第15話 出会いと別れの戦場(2)

 シェイクソードとジャックの二人から始まった冥王討伐の冒険は決して平坦ではなかった。しかし困難は新たなる仲間との出会いのきっかけでもある。僧侶、魔法使い、遊び人、武道家、商人、戦士…。勇者の元に次々と導かれし者たちが集っていく。


 そうして次第に大所帯となっていく勇者パーティーには様々な局面に対応出来る柔軟性が生まれた。


 例えば基本は戦士、僧侶、魔法使いという攻守に優れたスタンダードな〈バランス型〉で、長いダンジョンを制覇するときは戦士、武道家に加え防御と回復に優れた僧侶という〈継戦能力型〉、敵の拠点を短期決戦で攻めるときは戦士、武道家を主とし魔法使いを入れ、勇者が回復役に徹するという〈攻撃偏重型〉。またお金のやりくりが厳しいときなどは頻繁な武器購入を必要としない武道家、武具の目利き、お金稼ぎに優れた商人に僧侶を加えた〈省エネ型〉等、多種多様な編成が可能となっていた。


 しかしパーティーの人数は多ければ多いほど良いという訳ではない。武器、防具、道具などのリソースは限られているし、また戦闘で同時に行動する最適な人数はかつては3人、現在は4人とされている。

 なぜ4人かというと現在構築されている魔術理論的にパーティー全体に効果があるバフ呪文、回復呪文は4人までが適正とされていて、それ以上の人数に対しては効果が弱まる、消費される魔法力が過剰となる、そもそも効果がなくなるなどの欠点があるためだ。


 そうなると自然と編成されることが多い〈レギュラー〉となかなかお呼びがかからない〈リザーブ〉とでメンバー間格差が生じ始めてきた。


 その筆頭であったのは女遊び人ベーメリアであった。女遊び人は"ちから"、"みのまもり"は並。"すばやさ"は平均よりわずかに上ではあるが呪文は一切使用出来ない。ただし"うんのよさ"だけが高く、予想外の働きを見せることもごく稀にあるというトリッキーな職業クラスである。

 ベーメリアは比較的初期にこのパーティーに加わった。冒険の当初は単純な人手不足という状況もあり、出番はそれなりにあった。しかしメンバーが増えていけばそれだけ様々なパーティー編成が可能となる。そうなると彼女は選択肢からどんどん外れていき、冒険中期には勇者シェイクソードから声がかかることはほとんどなくなっていった。


 魔法僧侶剣士ジャックはその点、直接攻撃、攻撃呪文、回復呪文、補助呪文とその幅広い対応力で冒険の序盤から中盤にかけて大活躍をしていた。

 しかし徐々に他の仲間たち、僧侶なら回復呪文、魔法使いなら攻撃呪文、武闘家ならスピードと爆発力など、それぞれがそのクラスにおける専門性、特殊性を次々と発揮していき、全てが謂わば"平均点より少し上"止まりのジャックは徐々にパーティー編成の主流から外れるようになっていった。


 こうして冒険の後半ともなるとリザーブ組の常連は遊び人ベーメリアに、魔法戦士僧侶ジャックが加わっていった。


 馬車が乗り入れられるところならまだしも狭い洞窟などはその前に置き去りにされ、ひたすら仲間が帰ってくるのをリザーブ組は馬車の荷台で待っていた。

 ジャックはこの時間が苦痛でしょうがなかった。

 そこでの会話は一切発生しない。ただ時間だけが過ぎるのを待つ。ベーメリアは呑気にひとりじゃんけんなどして時間を潰していたが、そんな彼女を見て"こいつよりはマシ"とジャックは自分を慰めていた。


 しかし、ある日、冒険の途上、偶然手に入れた魔術書グリモア〈アブラメリンの書〉によって遊び人ベーメリアは何と賢者ベーメリアへと転職クラスチェンジを果たす。


 賢者は白魔術、黒魔術、四大元素全ての精霊魔術を使いこなすことが可能な、知の最高峰の職業クラスである。その上、僧侶、魔法使いなどよりも装備出来る武器防具は幅広く、例え魔法力を使い切ったとしても呪文に頼らない戦闘までもが可能であった。

 その特性から賢者ベーメリアはあらゆるパターンのパーティー編成にハマることとなる。レギュラーに編成されない時はあくまで彼女が意図的に温存される時だけだった。

 こうして完全に勇者パーティーの中核へとベーメリアは昇格していった。


 ジャックといえば相変わらず出番もろくになかった。武器や防具も最新のものなど望むべくもなく、勇者や戦士のお古が回ってくるリザーブ固定化メンバーとしてこのパーティーの末席にただ存在しているだけであった。


(わしがシェイクソードの一番最初の仲間だったんじゃ…。なんならその昔はあいつのいた隊の隊長だったんじゃぞ。わしが上司であいつが部下じゃ)


