第12話 暗黒の騎士たち(6)
勇者を退け疲弊している魔王をフラメルが奇襲してから20分が経過した。
フラメルが最も危惧していたのは魔王の最強の眷属・八大地獄衆の生き残りが加勢に来ることであった。それ故に速やかに魔王の息の根を止めて帰還することが肝要であった。
その他いくつかの不測の事態は考えていたがまさか勇者関係者の人間が"勇者死亡後"に遅れて現れ、戦場を引っ掻き回すことは想像の
この不測の事態はさらに状況を悪化させ、魔王とその人間が結託をし、突如として息を吹き返してしまった。
あれほど動きの鈍かった蛙の下半身が躍動をはじめ、フラメルを翻弄する。
「七曜虚壊拳・
魔闘気を纏わせた手刀が遥か高い打点からフラメルへと振り落とされる。
邪聖剣で受け止めるもその衝撃で床にヒビが入る。
「くぅ…!この力は!」
この戦いにおいてフラメルははじめて攻防において劣勢となった。
その隙をジャックは見逃さない。隼迅の剣を振るい、全力でフラメルの腰のあたり、丁度鎧の繋ぎ目あたりを斬りつけた。
「いまの一撃は決まった!!お前は決して無敵ではない!」
甲冑がばっくりと裂け、その下から血が流れる。
瞬時に全身を鉱物化できる訳ではないようで、アダルマとジャックの時間差攻撃がハマれば十分にフラメルを殺傷する手応えを感じた。
だがそれでもフラメルは自身の勝利は揺るぎないと現時点においても確信していた。
しかし持久戦になればどちらに利があるか。
八大地獄衆が魔王城の異変に気付き、暗黒騎士に対する警戒を解き、魔王城の防衛を決断するものが現れるかもしれない。
そうなればどちらに勝利が傾くか分からない。
「もう貴様らの顔も見飽きた。そろそろ一気にカタをつけさせてもらう!!」
フラメルは両手で剣を握り直すとすっと姿勢を低く落とし、剣の
この大陸では剣の流派はほとんど絶えた。わずかに王宮の騎士の間でほそぼそと継承され保護されているに止まる。人間対魔族の戦争か長く続き過ぎたのがその原因の一つである。それは決闘などの個人戦が減少し、軍隊同士の集団戦が主となり、個人技が軽視され続けた歴史とも言い換えられる。
しかしいま見せている暗黒騎士の構えは"剣術の理"を感じさせた。
「これぞ
「こいつは…。今までの奴とは違う!魔王、警戒しろよ」
そうは言っても長期戦を避けたいのはフラメルだけではない。ジャックとの契約で回復したアダルマの生命力は早くも消耗していた。
第一形態のアダルマは〈魔導士タイプ〉に分類される。この形態では古代語魔法をベースにブリコラージュ(寄せ集め)し構築した魔王オリジナルの至高の魔術〈
そして現在の第二形態は人間の
この形態で使用する七曜虚壊拳は木、火、土、金、水から万物はなるという陰陽五行説を元に発展した武術で、身体に6つ存在する
しかし、いまのアダルマは勇者戦で受けた石化への耐性に魔力リソースを奪われているため生命力のみで霊気の生成をさせざるを得なく、酷く燃費の悪い状態であった。
そのため、じっくり構えて戦う選択肢を選ぶことは出来ない。ましてや敵は暗黒騎士の一人である。残りわずかとなった魔闘気を惜しみなく使う。
「七曜虚壊拳・
中距離から連続エネルギー弾を放つ。舞い上がる土煙にジャックは視界を奪われる。
「よせ!焦り過ぎだ!そしてフラメルが見えん!」
「硬質化は全身に広げることは出来ないようだ!時間差攻撃が有効であるならば奴の全身にくまなく間断なく攻撃を叩き込む!」
魔闘気の弾を放ったアダルマは距離を詰め、さらに追撃をしかける。
「七曜虚壊拳・
「暗黒騎士よ!真っ二つにしてくれる!」
土煙が晴れていくと現れたフラメルの全身は連続エネルギー弾で負傷し、鎧は破壊され血に塗れていた。
「なんだと!?待て!魔王!フラメルはダメージを受け過ぎている!何か仕掛けるつもりじゃ!」
しかしアダルマは猛追を止めない。突撃し、両手に魔闘気を纏いフラメルの両肩口へと振り下ろす。
フラメルは剣でガードもせず、かわしもせず、ただ手刀の軌道に割り込むように剣を滑らせ剣で真っ直ぐに斬る。
重なる邪聖剣と魔闘気の手刀。その紙一重のタイミングを見極めたカウンターは手刀を弾き魔王の正中線を捉えた。
「魔王ッ!」
ジャックは邪聖剣の振り下ろしの阻止に飛び込むが当然間に合わない。しかし
「かかったな!!!余の方が一枚上手だッ!」
「何ッ⁈」
常に明後日の方を見つめる魔王の下半身である毛むくじゃらの蛙が突如フラメルに視線を合わせ大口を開く。
フラメルの視界に広がる真っ赤な空間。
その口内の歯は全て平らで臼歯が並ぶ。噛みちぎるのではなく、すり潰すための歯。
