第10話 暗黒の騎士たち(4)

 魔法戦士僧侶、いや僧侶魔法戦士であったか。いずれにしても突然舞い込んできたこの人間は暗黒騎士と敵対し、その戦闘能力もある程度のレベルと判断して間違いはないだろう。

 属性の違う精霊魔術をスムーズに唱え、攻防に長けた剣技で隼迅の剣を使いこなし、その総合力において自分より高レベルの相手との戦闘を成立させている。

 勇者とはどういう関係だったのか不明であるがそれはどうでもいい。


「贅沢は言ってられんか」


 この事態は単なる戦場の不測事態で終わらせてはならないと魔王アダルマは決意する。


「人間よ、名はジャックと言ったな。聞け!そいつは見てのとおり、暗黒騎士の一人、フラメル。貴様ら人類の大敵だ。そしてこの暗黒騎士に切り刻まれ、殴打され瀕死となっている哀れな余こそ、貴様が殺しにきたこの城の主、魔王アダルマよ」


 へりくだってこそいるが尊大さに溢れた自己紹介をした。


 ジャックはそれを聞くとさらに混乱したように悪の両者を交互に見る。


「どうした?何を呆けておる?魔王を殺しに来たのだろう?」


「なんでその魔王と暗黒騎士が戦っとるんじゃ!魔族同士じゃろ。シェイクソードと仲間はどうした?あいつらはムカつくがとてつもなく強い。魔王や暗黒騎士だろうがタダでは済まないはずだ」


「そのとおりだ、余を見てのとおりタダでは済まなかった。勇者に戦士に武道家に賢者、誰もがその能力を極めた恐るべき相手だった。だが誰ももうこの場にはいない」


「なんじゃと……」


「余を死の淵まで追い込んだが、それを覆し勝利を手にしたのは余である」


 魔王は表情を変えず淡々と語る。


「じゃあシェイクソードは…もう…」


 それが悲しみ表情なのかは魔王には窺い知れないし、推し量る必要もない。


「見てのとおり、余は勇者たちとの戦いで大きく傷つき、その身体を癒す間もなく、いまこうして別の魔族によって討たれようとしている。このままでは余は負ける。魔王討伐はなされるだろう、人間の手によらずにな」


 アダルマに気を取られるジャックの隙をつきフラメルは横合いから斬りつける。


「ぐうッ!」


 左肩を斬られながらも咄嗟にジャックはフラメルを蹴り付け、その反動で距離を取り、致命傷をギリギリ避けた。


「そうだ、魔王。お前の死まであとわずかだ。それなのにそのくだらないおしゃべりに残りわずかの時間を費やすのか?」


 アダルマは人間の機微など斟酌しんしゃくせず、暗黒騎士の煽りも無視してそのまま話を続ける。


「魔王への勝利と言う偉業を、人類の敵に半ば火事場泥棒のように掠め取られるのだ!魔王の死は冥王の死と同様、人間にとって祝福と歓喜をもたらすはずであろう。しかしだ、余が暗黒騎士の手によって討たれるということは人類をさらなる絶望の奈落へと突き落とすことになるだろう」


「なに勝手を抜かしてやがる!魔王が死ぬのは人類にとって吉報であって絶望じゃないじゃろ!」


「さっきから何を言いたい?末期まつごの言葉にしては意味不明だ」


 魔王の一人語りにフラメルは首を傾げ揶揄した。


「勇者が魔王を倒す。人類にとってこれほどのカタルシスは存在するのか?貴様は余が暗黒騎士に殺される意味をよく想像力を働かせて考えるべきだ。冥王が死にこの魔王までもが死すれば暗黒騎士の一強となる。即ち現在の地上の勢力均衡は完全に崩壊するだろう。そうなったとき、暗黒騎士たちの次なる目的は人間の完全なる支配」


 フラメルは魔王の独演を最後まで聞いた上で徹底的に嘲笑すると決めたのか、いまは沈黙している。


「そもそも貴様ら人間にとっての勝利とはなんだ?仮に暗黒騎士を退けたとしよう。そのあとは指導者を失った魔族を一人残らず殺し尽くすのか?次は巨人か?悪竜か?どれだけの犠牲を払ってその理想を実現する算段なのだ?」


 フラメルはため息をつくとアダルマの独演に割って入る。


「くだらないおしゃべりはその辺にしておけと忠告しますよ。実際僕はもう飽きてるし、多分その人間もそうだ。魔王、あなたはこれからすぐこの場で殺すし、この人間も殺す」


 そう言うなり、フラメルは離れた位置にいるジャックに向けて邪聖剣を横凪に振るう。その剣圧でジャックは斬られると同時に冷気で皮膚が凍りついた。


「ぐああああッ!」


 邪聖剣から放たれる通常攻撃にはおそらく氷の属性が伴う。


(こいつシェイクソードよりも強くないか?)