 パーティー結成の経緯、その過去だけがジャックの自尊心を支えていた。そんな時、ある辺境の村が冥王軍からはぐれ、愚連隊と化した魔族たちに占拠されるという事件が起こる。その村は勇者たち、特に賢者の活躍により取り戻すことに成功した。

 村人から大層な歓迎をされ、その日の夜は村をあげて盛大な感謝の祭が催された。

 翌日勇者パーティーが旅立とうとした時、村長からシェイクソードたちは呼び止められる。


「勇者様、どなたか仲間のお一人をこの村に用心棒として残していただけませんでしょうか。ここは冥王軍の戦略上重要な村ではないでしょう。しかしやつらがまたきまぐれに襲いかかってくるかもしれません。どうかお願いいたします」


(こんな辺境の村、魔物だって寄り付かないわ)


 ジャックは心の中で毒付いた。


「どなたか、例えばそちらの賢者様は…」


「そうか、不安だよね。わかったよ、村長さん。ジャック、この村を頼む」


「え」


「ジャックはここに残ってくれ」


「え」


「必ず冥王を倒し、そしてその他の敵もみんなで倒すから安心してくれ。今までありがとう」


「え、あ…、ん?」


 有無を言わさない雰囲気だった。特にジャックの名前が上がるのは本当に早かった。葛藤など微塵もない。そして清々しいまでに悪意もない。この時、突然過去の記憶がフラッシュバックした。


 × × ×


 かつて神働騎士団として冥王軍と戦っていたとき、一度だけジャックはシェイクソードから命を救われたことがあった。

 ジャックの小隊は4人の隊員で構成されていて、ある戦闘でシェイクソード以外のジャックを含む仲間の三人が敵の呪文により猛毒に冒されてしまった。その時手元にあったのは毒消しの聖水が一人分。三人のうち誰か一人しか救うことは出来ない。

 命の選択はシェイクソードに委ねられた。


 ジャックの舌先に軽い痺れが現れはじめる。次第に呼吸困難も感じるようになっていった。死を覚悟する。自分は隊長だ、部下の命を優先しよう。そしてシェイクソードの選択を恨むことはない。そんなようなことを考え始めた瞬間、ジャックの身体に毒消しの聖水が振りかかった。シェイクソードは特に迷うことなく選別を終了させた。そして一人の隊員はそのまま死亡し、もう一人の隊員は大きな障害を負い神働騎士団から除隊した。


 後日回復したジャックは医療所でシェイクソードに礼を述べ、ついでに何故あの時自分を選んだのかを聞いた。


 教練場時代からの仲間であり、今回こそ助けられたが普段は自分がシェイクソードを何かと救っていた。まぁその辺のこともあるだろうな、などと漠然と思っていたので


(まぁ答え難いか)


 と返答を待たずその場を去ろうとしたところシェイクソードは事も無げに回答した。


「毒に侵された三人の中で君が一番強かったし、僕から近いところに倒れていた。あとの二人はもう助からないと思ったし、生き残ったとしても君より戦力にならないと思ったから」


 その冷淡さに対して生き延びたジャックが罪悪感を抱かないようにとシェイクソードの少し不器用な配慮だと勝手に受け取った。淡々と答えたのもそんな気持ちの裏返しなのではないかと解釈した。ジャックはシェイクソードに微笑み、病室に戻った。


 × × ×


 しかし、あれは本当に"ただそうであった"だけだったのだとジャックはこの瞬間突然理解した。


 勇者シェイクソードの怜悧な合理主義。今思うとそれが発揮されたのはその時だけではなかった。冒険の途中、全ての人を救えた訳ではない。しかし彼が命の現場において取捨選択をする基準は"生き残る可能性が高い、もしくは有用な"方であり、その時はシェイクソード自身の感情すらも一瞥いちべつしていないのかも知れない。


 こうしてジャックはなし崩し的に辺境の村の用心棒となり世界の命運、とは一切隔絶された。


 結局、その後もジャックが毒付い通り、村が襲われることはただの一度もなかった。

 ジャックは村の迷い猫を一匹見つけたくらいで特にこれといって出番が巡ってくることもなかった。


 そうこうしているうちに冥王は勇者パーティーによって倒される。


 そしてジャックは村を出る決意をする。この地上には冥王以外にも恐ろしい人類の敵勢力が存在している。人類の安息の日々はまだまだ遠いのだ。


「冥王が退治されてもまだ魔王がいる。わしは行かねばならんのじゃ。すまんな、村長」


「え?はい、ああ、いってらっしゃい」


 ジャックがこの村に滞在していた理由を既に村長だけでなく村の皆は忘れていた。特に誰からも引き止められることはなく、ジャックは一人旅立っていった。

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