第13話 出会いと別れの戦場(1)

 パンスメルミア大陸の北東部にあるエリシュトロン国。ナショナルカラーは赤で、火蜥蜴がシンボルマークである。この大陸で最も多くの信者数を誇る〈スーダ教〉。その総本山、コンポスティラン市が領内にあり、関連の宗教施設なども各地に点在する。


 エリシュトロン国の極東には古代語で"壁"を意味するパリエス山脈と、同じく古代語で"鎖"を意味するカティーナ山脈に囲まれた〈アロンギルダ台地〉がある。この万年雪に覆われたアロンギルダ台地はいにしえより冥王が眠る場所"冥王のしとね"として恐れられている。エリシュトロン国はこの"冥王のしとね"の監視が古来より使命とされていた。


 今から112年前、エリシュトロン国内にある処刑場の墓地に埋葬されている遺体が、一夜にして消え去るという事件が起こった。記録には奇妙なことに掘り起こされたのではなく、内側から抜け出たようだったと述懐されているが、これは後年の"後付け"であろう。その当時の人々は冥王という存在を恐れながらもその時既に起こっている異常な現象に対し、冥王を想起することはなかったはずだ。


 それから2日後、エリシュトロン国最北の に位置するエズリ村の住人が忽然と姿を消す。

 この村はニシン漁に出るための宿場街であり、かつての賑わいこそ今はないが敬虔なスーダ教信者も多い、静かな村であった。

 村にはあちこちに武器や防具が散乱していて、戦闘があったことは明白であった。盗賊の類の凶行かと思われたが村のささやかな財宝には手もつけられておらず、そればかりか遺体が一つもなかった。


 その報告を受けたエリシュトロン王国政府は処刑場の遺体消失を想起するよりも当世を騒がせていたある死霊使い(ネクロマンサー)の集団による騒乱だと考えた。

 しかし、それから2ヶ月ほど経ち、冬の寒さが一層厳しくなったとき、エリシュトロン領内で徘徊する死体の群れが確認された。

 その群れは亡くなったばかりの遺体、腐敗しほとんど骨だけになった遺体など様々であった。

 死体の群れは生きた人間を欲し、次々と周囲の村や町を無差別に襲いかかる。エリシュトロン国軍は出動するも数とその不死の力によって勝機を見出せない。さらにその〈生きる屍〉に殺された兵士は同じく生きる屍と化し味方を襲った。


 これは〈冥王の覚醒〉を意味していた。この一連の生きる屍の蜂起は〈死者の舞踏〉と後の歴史に記されることとなる。


 〈死者の舞踏〉は冥王による人類への宣戦布告となり、続いて冥王の配下の魔族〈冥王衛士めいおうえじ〉が魔界より侵攻すると人類と魔族の大規模な戦争が開始された。


 その戦いは熾烈を極めた。戦争の中心となったエリシュトロン国は莫大な戦費、夥しい戦死者により徐々に疲弊していく。国土は切り取られ、かつて絢爛たる王都と讃えられた〈オーギット〉は魔族と死者が徘徊する混沌の都と化した。


 それから20年の月日が経つと国土の多くを失ったエリシュトロンでは〈王都オーギットの奪還〉が叫ばれた。それを主導したのは若き王、クインティリである。クインティリは3歳で王に即位したがスーダ教の枢機卿が摂政を務めたことで幼い頃は狩猟と乗馬に耽り、国政には関心を示さなかった。しかし15歳で親政を行うようになると一度も訪れたことのない王都への望郷の念が強まっていき、ある日奪還を決意する。

 クインティリは密かにエリシュトロンの精強な騎士たちを召集し、21歳の時、王立騎士団〈薔薇の神聖隊〉を結成した。

 それをきっかけに王都奪還運動はエリシュトロン国民全体で大いに盛り上がり、その熱狂はスーダ教の若き聖職者たちにも伝播した。

 スーダ教は民間に対し、王都奪還のための義勇兵を広く募集した。この呼びかけにより誕生したのが民間騎士団〈神働騎士団〉である。


 しかし元々はこれまで剣を握ったことのない庶民たちである。そのため正規の騎士団である神聖隊からはその弱さと素行の悪さにより酷く疎まれていた。

 この状況を改善するため神働騎士団の団員は登用から原則3ヶ月の間、軍事訓練が課されることとなる。


 その教練場でのちの魔法僧侶戦士ジャックとのちの勇者シェイクソードは出会った。


(シェイクソード?なんかふざけた名前じゃな。絶対本名じゃないじゃろ)


 それがジャックのシェイクソードとの関わりにおいての一番最初の記憶である。


 修練場のカリキュラムは剣術、格闘術、馬術などの実践と魔術学、戦術学などの座学で構成されていた。


「わしはなんでもできてしまう。自分の才能が恐ろしいわ、ふふふ」


 そんなふうにうそぶくジャックであったが実際全てのカリキュラムにおいて優秀な成績を修め、特に魔術に関しては神聖隊にも引けを取らないとまで評された。


「本当にすごいや。なんとか君とまともに訓練をやりあえるのは剣くらいしかないなぁ」


 一方シェイクソードはというと全てのカリキュラムが中の中から下で、凡庸よりもわずかに劣る成績であった。


 修練場でのシェイクソードとのやりとりは実はこれくらいしかジャックは印象に残っていない。

 特別親しい訳でもなく、共通の知り合いを介して適当に世間話をする。その程度のありふれた間柄であった。


 3ヶ月が経ちジャックとシェイクソードもカリキュラムを終え、新米騎士として戦線に立つこととなった。4人1組の小隊が作られるのが常であり、成績優秀者であったジャックが小隊リーダーへと抜擢された。

