第11話 暗黒の騎士たち(5)
魔王もこれまでの地上侵略の歩みで危機的な状況は幾度も存在した。しかし、いかなる状況であっても可能性の芽をかき集め、勝ちの"理"を総動員することで状況を打破してきた。
現在の魔王は勇者との戦いで魔闘気を使い果たし〈七曜虚壊拳〉が使えない。また〈
「ぐああかあああッ!!」
魔王は残る僅かな力を総動員し、氷の結晶のリングから脱出した。
身体から大量の血を撒き散らし、既に魔獣と化した肉体は見る影もなく損傷している。
「この邪聖剣への誓約、いまここで果たす!」
フラメルは叫ぶと邪聖剣の柄の部分を額へとかざす。それは更なる力を呼び起こすモーションであった。
「ジャックよ、こちらにまいれ!貴様次第ではあるが現状を覆す方法を授ける!」
アダルマは第二形態の下半身の蛙の部位が足かせになっていて身動きが出来ない。
「わしに命令をするな!」
そう言いながらもジャックは渋々アダルマの側へと移動する。
「聞いてやる!なんじゃ、その方法とやらは」
「略式であるがここに余と貴様との同盟の契約を締結する」
「は!?この状況で何を能天気なこと吐かしとるんじゃ!契約なんてかわしてる場合じゃないじゃろうが!」
「ほう、先ほどの口約束で余を簡単に信用したか。存外お人好しらしいな」
魔王の味方となり、世界の半分をジャックがもらう。もちろんその気になったから受け入れたのだが、それよりもいま目の前のフラメルへの対処に全ての意識を向ける必要がある。魔王がシェイクソードの
「なわけあるか!なんじゃ、契約書を作りサインでもしろってのか?魔王の味方になります、その暁には世界の半分を貰いますとでも」
「察しがいいな、一言一句そのとおりと思って間違いない。いまこの場においてその契約を締結する。我ら魔族は貴様ら人間とは比較にならないほど契約を重んじる。いや、重んじるというよりも絶対の行動規範なのだ」
まだ現在のように魔族が大挙してこの地上に侵攻する以前よりも前から魔族と人間との契約は数件ではあるが確認されている。
ある聖職者は自身の教会内の立身出世と引き換えに信仰を捨て去る契約を、ある学者はこの世の真理追求と引き換えにその寿命を捧げた。
「契約は絶対なのだ。我々魔族間で交わされた"勇者の死まで休戦する"という契約もそうだ。また古来人間と魔の血族の間で結ばれた契約も必ず守られてきた。もっともその最後は悲劇を招くことも多かっただろうがな」
不穏な含みを持たせつつ、魔王は空中に指を走らせる。すると光が空中に
「そもそもいまじゃなくてえいやろ!ろくに物事を考えられん!」
フラメルの魔力が高まるにつれ、周囲の水分が凍り、
「いま締結することに意味がある!その無駄口よりも確実に優先すべきことだ!貴様にも余にも即恩恵があるのだ!早くしろ、手遅れになっても知らんぞ!」
空中に浮かぶテキストはこの大陸で現在使用されている文字ではない。黒魔術を使用する際の魔道印を象形文字のように崩したように見えた。横書きの文章は通常左から右に文章は進行するがその逆の右から左へとどんどん文字が走る。
「なんじゃ、その文字は?鏡文字か?ええい、読めんわ!」
空中に描かれる契約の書。
混乱し続けるジャックであったが、その文字を目視していると不思議なことにその内容が徐々に頭へと入り込んでいく。
その契約は3つの条文で構成されていた。
第一条 甲は乙に対して服従し、その命令を拒否することはできない
第二条 甲は地上制覇を成し遂げた際、乙に対しこのパンスメルミア大陸、及び周辺の島々の半分を譲渡する
第三条 本契約に定めがない事項に対しては甲乙協議の上、別途決定する
その契約内容が頭に入るとジャックは即座に抗議した。
「第一条はなんじゃ!そもそもわしが何故お前に服従なんじゃ!世界を半分こするのだから対等じゃ!それに人間の安全も担保しろい!平和条項のようなものも入れろ!」
「ん?死にかけの魔王の甘言に愚かな人間が与したか」
フラメルは二人のやりとりから何かを企んでいることを察し、ゆっくりと氷の足跡をつけながらアダルマたちに近付く。
宙に漂う魔力による契約の書は甲乙に該当するアダルマとジャックにしか知覚出来ないようだ。
「く、まずい…。おい!どんなにいまピンチでも流されるままそんな契約はせんぞ、修正しろ」
ジャックが契約拒否を口にすると空中に浮かんだ文字は霧散した。
「やはり現在の余では地上制覇の可能性が著しく低く、契約の対価として成り立たないか」
アダルマは自身が置かれた状況を契約の段で改めて思い知る。
「逸るな。この契約は元々状況把握のためだ、これならばどうだ!」
光の文字が再度走り出す。
第一条 甲は乙と休戦し、互いの利益を犯さない
第二条 第一条の契約期間は暗黒騎士団の滅亡までとする
第三条 本契約に定めがない事項に関しては甲乙武力行使を伴わない協議の上、別途決定する
「半分もらう条項はどこに行った!?」
「第三条で補う」
「条項を戻せ!だったら第二条を2項に入れろ」
第一条 甲は乙と休戦し、互いの利益を犯さない
第二条 1. 第一条の契約期間は暗黒騎士団の滅亡までとする
2. 甲は地上制覇を成し遂げた際、乙に対しこのパンスメルミア大陸、及び周辺の島々の半分を譲渡する
