。


 100年にわたる魔族の支配の終焉。それが冥王を倒せたことで一気に現実味を帯びた。


 魔族の寿命は長い。それに比べてシェイクソードも私たちも、いまのこの力が振える期間があとわずかであることを常に恐れていた。

 そのため私は〈転生の秘蹟〉を自分に施した。


 冥王軍との戦いは上手に運んだ。冥王軍の将軍である護門七卿ごもんしちきょうを順当に撃破し、そして最後に冥王を見事に撃破した。


 しかし魔王との戦いはどうであったか。

 八大地獄衆という魔王の配下との決着を避け、御衰日ごすいじつという100年に一度の好機があったにしても拙速に最終決戦へと臨んでしまった。


 そして。密かに抱いていた不安が蘇る。


(本当に勇者シェイクソードは正義の使徒であったのだろうか)


 彼が人類を救おうとしていたのは間違いないだろう。だがそれでも合点がいかないことがいくつかある。


 冥王打倒後の勇者の空白の6ヶ月

 魔王との決戦までの手引き

 電撃的な暗黒騎士の強襲


 これらは恐らく連動している。

 不審を抱くことが罪であったとしたら、いまの私の姿はその罰なのかもしれない。

 ただくよくよするのは好きではない。私は元々享楽的でシリアスさに水を差す遊び人だったのだ。

 人はいまあるカードで戦っていくしかない。


「私のことはこれからはカメリアと呼んで!」


 元遊び人の少女は明るく宣言する。


「カメとベーメリアをかけてるのか!ってお前、めっちゃポジティブやんけ!」


 こうしてカメリアが仲間に加わった!

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