 そしてこの〈ジャック小隊〉のメンバーに配属された3名のうち1名がシェイクソードであった。


 初陣は正規の騎士団〈薔薇の神聖隊〉と合流し、冥王軍が占領している町の奪還任務である。小隊長のジャックは初の実戦を前に何度も戻しそうになっていた。


「おえええええッ・・・」


 小隊長という立場であるから当然隊員の命も預かることとなる。極度の緊張に襲われているジャックを横目にシェイクソードは妙に落ち着きを払っていて、ジャックは向かっ腹が立った。


「はは。君がそんな風に緊張するなんてね。貴重なものを見られたよ」


「お前は何を余裕こいてるんじゃ!そういうやつは勇気があるんじゃない。想像力が足りんだけじゃ!」


「そうかもね。でもさ、あんまり気負っても僕らにできることなんて限られていると思うよ」


 この奪還戦は呆気なくエリシュトロン側の敗北で終わった。多くの新米兵士が戦死か冥王軍の捕虜となったが、ジャック小隊は辛くも全員生存となった。

 意外というかジャックは実戦に臨めばそれなりに頼もしい存在であり、冥王軍の魔物を数体倒すという奮戦を見せた。


 一般に初陣で生き残った新兵たちはその後の生存率は意外と高いという統計があり、その後のジャック小隊も戦いを重ね、何とか生き延びていた。


 しかし、冥王軍にとってそれほど重要ではない拠点を取り返しては奪い返されるを繰り返す一連の作戦は、既に魔族が支配した地上の大局には何も影響がなかった。

 そこで若きエリシュトロンの王、クィンティリは王都を奪還する一大反抗作戦を計画する。

 〈オペレーション・ファイアスピン〉と名付けられたこの作戦の序盤は大勝した。

 しかし冥王軍の中心である七人の将軍〈護門七卿ごもんしちきょう〉が参戦するとたちまち劣勢へと追い込まれ、数日と持たず完膚なきまでに叩き潰され大敗を喫した。

 この作戦に参加したジャック小隊も敗走し、途中散り散りとなった。

 その後も護門七卿を中心とした攻撃により敗北を重ねたエリシュトロンは王の死を契機に敗北を決定的なものとし、大陸に存在する七つの王国で最大の惨禍を味わった。


 × × ×


 月日は流れ、冒険者の集うある酒場。

 ここは冒険者ギルドが受注したクエストに対して冒険者同士をマッチングする場所である。

 仲間を求める冒険者が登録リストより指名し、パーティーを結成することもある。


「ジャックさーーん、ご指名よ!」


 流浪の傭兵となっていたジャックは酒場で冒険者から指名をされる。


 カウンターには少年と青年の途上にいる純朴そうであるが清廉な強さを漂わせる男がいた。


「えーと、剣も魔術も使えるなんてすごいなあ。初めて聞く職業クラスだけどあなたがいれば戦士も魔法使いもいらないよね」


 ジャックの冒険者登録表を熱心に読みながら男は人懐っこくジャックに話しかける。


 ジャックはその男を見て喜びに震えていた。生きていたのだ、仲間が。


「そうじゃ、攻撃呪文だけじゃないぞ、回復呪文もいける。わしがいればどんなクエストも楽勝で達成できるぞ」


 そう話ながらジャックの目には涙が溢れてくる。魔法僧侶剣士という正式に認定されたものではない職業クラスを自称するジャックの冒険者マッチングの成功率は低かった。その怪しげな職業クラスのためそのような結果になっているのにも関わらずジャックは「攻撃、回復問わず呪文が使えます」「剣士としていますが拳法もいけるので武器代もそれほどかかりません」「優しい性格と友達から言われますがそれが短所にもなります」など、これでもかと痛い自己PRを書き殴って逆効果となっていた。


「さあどうする?わしの力が必要じゃろう。今回のクエストは一体どういうものじゃ」


「うん、冥王討伐だ」


「ほうー、冥王とな。よし、わかった!一緒に、って⁈シェイクソードよ、お前はこういうでかい口叩くようなやつじゃなかったじゃろ!」


 ん?とキョトンとした表情をする男。


「あれ?なんで僕の名前を…え!ええ!ジャック!!わわ、久しぶりだね!元気だったかい⁈」


「おい!いま気付いたんかい!わしはこのカウンターに向かう途中でお前を見てすぐに気付いておったわ!」


「だってこんな再会、誰が想像するんだよ」


(それはそうだ。これまで想像通りに人生が運んだことなんて一度もなかったじゃないか)


 この出会いにより地上の運命は新たな展開を迎えていく。地上を救うため、敗北者2人の冒険がここに始まった。

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