蛙はフラメルをばっくりと一飲みした。
「
アダルマは隠し技と言ったが、これまで使用を控えていたのは"下半身が補食したものは何処に行くのか、自分に吸収されるのか"不明だったため単に避けていた。
捕食のときフラメルに向けた蛙の視線は再びどこか遠くを見つめ、黙々と咀嚼している。
一方、上半身のアダルマは勝利と不安がない混ぜになった表情を浮かべる。
こうなるとジャックもただ見つめるだけしかできない。
するとごりゅごりゅと音を立てて咀嚼している蛙が突然ぴたっと静止した。
「なにか様子がおかしいぞ!」
ズボ!!っと蛙の目の内側から黒い刃が飛び出す。
「なに…!これは!」
血塗れの剣はさらに天に向かって伸びる。まるで海面に浮かぶ鮫のヒレのようだった。
アダルマも黒い刃を目の前に状況が把握出来ていない。容易く勝てる相手ではないと理解していたがそれでもこの光景は予想外であった。
黒い刃はそのまま蛙の体表をすべりアダルマに襲いかかる。
「ぐはッ!!!」
アダルマの身体に斬りかかった黒い刃は動きをとめ、蛙の毛むくじゃらの皮膚をさらに強引に引き裂かれると中から緑色の粘着性のある体液に塗れたフラメルが現れた。
「ががぐううううウゥ」
アダルマの叫びは唸り声となった。
この一撃は勇者との戦いも含めてこの連戦の中で最大の苦痛であった。
フラメルは蛙の中から完全に脱出するとアダルマから剣を抜き、その神経質そうなか細い声を張り上げた。
「魔王アダルマ、覚悟!私は今こそ友との誓いを果たす!!」
フラメルは魔王の上半身と蛙の下半身の境目あたりを狙い、魔王の脇腹を邪聖剣で横薙ぎに一閃する。
「このおおッ、やめんかい!そこまでにしとけ!」
ジャックは即席のパートナーの救出に向かうため駆け寄る。
「白銀の大地に住まうものよ その小さき存在 集いて我に従い 進行を阻め
フラメルの放った呪文によりジャックの足下から氷の根が張り出し両脚を拘束する。
「くそ!なんじゃこれは!動けん!この期に及んで随分セコイ呪文を使う!」
そんなジャックの抗議もアダルマの絶叫により掻き消される。
「あああああががが」
フラメルは左手で魔王の深紅の髪を無造作に掴み、分離しかかっている胴体と蛙の下半身の間へさらにもう一閃。
先程の一撃よりも威力は劣るためアダルマの身体の途中で剣は止まる。フラメルは渾身の力を込めてさらにその剣を激しく振るうのと合わせて、アダルマの赤い髪を力任せに引っ張りあげる。
「おおおおおおおおおおおッ」
魔王の絶叫とフラメルの怒号が重なる。
「魔王アダルマ!討ち取ったり!!」
両者の絶叫は止み、フラメルは魔王の上半身を空高く掲げた。
それはあまりにグロテスクな光景であった。
魔王アダルマは完全に横に真っ二つとされ、上半身だけとなった無惨な姿を晒した。
ジャックは思わず目を逸らす。本来自身の手で魔王を倒し、その屍を晒すつもりでここに訪れたはずであったのに。
だがそれが他人の手で成された。しかも更なる人類の敵によって。光景に思わず目を背けた。
魔王は虚な瞳で、ひゅーひゅーと荒い呼吸を断続的にしている。
「ほう、しぶとい。まだ息があるのか」
上半身のみとなった魔王を物のようにミツバの足元に投げつける。
「それならば!僕の最大の呪文でその命を終わらせてやろう!!邪聖剣・
先ほどまで魔王の一部であった血濡れの蛙の上で二人を見下ろしていたフラメルは邪聖剣にさらなる魔力を込める。刀身を蛙の下半身に突き立てると柄に手をかけたまま詠唱に入る。
「昏き氷の公爵 古の盟約に従い 極寒の獄から解き放て」
フラメルの背後に巨大で透き通った雄大な氷の鳥が浮かび上がり翅を広げる。
邪聖剣は黒い輝きを放ち唸り声のような轟音をあげる。そのすさまじい魔力の高まりにジャックは恐怖で身体が竦んだ。
「魔王よ、黄泉への供が縁もゆかりもない人間とは夢にも思わなかっただろう、その点だけは憐んでやる!さあ、その醜い姿を氷の鳥に啄まれて消え失せてしまえ!
呪文の発動とともに氷の鳥がジャックと魔王に向けて突進する。
ジャックはその眩い光に思わず目を細める。そのため目の前に割って入った物体に気が付かなかった。
「フェスティーナ アドローカム ディシラディウム
光に包まれ身体が急速に上昇する。
死ねば天国と地獄、どちらに行くか審判みたいなものがあるのかと思ったが、そういうのはなく、いきなりどちらかに直行するものなのかなあとジャックは思った。
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