第三条 本契約に定めがない事項に対しては甲乙武力行使を伴わない協議の上、別途決定する
「よし、これならいいわ、次はどうすれば良いんじゃ」
しかし空中の契約書は再び霧散した。
「これでは何も契約してないのと同じだ。契約には何かを差し出し、何かの制約を受ける必要がある。それで初めてその契約は生きた契約となる」
「それなら契約ができないのはお前のせいじゃ、魔王!」
ジャックは隼迅の剣を抜き、フラメルに再び対峙する。
魔王と会話をしているがフラメルから一時も視線を逸らすことは出来ない。
「なんだと?」
それは思わぬジャックからの指摘であった。
「お前はこの契約が完了しないことでなにも困らないじゃろ!暗黒騎士団を倒そうが倒すまいがこの契約においてお前にはなにもリスクがない」
「リスクはある。暗黒騎士団を滅亡させねば余に未来はない」
「だったらそれを入れろい!ただ現状暗黒騎士団を滅亡させるのは途方もない。世界の半分をお前がいま自由に出来ないのと同じじゃ!」
「ならばどうする?」
「対象を絞る。目の前の暗黒騎士フラメル打倒を必達の条件にするんじゃ。出来なかった場合や、どちらかが裏切った場合は命を失う!」
ジャックは自分でなにを言ってるんだ、と思いつつ、同時に真っ当なことを言ったとも感じた。
「ふふふ、ははははは!良かろう!貴様の言う通りだ人間!」
第一条 甲は乙と協力し、共通の敵に対峙する
第二条 1. 第一条の契約期間は暗黒騎士フラメル打倒までとする
※ 本契約を履行できなかった場合は甲乙ともにその命を失う
※フラメル打倒の元に本契約を終了し、本契約の理念、第二条2項以下の条件を引き継いだ契約を新たに締結する。
2. 甲は地上制覇を成し遂げた際、大陸半分を譲渡する
第三条 本契約に定めがない事項に対しては甲乙協議の上、別途決定する
付帯事項を追加した契約の条文は眩い燐光を放つ。
「よし、契約の条件は整った!これをもって最終版とする!次は契約の締結だ」
「早くしろ!どうすればいいんじゃ」
フラメルはまずはこの戦闘を掻き乱した元凶であるジャックから仕止めることにした。
「どちらの手でもいい、親指を出せ」
その隙に一撃を喰らってしまいそうで片手を剣の柄から話すことが出来ない。
「暗黒騎士!お前を返り討ちにする算段は整ったぞ!」
まごつくジャックから自身に標的を向けるためほとんど身動きがとれないアダルマはフラメルを挑発する。
近づくフラメルに魔王は先程戦士に破壊された右腕に渾身の力を込めて殴りつける。もはや闘気も纏わない生のまま、己の膂力のみの原始的な一撃。
しかしフラメルはその拳に合わせるように鉱物化した自身の正拳を叩きつける。
「魔王よ!これでいいか?」
魔王の身を呈した時間稼ぎを目にしジャックは剣から手を離し必要以上に高らかに腕を上げた。
「その指を差し出し、念じろ、この契約を承認すると!」
傷付いた右腕を完全に砕かれた魔王は呼吸を乱しながら答える。
掲げた右手の親指から小さな傷口が開き、そこからぷくりと血が垂れる。
すると宙に浮く契約書の最後に魔王アダルマと記載されたと思われる署名の更に下に血が張り付く。血は文字となりおそらくジャックの名が新たに記載された。
最後に全ての条文が閃光花火のようにジリジリと燃えると空中の契約の書は消え失せた。
「これで余と貴様は互いの命を対価とした対等の同盟関係が結ばれた」
しかしそう言い切った側からフラメルの邪聖剣から放たれた氷の波動をアダルマは至近距離でまともに食らい、その巨体は横倒しになった。
「んなこと言ったって事態は変わらんじゃないか!」
「いや、もう間も無くだ」
地面を這いつくばりながらアダルマは断言する。
「人間!やはりまずは目障りな貴様から始末する!」
フラメルは初めにアダルマの下半身を貫いた激烈な突きをジャックに撃つ。
しかしその刹那、ジャックはその突きを隼迅の剣でいなし、
(速度も力も増しているだと⁈このわずかな時間で何が⁈)
フラメルはジャックの戦闘能力が高まったのを感じとったが、ジャック自身は恐らくそれ以上の手応えを感じていた。
「身体が軽くなった!それだけではない、全体的にわしの能力のベースが一段上がった感じじゃ、何故じゃ」
「そのとおりだ。先程の契約は貴様の未来の可能性の選択肢を狭めることで締結された。その宣誓と制約によって力が増した」
取り急ぎフラメルの死までの二人の対等な同盟関係。魔王の死はジャックの死。ジャックの死は魔王の死。条件こそあるが魔王と人間が一時的な運命共同体となった。
「え…?おい!なんかわしヤバげな契約結んでしまったんじゃないじゃろうな!未来って!」
「それは余とて同じだ」
契約とは誰かれ構わず結ぶことは出来ない。その相手が魔王であるならば勇者のような絶対的な力、王のような権力、教皇のような権威、そのようなものがあって本来初めて可能なものなのである。
しかしそれほどまでに魔王の格は地に落ちていた。
本来契約も結べないし、その両者ともに恩恵に預かることも不可能であったはずである。しかし。
アダルマの生命力がわすがだが回復する。それにより体内の七つのチャクラが徐々に振動を開始し、魔闘気が再び体内を巡っていく。
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