 だからなんだ、関係ない。勇者より強いかもしれない存在を前に苛立った自分の心理の根底からジャックはすぐさま目を背けた。


 続いてフラメルは魔法使いのロッドのように邪聖剣を天に掲げる。


斑雪はだれよ 舞い上がり 輝く鋭刃と化せ 蝶氷円舞ヘイルループ!!」


 剣を振り下ろすと魔王の真下から冷気が漂い氷の結晶のリングが現れ動きを封じる。リングは鋭い刃へと変形し、アダルマを突き刺すとさらに回転し始めた。


「ぐああああああッ!」


「首を持って帰ろうと思ったがお前をミンチにし、肉片ひとつ残さず全てを持ち帰ってやろう!」


 邪聖剣の助力により極限の呪文でアダルマの命を奪いに行く。


「くそ!こうなったら手がつけられん」


 ジャックは自分に回復呪文を使い態勢を整えた。魔王がやられれば次は自分の番だ。


 氷の輪によって切り刻まれているアダルマは先程の熱を帯びた独演から一転、今度は静かに囁いた。


「ジャックよ、余を救え」


 その提案はアダルマにより唐突になされた。


「は?何言ってやがる。お前に回復呪文をかけろってか?冗談じゃない。言うまでもないがそんな義理はない!」


「もっと根本的な話をしている。余は待っていたのかもしれない。貴様のような強者が現れるのを」


(こいつは事に及んで何を言ってやがる)


 シェイクソードを殺害した魔王はさっきから自分を妙なペースに巻き込もうとしているのだけは分かった。


「余の味方になれば貴様に世界の半分をやろう」


「……!!」


(世界の半分をやる?)


 この言葉は先刻のシェイクソードにも投げかけたのだろうか?だがそれよりもこの死にかけの魔王が上から目線で今するような提案ではない。


「は?何を抜かしている?」


 唖然としたジャックはそう答えるのがやっとだった。


「貴様に世界の半分くれてやるといった。それで人間だけの国を再建するのでもいい、好きにしろ。そして余の国がその新たな人間の国と不可侵条約を結んでやる」


 現在このパンスメルミア大陸の一部の未開の地を除き、ほぼ全てが魔族の勢力圏といえる。そのうち半分が人間の手に戻る…?


「暗黒騎士に支配され人類がこのまま死に絶えるのを選ぶか、余の味方となり世界の半分を手に入れ生き延びるのを選ぶのか、を聞いている!はるか太古、この大陸の古き神は神罰の際、人類の三分の一を救ったという伝説があると耳にしたが、余はさらに慈悲深い。半分を救済してやる」


 アダルマはこの大陸に伝わる洪水伝説を引用しながら自らの寛大さを謳いあげた。


「それが助けてもらう態度か!!!」


 ジャックは魔王の言葉に対してというより、先程から続く訳の分からない状況に苛立っている。


「ハハハッ!魔王よ、哀れだぞ、人間に救いを求めるとは。しかも世界の半分をだと!ありもしない餌でか弱き人間に縋る!そのみじめな言葉、これ以上続かないよう封じてやろう!」


 ジャックの心は大きく揺さぶられていて、いまもその振動が続き戸惑っている。


(確かに魔王を倒してからどうするのだろうか。魔王がこの場で死んだとして、この暗黒騎士を自分一人で倒すことができるのだろうか。例え自分だけこの暗黒騎士から逃れればそのまま魔王は殺されるだろう。その時に悪の勢力図がどうなるかなど知らない。しかし魔王を倒した功績が暗黒騎士のものとなる。それはシェイクソードとその仲間たちの死が闇に葬られることになる。無駄死にだ。それだけならまだしもこの暗黒騎士を結果利しただけとなるのであれば彼らは汚名まで着せられてしまう。万が一、暗黒騎士を倒せたとして、魔王の言う通りそれで魔族、魔物が突然消え失せる訳ではない。では魔王を倒すことで一体何をもたらすのだろう。人類を救うとはどういう状態を指すのだろうか。魔族、魔物が全て地上から消え失せることでようやく成し遂げられるものなのだろうか)


 その心は次々と湧く疑問に占領されていく。

 しかしジャックは頭を振り払いフラメルへ問う。


「暗黒騎士よ!お前らの目的はなんじゃ?地上を支配してどうするつもりだ?」


「何を対等に口を聞いている。お前に宣言する必要があるのか?だが、僕たちの理想郷にお前ら人間は一人の例外を除き存在は許さない!」


 吐き捨てるようにフラメルは断言した。


「ええい!わしはシェイクソードとは違うやり方で人類を救う。湧き出す疑問は一旦全て保留!棚上げじゃ!わしのやり方で人類を救う。それでようやっと奴を超えたことになる!」


 これは決断とは言わないだろう。魔王と暗黒騎士、この二人を同時に相手にして勝利するのは困難と見て些か打算的に自分を納得させた面が大きい。

 だが、いまはそれで良いと思った。取り急ぎ死にかけの魔王から背後を討たれることはないだろう。

 まずは目の前の暗黒騎士フラメルの打倒こそ最優先にする。


「おい、魔王!!お前の甘言に乗る間抜けがここに誕生したぞ!ただ忘れるな、魔王の配下に加わるんじゃない!お前は味方と言った。あくまでわしらは対等じゃ!」

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